紀霊、李曼成と親しく語らい、錦馬超、馬伯瞻を伴い連合に合流す
「うわ、すごいね、すごいよ!ご主人様!すごい人!それになにあれ!すっごい建物!」
「おいおい、桃香、あんまりはしゃぐなよ」
窘めつつも北郷一刀も驚くほどの人の集まり。それにちり、と郷愁にかられる。ごく僅かに、だが。
それを意思の力でねじ伏せ、周囲を見るとあちこちで工事が進んでいる。その忙しげな槌音にどこか安心するものを感じる。
「ほらほら、そこ邪魔やで、邪魔してんでー。ちょーっと脇にどいてくれへんかなー」
「あ、その!ごめんなさい!」
何やら図面を手にした少女が喧しくあっちへいけ、こっちは邪魔だと指示をしてくる。
本来であればびしり、と動くはずである配下の兵の動きも鈍く、人知れず赤面する。
関羽、張飛の調練により子飼いの兵は精鋭たりえるのであるが、今率いるのはそのような精兵だけではない。
――義勇軍、である。
無論劉備一行自体もそれに当たる。言ってしまえば、勝ち馬に乗り、あわよくば恩賞を得ようとする半ば愚連隊が多いのが特徴か。
だが袁家とてそれらを無下にできぬ。できぬのだ。
世に大義を謳う以上はそういった存在を無下にはできぬ。むしろその、義勇軍の存在こそ世に正当性を主張する一助にもなるのだから。
――もっと言えば、追い返せば野盗になるであろうそういう存在を飼うくらいの財力はある、ということでもある。
そこまで読み切っているのは劉家軍――道々そういった義勇軍を吸収して今や五千弱の大軍である――の中でも諸葛亮と鳳統くらいであろうが。
「ようし、こっからだ。こっから始まるんだ」
なんにせよ、北郷一刀は気合十分である。ここから劉備という英傑の栄光は始まるのだ。
関羽に張飛。それに伏竜、鳳雛。
そしてその価値を知る自分がいるのだ。
飛躍を内心誓って歩を進める。そしてかけがえのないパートナーに声をかける。
「行こうか、桃香。少し遅くなっちゃったな。
そして見極めよう。反董卓連合がいかなるものかを、さ」
「うん、ご主人様!行こう!」
義勇軍とは言え、無視できないほどにその兵は多く、将は英傑。
であるから袁家からは会議への出席を許されていたのだ。
ただし参加の人員は二名のみ。諸侯と同じ条件であるから、破格と言っていいであろう。
諸葛亮は自分か鳳統を伴うように主張していたが、自分と劉備が足を運ぶことを決める。
だって、二人は一心同体。まさに、雌雄一対の剣であるのだから。
◆◆◆
「ほな、道の整備を最優先ってことでええのん?」
「ああ。補給物資が遅滞したらそれだけで瓦解する。街道の整備により兵站の負担をちょっとでも軽くする。
街道整備の見込みと進捗は張紘と共有化するように。あいつなら、それに合わせて計画を修正するだろうしね」
「はいな、了解や。まあ確かに、おまんまがなかったら人夫も動かんわ」
にこ、と無防備に笑う真桜はううん、と一つ伸びをする。
「あんまり根つめるなよ?倒れたら元も子もないんだからな」
「大丈夫やでー。二徹や三徹かて普通やからな。むしろいつもよりお休み頂いてるくらいやよ。
まあ、でも二郎はんが心配してくれてるからお言葉に甘えてもええかなあ」
にひひ、と笑いながらすりすりと身を寄せてくる。うん、役得役得。
いやあ、おにゃのこの身体ってどうしてこんなに柔らかくて、あったかくて、素敵なんだろうね。
などと思いながら真桜の身体の柔らかさを堪能する。本当に役得様々、というやつである。
「いや、でもほんま今回はどうなることかと思っとったけどなあ。五斗米道の衛生兵ってやつ?
