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陥穽

 男が暗がりの中で酒を呷る。ぐびぐび、と咽喉に酒を流し込む。一見豪快な所作。だが時折小刻みに震える指先がそれを裏切る。


「ふふ、落ち着きませんことですわね。心配することなど何もありはしませんのに」


 女が艶やかな声で囁きながら酌をする。


「お、落ち着かねえのは仕方ないだろうが!

 あ、あの袁家に喧嘩を売ったんだぞ!」

「そうですわね。落ち着かないのも無理ありませんわ。

 だって、今までと比べ物にならないくらいの……戦果ですもの、ね?」


 くすり、と女が笑う。


「たくさんお金を持ってたでしょう?

 たくさん食料もあったでしょう?

 たくさん綺麗な女もいたでしょう?

 たくさん、たくさん殺したでしょう?

 たくさん、たくさん奪ったでしょう?

 たくさん、犯したでしょう?

 たくさん、楽しんだでしょう?」


 今さら怯えても、遅いのだと女が毒を注ぐ。

 今さら改心しても遅いのだと女が煽る。

 ――だから毒を注ぐ。


「もう、戻れないものね」


 くすくす、とおかしげに女が笑う。嗤う。


「て、てめえが!てめえが言ってきたんじゃねえか!

 袁家は豊かだから一回で一年くらいは遊んで暮らせるって!」

「袁家の領内は熟れた果実。それは間違ってなかったでしょう?美味しかったでしょう?

 もう、今さら黒山に戻れないのではなくって?」

「うるせえ、うるせえ……」


 男は気弱げに呟く。もう、あんな山奥には戻れない。ならば、もう少し。

 そう、もう少しだけ稼いでトンズラすればいい。なに、随分稼いだが袁家に目をつけられるのはまだ先のはずだ。いざ目をつけられたら逃げればいい。それまでに一生遊んでくらせるだけの財貨を得ればいい。

 それは、果たして誰が囁いたことなのか。それすら曖昧模糊としている。だが、どうせこうなっては退くことはできないのだ。と、思いこませたのは誰なのか。


「酒だ!酒を持ってこい!」


 どろりと欲望に濁った目を光らせながら男が叫ぶ。不安は目の前の快楽に溺れることでしか晴らせない。注がれた酒を一息に呷ると、目の前の美女を荒々しく組み敷く。所詮、この世は奪った者勝ちなのだ。

 偉そうに言葉を紡ぐこの女も、暴力という絶対的な価値の前では股を開く弱い存在でしかない。

 荒々しく衣服を剥ぎ取りながら男が言う。


「逃げられないとしても、お前も道連れだ、分かってんだろうな」


 くすり、と女が笑う。男の情欲を煽るようなその笑みは蠱惑的で、それでいて気品すら漂う。その笑みに男は暴力的に女体を思うままに蹂躙する。いや、それすらも女の掌の上。


 蹂躙されながら、浸食する人型の化け物。その名を李儒という。

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