舌戦の果てに
さて、というわけで汜水関である。嗚呼、汜水関である。
難攻不落の要塞にこれから挑むのだ。
ずらりと並ぶ袁家軍をはじめとした反董卓連合。
城壁の上には恋と張遼、陳宮もいるな。皆、流石の存在感である。のだが。
詠ちゃんがいないのはやはり洛陽から動けないということなんだろうさ。風よ、流石だ。パーフェクトだ。流石は俺のメイン軍師なのだぜ。
なんて思いながら城壁を見る。相変わらずそびえ立つ難攻不落は健在である。そらそうだ。攻めてないものね。
まあ、そして様式美的な舌戦が始まる。こちらの攻め手は人を罵ってナンボの陳琳だ。
いやあ、陳蘭と姉妹とは思えないほどにこう、舌が滑らかである。檄文を起草したのも彼女だしな。俺、陳蘭にあんなに挑発されたりこきおろされたら精神的に即死だわわ。
……。おお、いよいよ佳境か。
ヒートアップする陳琳の言は流麗にして荒々しい。そして平易にして過激。
つまり、めっちゃむかつくやつ。
煽りの呼吸かな?
「そもそも相国などという地位に鎮座する董卓とは何か。
その生まれ卑しく、品格は怪しい。それをかの馬援将軍の血を引く名門馬家。その当代きっての英雄たる馬騰殿に取り立てられた孤児に過ぎない。
なるほど、確かに才覚はあったのかもしれない。だがその人品はいかに。
犬でも一宿一飯の恩を感じて尽くすというのに。忘恩なぞという可愛いものではない。
恩を仇で返すとはこのこと。引き立てられた恩人を謀殺して栄達を図る。いや、かつてこれほどの邪知暴虐があったろうか。いや、ないと断言する。
相国なぞという大層な地位を標榜する董卓はまさに君側の奸。それを除くべく――」
いやあ、相手を罵るときほどいきいきと輝くってのは人としてどうなんだろうなあなんて思いながらも目線は城壁の上の―――!
「凪!」
俺の声を受けるまでもなく、陳琳の近くに控えていた凪が弾丸のように飛び出す。
目指すは陳琳。そこに向けて物凄い勢いで迫る物体。ノーモーションで恋が投擲したそれは、このままでは間違いなく陳琳を絶命させるであろう。
「断空砲!」
凪の放った渾身の気弾が、その槍の進路を逸らすことに辛うじて成功する。
それでもその威力は凄まじく、陳琳の頬を掠めて地に突き刺さる。
「ひっ!」
腰の砕けた陳琳を凪が背負って安全圏まで逃がす。ナイスだぞ凪。安全第一でヨシ!
そんな俺の思惑はともかく、その一部始終に周りはシン、と静まりかえる。
まあ、確かにだ。けして槍を投擲して届く距離じゃないっての。全く!あれでほんとに飢えてるのか?
「化けの皮がはがれたな!口上の途中で口を封じようとするなぞ非を認めたも同然!
さっさと悔い改めて降るんだな!」
ある意味醜態をさらした陳琳に代わり俺が叫ぶ。
これで降ってくれたら楽なんだけどね。
「ふん、好き勝手言えるのもそこまでですぞ!」
ふんぞり返る陳宮が、手を振ると城壁に旗が翻る。そこに記されているのは漢。
錦の御旗、という奴である。
つまり勅が下されるということである。
「逆賊袁家誅するべし!そこな曹家、孫家!そして漢朝に連なる者ども!勅命ですぞ!
――袁家討つべし!」
は、チビのくせによーく響く声だことで。いや、マジで響き渡った。
ざわり、と背後の空気が動くのを感じながらも俺は悠然と歩を進めるのだ。
プランBだ!
◆◆◆
「え、どうしようご主人様、私たちこのままじゃ逆賊になっちゃうの?」
声がでけえよ。狼狽えるにしろもちっと静かにしろや。つか、そんな覚悟もしてなかったんかいとか、そっちに心が折れそうだぜ俺は。
全く。運がいいのか悪いのかあいつらはこのタイミングでここにいたんだよ。いたんだよなあ。ほんとは後方で兵站の護衛に専念してほしかったんだけども。
まあ、手柄ということではここが稼ぎどころだし、名を上げるところという読みは正しい。腹立たしいがな。
「二郎殿、勅命だそうですが」
稟ちゃんさんの問いに、歪んでいるであろう笑みで応える。
「なに、こっちにだってあるさ」
ぱちんと指を鳴らす。あまりいい音はしなかった。これ、中々難しい。
そして、うやうやしく書簡を捧げて歩を進めるのは春蘭である。
常ならば勇ましい武者姿も今日この場では女官姿だ。いや、なんでって実は官位で言うと春蘭ね。相当上なのよ、偉いのよ。
そしてこの役割に相応しいのはその、声。
「勅である!
