飾らない心と言、されど凡人に今は届かず
さて、攻城兵器の組み立てを見るのも飽きてきた二郎です。いや、お好きな方にはたまらないんだろうけどね。
攻城兵器を駆使した攻略案は稟ちゃんさんと真桜が色々練ってるからやることないしなー。
かと言ってあまり麗羽様んとこいってても太鼓持ちと言われかねないし。いや、俺は気にしないけど、そういうわけにもいかんということで。これも心の贅肉的なものであろうか。
だってね。麗羽様から反董卓連合の総指揮代理的な立場を頂いたからにはこう、それらしく振舞わんといかんというか。かっこつけたいと言うか。
それでも積極的に今はすることがないのが実情。まさかに後方に下がって兵站の護衛とかもありえんしね。
いや、色々稟ちゃんさんの布石で後方撹乱が効いてるってのは知ってるがまあ、大勢に影響はない。
集まる食糧にも何の問題もない。実際食糧供給ルートは多岐にわたるのだ。だからどうということはない。事前の説明でもそうだったし、報告でもそうなっている。
まあ、被害者には同情するがね。かの張燕が襲来するのに、補給部隊の護衛なぞという制限がある中で矛を交えるなぞ遠慮したいところだ。シミュレーションゲームで定番の、足の遅い補給部隊を守るというのは非常に難易度が高いのだ。
んで、何が言いたいかというと、だ。
同病相哀れむと言うかだ。俺よりも時間を持て余してそうな知り合いの無聊を慰めようとその部屋を訪れたわけだ。
出番がないことにかこつけてそこいらへんで暴れられても困るしな!
「春蘭ー。はいるぞー」
「お?」
戸を開けてそこにあるのはある意味完成された肢体。
その身は引き締まりつつも女性らしい柔らかさを損なうことなく輝きを放っていた。
まあ、なんだ。つまり着替え中だったのですよ春蘭は。これは間違いなく死亡フラグ。
ぼこぼこに叩きのめされて野良猫に齧られる未来が確定的に明らか。
まあ、それでも眼福ご馳走様である。ありがたやありがたやと拝むこと数度。考えてみたらありそうでなかったね。ラッキースケベ。あはん。
呆れたような声が届く。
「……何をしとるのか、二郎」
「いや、これから黄泉路に向かってもおかしくないからな。せめて感謝の心を明らかにすべきだろうと思って」
「相変わらず素っ頓狂な奴だなあ。ほんと。
ほれ、戸を閉めて後ろを向いていろ。すぐに着替えを済ますからして」
慌てて戸を閉めて後ろを向く。サーイエッサー、である。いや、マムイエスマムが正しいのか?もっと言うと別に春蘭は俺の上官じゃないとかまである。
常ならば室内の光景に、想像と言う名の翼をおおいに羽ばたかせるのであるがあいにくそんな心の余裕はない。
ああここで儚くなってしまうのかとばかりに走馬灯が走るかと思っても別にそうでもない。走馬灯仕事しろ。そういやこれも見たことないね。なかったよね?
「で、何の用なのだ?」
嗚呼、どうしたもんか。いい考えが突如ひらめくこともない。これは詰んだ。詰んだぞー!
沈黙を決め込む俺に不審そうに春蘭が口を開く。
「妙なやつだな。用があったのだろう?口を開かんとどうしようもないではないか」
いやでもいつ命が潰えるかと思うとそれどころじゃあないのですよ。
「なにを私の顔色を窺っているのだ。ほれ、さっさと用件を告げろ!私とて暇な身ではないのだぞ!
あ、いや。言っておいてなんだが、最近はかなり暇ではある」
暇なの俺のせいですよね。ますます死亡フラグが積みあがるなあ。
ええい、ままよ!
「いや、その、怒ってないの?」
俺の問いに全身で疑問を呈してくる。
「ほう?
二郎、貴様は何を言っておるんだ?」
「いや、だって春蘭の嫁入り前の裸身をだな」
いや、眼福ではありました。ごちそうさまでした。
「……ああ。なるほどな。まったく。
そんなことで私が二郎をどうこうする筈はないだろう?