あらすごいわ。どうしたってうちらの作業中は事故が起こるからなあ。
それがどうや、軽傷やったら気の力?って奴であっちゅうまに完治や。
正直うちみたいな技術屋からしたらわからへんことばかりなんやけどな。
せやし、気のどうたらこうたらはよう分からんわ。凪がおらへんかったら今でも胡散臭いと思ってたやろうな。
せやからな、あの衛生兵、引っこ抜いてえや」
つんつんと俺をつついての真桜のおねだりである。
まあ、いつの世も……現代だって労災というか、事故っていうのは発生するものだしなあ。
そっからの復帰が早いとなれば工兵の士気も高まるってものか。いや、工兵に限らんだろうけど。
「一応、技術指導の打診はしているし、色よい返事も貰ってる。流石に華佗とかみたいな達人は無理にし ても、治療の技術はある程度譲渡してくれるだろうさ」
「ほんま?いやあ、持つべきものは頼れる上司やわあ。ほんま、惚れ直したで!」
おどけてすり寄ってくるが、その瞳には真剣な光が宿っていたのを見逃さない。僅かに潤んでいる瞳を喜色で隠そうとする。
きっと、色んな現場で起こった事故を目の当たりにしてきたのだろう。
些細なミスで起こる事故。かつては何があっても自分の身一つであったのに、今となっては真桜のミスは即ち部下にその被害が及ぶのだ。
いっそ自分が傷ついた方が気も楽なくらいだろう。わかりみ。
「幸い張魯殿と華佗なんていう超一流の達人が来てくれているんだ。関係だって悪くない。だからまあ、大船に乗った気で任せろって」
「うん。二郎はんに任せたわ。よろしゅうたのんます」
いつになくしおらしい真桜をぎゅ、と抱きしめてやると、きゅ、と応じてくる。
「二郎はん……」
潤んだ瞳で俺を見上げて、そ、と目を閉じる。
そして、唇を重ねようとしたとき。
「やほー、二郎様ー!たんぽぽだよー!」
これは気まずい。実に気まずい。
ぎぎぎ、と軋んだ音をたてながら声の主に視線をやると、あちゃーという顔をした蒲公英と、ギロリとこちらを睨む翠がいました。
解せぬ。
そそくさと真桜は場を辞し、取り残された俺の気まずさといったら、もうね。やめて!俺のライフはもうゼロなのよ!である。
だが、沈黙しててもしょうがないのでこの状況を変えようと口を開く。
「このたびは、馬騰さんは真に残念なことに……」
言い募ろうとした俺に蒲公英が言葉をかぶせる。
「袁家家中においても同様。お悔やみ申し上げます。
かの匈奴戦役よりの宿将、雷薄どのをはじめ有望な人材を喪ったというのは――」
「いや、ご当主を亡くされた馬家に比べれば。お気遣いはこの胸にしっかり刻みました。
そして、こちらこそお悔やみ申し上げる。
本当に偉大な方だった。英傑、というのは馬騰さんのことを言うのだろうさ」
暫し、しんみりとした空気が流れる。うん、さっきまでのいたたまれない空気よりははるかにましだ。
いや、馬騰さんを悼んでいるのは本当だ。
本当に、益荒男というのは、武人というのは、馬騰さんのことなのであろう。そんな人だった。
「――にしても遠路はるばる感謝するよ。実際、馬家単独で函谷関に挑むかと思っていたからな」
実際、危惧していたのだ。馬家はその怒りのままに函谷関に押し寄せるのではないかと。
それに、袁家の呼びかけに易々と応じるかという懸念もあった。ある意味袁家の下風に立つに近しいからな。
「は、戦場が虎牢関と汜水関ならば、あの張遼と対する機会を失うかもしれないじゃないか。
董家軍を討つのはいい。だが、張遼だけは私に討たせろ。父上の仇を、そのために私はここにいるんだ!」
その瞳には暗い炎が宿っており、思わず一歩後ずさってしまいそうになる。
はい、全力の翠の前ではクソ雑魚ナメクジだからね。仕方ないね。
「神速の張遼。いいだろう。そこについては馬家軍に任せるさ」
「ならばいい。陣構えとか、そんなのはどうでもいい。張遼を討つためならば馬家軍は最後の一兵まで火の玉となって燃え尽きることも厭わん!」
それだけ言って翠は踵を返す。
なーんかなあ。もっと明るく笑う女の子だったのになあ。などと思っていたら蒲公英が俺の耳元で囁く。こしょこしょと。
「ごめんね、二郎様。でも、お姉さまの手綱はたんぽぽに任せてね?
今のお姉さまと遣り合えるとしたらそれこそ中華に三人といないと思うけど、なんか危ういんだよねー。
それはそれとして、お姉さまが言った通り馬家は反董卓連合の主導権について袁家と争うつもりはないよ。
だからまあ、色々大目に見てね?」
「こら、蒲公英!行くぞ!」
はーいと応えながら蒲公英は踵を返す。一度振り返り、にこやかに手を振ってくる。
反董卓連合。
漢朝でも有数の雄たる馬家が、主導権をあっさりと譲ってくれたことに俺は安堵する。
ここでごねられるとちょっとばかし面倒だったからな。
これでひとまず稟ちゃんさんに大きな顔ができそうだ。
いよいよ、反董卓連合の第一回の会議が開かれるのだ。
ああ、メイン軍師の不在が痛い!
風!カムバーック!




