凡人VS万夫不当
「ちぇすとおおおおおおおおおおおお!」
全力での俺の一撃。脳天目がけて三尖刀を振り下ろす。文字通りの全力全開の一撃。
その一撃を恋は難なく躱す。身をよじるだけで。
くそ、通じないのかよ。薄々そうじゃないかとは思ってたけど!だがそれも想定済みよ。
「ちぇいぃ!」
地面に三尖刀を叩きつけた反動を利用してもう一撃食らわす。横薙ぎの一撃。
「秘剣、燕返し!」
流石に三撃を同時展開なんていう人間離れした剣技なんて俺にはない。これが精いっぱい。
無理やりな軌道での連撃は、だが恋には届かない。顔色ひとつ変えずにバックステップ一つ。なんつー超反応だよ!
全力の一撃であったので俺の態勢は今度こそ完全に流れてしまった。まずい。
「……覚悟」
ゆらり、と身を揺るがして恋が方天画戟を振り上げる。このままでは間違いなく脳天からばっさりであろう。
が。それがチャンス。俺の初撃からのあれこれは囮でしかないのだ。
「斬山刀、斬山斬!」
恋の死角に回り込んでいた猪々子がその大刀を渾身の力で振り下ろす。轟音すら伴うその必殺の一撃。
一か八かの大振りの一撃。
「――!」
サイドステップ一つ。恋の身には惜しくも届かず、斬山刀は大地を抉る。
豪快に土煙が巻き起こり、視界が妨げられる。そしてそれを煙幕代わりに離脱しようとする猪々子を恋は逃がさず追撃するべく、流石に速い!
「はぁっ!」
だが、土煙は猪々子の離脱用じゃあない。方天画戟を振りかぶる恋に迫る斗詩をこそ隠すためなのだ。
裂帛の気合いを響かせて双剣を振るう。
「やったか!」
確かに斗詩の双剣が恋の身体を捉えた……と見えたのだが、間一髪、まさに紙一重で躱す。くそ、紙一重が遠い!
「しぃっ!」
だが、斗詩の攻撃は連撃、そして相手を追い込む運足の妙が持ち味。更に舞うが如く追撃を加える。躱す恋の動きは斗詩とは対照的に野生の獣を思わせるしなやかさで。
「くっ!」
舞いながら、双剣の軌道を捻じ曲げ、恋の体幹部分。回避しづらい部位に斬撃を次々と繰り出すのだが、少しずつ恋が対応し始める。
流石の斗詩の連撃が勢い弱まってくる。あの連撃は無酸素運動にて続けるものだから、それほど長く続けることはできない。
だが、それで十分。斗詩は確実に獲物を追い込んでいる。
既に恋の死角を押さえた!五臓六腑に気合いを込めて、迸る裂帛の咆哮。気合十分!
「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおお!」
俺が全力の一撃を振るう。完全に入ったと思ったのだが。
「これが当たらんのか!」
二の太刀も躱されてしまった。ちい!厄介どころではないな!
「どっせーい!」
猪々子によって再び抉られる大地。そして巻き起こる土煙。その中から斗詩が接近して連撃を加える。
次々と死角に回り込み攻撃を加える俺たちの動きはまさに三位一体。
そのコンビネーションは恋を少しずつ、少しずつ追い詰めていく。無論、一度でもしくじれば即死につながるという危険極まりない綱渡りなのではあるが。
積み上げる。積み重ねていく。少しずつ、追い込んでいく。追い込んでいけている!
「うし!」
思わず歓声を漏らしてしまう。
紅い筋が一筋、恋の身体に刻まれている。糸のように細いそれは確かに一撃が届いたという証。斗詩の双剣が届いたのだ。
「いける!」
恋に向けて、幾度三尖刀を振るったか分からない。だが、今度は届く。その確信がある。
ここぞとばかりに斗詩が死力を尽くして恋を追い詰める。もう一筋、今度は恋の脇腹に紅い筋が。
「殺ったぁ!」
いかに恋の身体能力が化け物じみていても流石に三尖刀の全力の一撃を喰らえばひとたまりもない。はずだ。あの飛将軍に届く。俺の一撃が届く。そう確信してにやり、と口が歪むのすら認識しながら三尖刀を振り下ろす。
「な――!」
その腕から急速に力が抜けていく。いや、腕だけではない。全身を脱力感が襲う。
くそ!くそ!時間切れか!
三尖刀がもたらしてくれていたブーストの効果が切れ、代わってその副作用が顕現してしまうのに幾らも時間がない。
「畜生!」
それでもなんとか、なんとかこの一撃だけはと振り下ろそうとするのだが。
恋はそこに生まれた隙を見逃してはくれない。瞬時に間合いを詰め、蹴りを放ってくる。
「が、は!」
鈍い音が全身に響き、盛大に吹っ飛ばされる。
「二郎さん!」
「アニキ!」
斗詩と猪々子が悲鳴を上げ、すぐさま俺の前に立って恋に向かい合う。
二人とも乱れそうな呼吸を必死で整えようとし、それぞれの武器を構える。だが、一度切れた緊張の糸はもはやつながることは無い。くそ、くそう。届かないのか。届かなかったのか。
「……結構、強かった。でも、終わり」
方天画戟を手にした恋がゆっくりと近づいてくる。
風が仕掛けた洛陽での物流の混乱による飢餓。長弓部隊による面制圧。秋蘭による乗騎の射殺。
それもこれも全部恋の弱体化、疲労を誘うそのためだけに為されていた。あんだけ何回も奉天画戟を振るい、その足で全力疾走を続けて間違いなく消耗しているはず。だのにそれでも、三人がかりでも届かなかった。
だが。それでも。それでも、だ。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
切り札は最後に切るもの。主役は最後に出張るもの。
俺たち三人が挑んだのも仕掛けに過ぎない。恋に更なる消耗を強いるための一手。いや、危険すぎると稟ちゃんさんには呆れられたけどね。
いやだって兵卒万単位で投入とかしたらそりゃ消耗を強いれるかもしらんけど乱戦で恋を捕捉するなんて不可能じゃん。だからこれしかなかった、と個人的には思っている。
そして、腹部の痛みに顔をしかめながらも、叫ぶ。いや、これアバラ何本かやられてるんじゃないかな。
「星!出ませい!」
痛みをこらえつつ、今の俺に出せる精一杯声を張り上げる。
「全く、無茶をなさる。出番があるのは喜ばしいのですが、正直肝を冷やしましたぞ」
真打、登場である。待たせたね。
手にした愛槍龍牙を一つしごき、高らかに名乗りを上げる。
「常山の昇り竜にて紀家一の将、趙子龍。推して参る!
一手、馳走になる!」
そう、彼女こそが切り札であるのだ。




