ただいま
はあ、と大きくため息を漏らし、ずびりと茶をすする。うん、まずくないけど美味しくもない微妙な味。ごくごくと一気に杯を乾す。
うん、これだよこれ。これを飲むとなんか安心するのだ。うん、つまり陳蘭が淹れてくれたお茶である。
ぼへ、とぐったりしている俺に何か言うでもなく、まったりとした時間が流れていく。
それが何と言うか、とても落ち着く。だから、ちょっと甘えてみたくなる。
「雷薄が、逝ったよ。あいつ、結局孫の顔を見ずに、さ。
あれだけ孫が可愛いって言ってたのにな。あんなに、頑張ってたのにな。
馬鹿だよな。意地張らずにさっさと会っとけばよかったのに」
悪態を、吐く。そして応えはない。ちょっと困ったような顔でこっちを見てくる。つまり、いつもの陳蘭だ。
そんな彼女に手招きを一つ。おずおず、と寄ってくるのもいつものこと。
ぎゅ、と陳蘭を抱き寄せる。柔らかい感触が、落ち着く。落ち着くのだ。
黙ったままの陳蘭の――ちょっと低い――その体温に落ち着く。
「詠と、月と、さ。事を構えんといかんことになった。
まあ、色々あった。色々あったんだ。
色々あったよ。
少し、疲れた。流石に、堪えた」
詮無い愚痴を垂れ流す。誰にも言えない。こんな俺は誰にも見せられない。
だって俺の背には袁家が、幾万の兵が、幾千万、幾億の民がいるのだから。
「賈駆さん、でしたっけ」
うん、と頷いて陳蘭に抱きしめてもらう。
背を撫でられる感触が、とても落ち着くのだ。
「私、頭よくないから二郎さまに気の利いたこと、何も言えないです。
でも、ずっと、ずっといっしょです。
それに、ご無事でよかったです……。
心配しました。とっても、とっても心配しました」
きゅ、と。
ふと気づくとその身体は細く震え、双眸からはぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちている。
ぺろり、とその雫に舌を伸ばせば塩辛い。
次々と滴るそれを吸い込んでいると、いやいやとばかりに首を振る、
ぽろり、とこぼれた雫が、悲しい。
「もう、離ればなれは嫌です。お傍に、置いてください」
ぐ、と抱きしめる。手にした温もりが懐かしく、愛おしい。あるべき場所に収まった。そんな感じがする。陳蘭を抱きしめたらいつも思うことだ。
しっくりくるのだ。
「無論だ。賽は投げられた。これからは決着の時さ。
でもさ。
……やっぱ陳蘭が傍にいないと調子が出ないんだなって」
お前がいないとダメだなんて言える相手はやっぱりこの子だけなのかもしれない。
みっともないとこを見せ、見られ、愚痴を垂れ流し、弱音を吐く。
この子の前ならそれが許される。いや、許されると思って甘えてしまう。
「当たり前です。わたし、二郎さまよりお姉ちゃんなんですから」
涙と鼻水でくしゃくしゃな顔で、それでもとびきりの笑顔で得意げに笑う。
その笑顔が、愛しい。
今は、今夜だけは甘えよう。
幼子のように身を寄せ合い、傍らの温もりに安心し、俺は意識を手放す。
明日からは、頑張るから。明日からはみっともないとこ見せないから。そう誓いながら。
ただいま。
――おかえりなさい。
 