密勅が下されている!君側の奸を除くべしと!既に何進大将軍より自らに変事あらば動けと命は下されている!
貴様らこそが逆賊!名が惜しいならば直ちに降れい!」
烈火のごとく燃え上がる気迫が汜水関を揺らす。
さっすが春蘭、声でけえ。内蔵が震えるくらいの音響、そして爽快な音色。よっぽど強い意志がないと、なるほどと納得しそうな説得力がある。
この声だけでも超一流だわ。そら華琳も重用するよ。
そして、勅を以って勅を制す。
当然予想されていた逆賊認定スルー余裕です。
俺が準備していた切り札の一つだ。ちなみに春蘭が持つ勅は本物である。
いつぞやの際に白紙の勅を何進からもらったのを憶えている人は偉い。記念メダルをあげよう。
まあ、形式的なもんだけどね。それでもここで朝廷を軽視するわけにはいかん。世が乱れるもとだからな。
あくまでこっちのスタンスは君側の奸を除くこと。そしてその正当性は洛陽の困窮、そしてこの密勅。
悪いが、あらゆる面で完璧に勝たせてもらう。
「問答は無用なようだな!いいだろう、ここからが本当の地獄だ。
じっくりと味わってくれ」
ば、と右手を上げる。
ジャーン、ジャーンと銅鑼が響く。
そして鈍い、重い音が。
「圧倒させてもらおう。我が軍はすごいぞ」
汜水関、なんぼのもんじゃい!くらいは言っても大丈夫と真桜が言ってた。後、稟ちゃんさんも。
だからまあ、大丈夫だろうて……。
地響きを上げて攻城兵器が進んでいく。いやあ、壮観ですね実際。
恐らく、今現在で。この中華で攻城兵器を運用したことのあるのは袁家工兵隊のみのはずだ。匈奴はそんなもの使わないからな。
逆を言えば、先の匈奴大戦で彼奴らが攻城兵器を使用していたら歴史は変わっていたかもわからんね。
まあ、ネコミミには会議後に散々となんでそんなもん大量に保有しているんだと糾弾されたがね。
いや、匈奴が今まで使わなかったからと言って、これからも使わんってこたあないだろうと反論したら黙ったが。
頭のいい人は勝手に納得してくれるからいいね!
……実際千年を経たらそれが故に蒼き狼の末裔は世界史上最大の帝国を築くだろうし。大蒙古!みたいな。
閑話休題。
今回様々な兵器を持ち込んだ真桜だが、この戦に限れば主役は霹靂車、わかりやすく言うと投石器である。そういうことになった。
「いよいよ、か。きちんと見せ場はつくってくれるのだろう?」
春蘭が獰猛に笑う。武官姿も艶やかだが、俺は割とさっきの女官姿が好きだな。ギャップ萌えというやつかもしらん。いや、武官姿の方が露出は激しいけどね。目の毒目の毒。
「んー、とりあえず門扉から出撃する兵は春蘭、それにうちの斗詩で受け止めてもらうことになる。
そんでまあ、機を見れば敏に突出してくれて構わない。なんなら汜水関、落としてくれても構わんぞ?」
高度な政治的配慮からそうなった。まあ、斗詩ならば大崩れはないだろうし、春蘭に花を持たせないとね。それくらい、大事なお仕事をしてくれたんだからして。
◆◆◆
呂布の牽制もあり、汜水関を守る董卓軍は退きながらも被害は軽微。
見事に退却を果たした張遼と陳宮の用兵は、実際見事と言っていいものである。
実にあっさりと汜水関を落とした前線指揮官たる夏候惇は、だから一言もそれを誇ることはなかった。
「フン。戦う前から勝敗は決まっていたということだろうが!」
それでも、築き上げられた土嚢の坂道を単身踏破し、一番槍を果たしたというのはいささか地味な展開であったこの戦いの彩ではあったのだが。
むしろ彼女はそれを耳にすると激昂したということである。
彼女を知る人は、それでこそと頷いたものである。




