華麗に、優雅に、雄々しく
お楽しみいただけたら幸いですわぞ
じろり、と俺は会議室に集った面子を見やる。
空席はもう上座の数席のみ。まあ、ぶっちゃけ麗羽様と猪々子、斗詩なんだよね。
美羽様は七乃の膝の上でうとうとと、おねむなご様子してるがまあ、七乃がいりゃあ問題はないね。十分以上だね。あ、目が合った。やほ。
曹家からは華琳と荀彧。華琳は悠然と瞑目し、ネコミミは何かぶつぶつ呟きながらも油断なく周囲を窺っている。その挙動は実に小動物であり、いっそ可愛さしかないね。目付きは悪いけど。
馬家からは翠と蒲公英。翠も瞑目し、微動だにしない。蒲公英は……目が合うと手を振ってくる。ウインクは余計だと思います。だって応えちゃうもの。いえい。
苦笑して視線を移すと白蓮と……ありゃ韓浩か。久しぶりすぎるな。相変わらず表情筋仕事してねえなあ。あれで愉快な言動なの、白蓮は分かってるのかなあ。いあ、目配せ一つ交わし合って……。多分あれは通じてますわ。ほっこり。
そしてにこりと、蓮華と穏が笑いかけてくれる。うん、にへらと笑顔で返そう。返すしかないよ。なに、美少女に微笑まれて嬉しくないことがあろうか、いやない!
ちなみに劉焉殿の配下の厳顔については列席を許していない。劉璋ちゃんが人質だから観戦武官でよろしくとか言われても困るっつうの。
そっからこっちの情報を抜いて、それを手札に何をするか分かったもんじゃないしね。
コホン、と咳払い一つ。横の稟ちゃんさんが鋭い目を向けてくる。いいじゃんかよこれくらいー、と思いながらもきりりと表情を引き締める。キリッ。
まあ、傍目には変わらんだろうけどね。
目の端で末席の劉備と北郷一刀を見やる。あちこちきょろきょろしたり、キャッキャウフフと……って孔明がおらんのかいな。
いや、その方が都合がいいんだけどいいのかそれで。と思うが、二人までの出席となるとこの場に孔明は出せないな。
だって諸侯が連なるこの場でどちらが欠席するのも容認できんだろう。いびつな二頭体制だからなあ。
まあ、どうでもいいけどね。
と、扉が開き、そこから光輝が溢れる。
斗詩と猪々子を従えて麗羽様がいよいよいらっしゃったのだ。ステンバーイ、ステンバーイ。
豪奢だったその髪は短く揃えられたままだが、その高貴さを損なうことは全くない。
悠然と歩を進め、上座に位置し、口を開かれる。
「皆さん。この、わたくしの呼びかけに応じてくださって感謝しておりますわ」
満足気に笑い、麗羽様は言葉を続ける。
「今更自己紹介も必要ありませんわね。では、二郎さん、お任せいたしますわ」
はい、任されましたとも。
「議事進行する紀霊だ。議事録はここな郭嘉が記録し、きちんと経過をお知らせするとも」
稟ちゃんさんがぺこり、と僅かに頭を下げる。ちょっとその仕草が可愛いなあと思ったのは多分華琳あたりには見透かされてるだろうなあ。
まあ、日ごろからねーちゃんだの田豊師匠だのに圧迫面接24時だった俺が諸侯どもの視線にびびるわけもなく、ごく自然に話を進める。
「では最初の議題だ。
反董卓連合。その総大将について、だが。
存念がある方は発言してほしい」
まあ、様式美ではあるが必要な手続きでもある。
揃った諸侯もやはりか、とばかりに表情を改める。そして互いに様子を窺う。
そりゃまあ、ここですんなりと麗羽様が総大将になったら袁家総取りってのが見えるもんな。
消極的ではあるが袁家の足を引っ張りたいというのが透けて見える。
この期に及んで、と思わざるをえないのだがね。
ニヤリ、と口が歪むのを自覚して俺は口を開こうとする。
そこに涼やかな声が響く。
「いいかしら?」
◆◆◆
反董卓連合。この集まった大軍の総大将が誰かという議題。
曹操は苦笑する。そしてなるほどと納得もする。あくまで袁家は諸侯の合意のもとに洛陽に寄せるのかと。
それならば今上帝に叛するも、袁紹を推したという一事で諸侯は袁紹を認めざるを得ない。
なかなかに考えているではないか。
だが、袁家の独走を望む者なぞいないのだ。それを分かっていながらどうするつもりやら。
内心冷笑すらしながら曹操は傍観を決め込む。この状況で自ら総大将を名乗るか?そんな無様を晒すなら興醒めである。
お手並み拝見とばかりににんまりと笑い、深く座する。
そんな曹操の思惑を破ったのはしっとりとした、それでいて活力に満ちた声だ。
「いいかしら?」
目を向けると、褐色の肌の少女が艶然と微笑む。南国の太陽の輝きを宿したその熱量に流石の曹操が目を奪われる。
紀霊が発言を促すとその笑みを深く、そして輝かせて高らかに謳う。その言は場に響き渡る。
「我らは袁紹殿の檄文によって馳せ参じた。なれば袁紹殿が盟主となるのが自然であろう。いや、必定と言ってもいい。
家格としてもそれが妥当。格と言えば馬家を差し置いての発言、ご寛恕願いたい。
馬超殿、如何?」
やられた、と曹操は内心歯噛みする。いや。ぎり、という音が自らの内部から発せられたことに気づく。
出遅れた!