何よりこの夏候惇!見られて困るような身体を有してはおらん!」
いやいやいやいやいや。話のベクトルが違うだろうそれは。
「まあ、華琳様以外に見せるつもりもなかったが、あれは純然たる事故だしな。戸に鍵をしなかった私も悪い。
だからそのように二郎があれこれ思う必要はないぞ?」
うんうんと頷く春蘭。
それにつれてぷるんぷるんとその存在を主張する胸部装甲にやはり目が釘付けになってしまう。
巨、でもなく、貧、でもなく。
均整がとれていながらもそれは魅惑、蠱惑。
艶やかに俺を魅了するそれはやはり魔性のもの――なんて考えてたら目の前には獰猛な笑みを浮かべた春蘭。
ちい!ぬかった!
「ほほう。二郎は随分と私の身体に興味深々と見える。だったらそうだな。
一撃は覚悟しているのだろう?」
観念して俺は目を閉じる。
せめて、やさしくしてね、とばかりに。
そして審判が下される。
ぺちん、と鼻が弾かれる。
へ?と漏れる声を聞いたのか、おかしげに春蘭が笑う。
「はは、なんて顔だ二郎よ。
それとも、そんなに打ちのめされたかったのか?」
いや、そういうわけじゃあないけど。だって春蘭だぞ?
「……お前は一体私をどう思っているのだ」
目は口ほどにものを言う。名言であることだなあ。
「よし、喧嘩を売るなら高値で買おう。
そうだろう、二郎よ」
言い捨ててそこらへんにあった木剣を放り投げてくる。
構える暇もあろうか。
「おりゃああ!死ねええええ!」
えええええええ。さっき言ってたことと違うー!でもこれでこそ春蘭かぁ!
俺の脳天に死を告げる天使がこんにちわしようとする。それをしのいだとおもったらば、返す刀できっちりと首筋に斬撃が。いや、普通に一撃がめっちゃ重いのだが。
いやこれ、普通に死ぬだろう。そんなことを思う間もなく襲いかかる斬撃に戦々恐々である。
いや、死ぬし。マジ死ぬし。
あかん、マジ躱しきれん。後数合なく俺は死ぬ。死んでしまう。
時が揺蕩い、春蘭の繰り出す太刀筋がスローモーションになり俺を襲う。
だが、見えるのと、それをどうこうするべく動けるかどうかというのはまた別の話であり、俺は死を覚悟せんといかんのだろうなあと。
こん、と俺の脳天から響く音は果てしなく軽く。
「ふ、ふはは!二郎よ。まだまだ未熟よな!は!」
目の前で可笑しそうに笑う美女をどうしたらいいものか。その、なんだ。困る。
「え。いや。なんだ。ありがとうございました」
きっとこれはありえないほどに貴重な経験。格上の武人と命のやり取りをして生き残ったという経験。
「ふん、私も身体が鈍りそうだったからな。いい気分転換ではあった。
……それにな、二郎よ。以前より腕を上げたな。
うん、強くなった。本当に」
春蘭のその言葉が俺の胸に染み渡る。俺は、少しでも強くなったのだろうかと日々自問していた煩悶が。
「本当に、そうなのかな」
問う俺に、獰猛な笑みで春蘭が応える。
「勿論だ。今ここで討ち取ったならば華琳様の覇道に益するのではないかと思うほどに、な。
それに」
くすり、と。
澄んだ笑みで。
「それにな、二郎よ。
お前の子を孕んでやってもいい。
そう思うくらいには、な」
いやあんたなんちゅうこと言うのん。
そんな俺に春蘭はにまり、と意味深な笑みを浮かべる。
はたして武人として出番よこせというのか、それ以外か。
混乱まっしぐらな俺を見て春蘭は苦笑する。
「なに、そんなに難しく考える必要はないのだぞ」
頭のいい奴は変に深読みするからな、などとぼやく春蘭である。
その苦労は分かるような、分からないような。
まあ、いいか。
と思っていたが、一部始終を知った稟ちゃんさんからは冷たい目線を頂きました。
ねえねえ、怒ってる?
「怒ってませんよ」
ほんとにござるかー?
「怒っていませんとも」
その日はこれ以降何言っても無視されたんですけど。けど!
さみしいから流琉呼んで美味しいおつまみ作ってもらいました。
今日はもう寝ようそうしよう。
流琉を抱き枕にしてっと。
おやすー。