曹操はその内心が劫火に侵されるのを自覚する。
「馬家に異存はない。一切を袁家に任せるに異存はないとも」
うっそりと馬超は応える。黒い炎が立ち上るのを常の曹操ならば感じ取ったであろうが、今はそれどころではない。
とんだ道化になってしまう。腹心と打ち合わせる暇すらなく状況は動いていく。
「公孫も異存はないぞ。これまで私心なく袁家が北方の護り手としていたのは周知のことだろう。
その一翼を私も担ってきた。袁家の差配ならば安心して全力を尽くせるというものさ」
いっそ穏やかな口調の公孫賛の言葉が決定的に、流れは袁家のものとなる。
そしてこの場での動きこそが肝要であると知っていたのに、と曹操は自身のうかつさを悔やむ。
既に勝ったも同然のこの戦。
なれば論功行賞は戦働きのみで決まりはしない。むしろこういう戦略的見地での働きこそ貴重と思うはずなのだ。
孫権の言は計算づく。そして馬超と公孫賛の言は何も考えていない本音。実力者であるからこその重みを弁えているものといないもの。
それらが絡み合って袁家を押し上げる。
ならば、と曹操は腹を括る。
「そうね、麗羽が総大将で問題はないでしょうとも。
だって麗羽は太尉の地位にあるものね。漢朝の軍権を司るのだから、麗羽の号令で我ら諸侯は動く。何もおかしくはないわ」
ざわり、と無言のままに場の空気がどよめく。
それは単なる袁家への追従ではない。
元来、諸侯が蓄える武力、兵力に関しては認められていなかった。それが黄巾の乱が起こり、領内安堵の為に黙認されていたのである。
それは灰色の利権構造から諸侯の既得権益となりつつあったのだ。
曹操の言はその、手にした武力の指揮権を返上したに等しい。
更には軍閥として兵を蓄える諸侯に対する掣肘ともなる。きっとこの場にその既得権益の代表たる厳顔がいれば大いに異を唱えたであろう。
だが、実際には異論は表立っては出ず。
袁紹の、反董卓連合の総大将たること。更にはその指揮権についてが認証されたのである。
◆◆◆
ふむ、と郭嘉は満足げに頷く。
これまでのやり取りで掴んだのだ。把握したのだ。
脅威たる勢力はどこかというのが理解できたのだ。つまり、この段階において戦後を睨んでいるのは曹家と孫家。
袁家が政権を担う漢朝。其れを支えるであろうは馬家と公孫。
さて、と思う間もなく仕える主君は盟主として承認を得る。
曹操が提示した、諸侯の兵力に対する支配については一先ず棚上げされることになるであろう。
まあ、それもこの戦に勝ってからのことではあるのだが。
「ちょっといいかな」
発言したのは末席の義勇軍を率いる男。不思議な言動で支持者も意外にいると聞く。
警戒しつつ出鼻をくじくべく、その口を開く前に男は言葉を紡ぐ。
すなわち本郷一刀。
「袁紹さんが総指揮を取るのはいい。でも、どうやって難攻不落の汜水関、そして虎牢関を落とそうと思ってるんだ?
その腹案を伺いたい」
「はあ?そんなこと、このわたくしが考えることではありませんわね」
ざわり、と空気が動く。
それに気をよくしたのか北郷一刀は更に切り込む。
「精強なる董卓軍。それに頑強なる汜水関、虎牢関。いったい盟主殿はどのような絵図を描いているのかな?」
いっそ穏やかな問いかけに袁紹は艶然とした笑みを浮かべる。
そして袁紹の覇気、光輝は場を覆い、席巻するのだ。
「そんなの決まってるでしょう?
華麗に。優雅に。雄々しく!」
名門袁家の勝利にはそれこそが相応しいと袁紹は高く笑う。
はあ?と声を発する者、無言で頷く者、どう判断していいか分からずに左右を見渡す者、ニヤリ、と口を歪ませる者、無関心で心の炎を燃やす者。
それらすべてを無表情に郭嘉は拾い上げる。いや、このように各人の心底を揺るがし、反応を引き出す主君に内心舌を巻いた。
そして満面の笑みの青年の器についても評価を上方修正せねばいけないであろうと。
「おーっほっほ!
二郎さん、些事はお任せしましたわ。
いいですこと、みなさん。二郎さんの言はわたくしの言。二郎さんの決定はわたくしの決定。
わきまえてくださいましね。さあ、行きますわよ、猪々子さん、斗詩さん」
悠然とその場を去る袁紹を留める者はいない。
ある者は格の違いに打ちひしがれ、ある者はここで争うのは得策ではないと思い定め、ある者はいずれボロが出るであろうと見極め、ある者はこれでこそ我が主君と意気軒昂。
そして、場を任された凡人はその重責に気を引き締める。
だが、その口元は僅かに緩んでいるのであった。




