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大脱走 その弐

 七乃に先導されて俺たちは夜の洛陽をひた走る。足音一つ立てず――黒装束もあって――ともすれば見失いそうになるほど七乃は穏行していて。彼女の本領を改めて認識する次第である。

 通りごとに足を止め、手鏡で先を慎重に確認しているのに追いつくのも一苦労である。

 治安のよろしくないエリアを通っているので、そこいらのごろつきに絡まれそうになることもあるが、猪々子が瞬時に黙らせる(物理)。


七乃の後ろに猪々子、そして麗羽様が続いて美羽様を背負った俺を斗詩が後ろでフォローしてくれている。 


 迷いなく進む七乃。いや、実際大したものである。

 基本、何進という裏表に絶対的な影響力がある存在があった。その手前、洛陽では諜報活動を自粛していたのだが、美羽様入内が決まってからは精力的に動き回っていた、みたいです。

 きっと、今進んでいる道だって彼女の地道な積み重ねがあってのルート選定なのだろう。

 そして、目的地にたどり着く。そこは門扉……などではなく、洛陽を取り囲む防壁である。


「はい、到着しましたー。ひとまず私のお仕事はここまでですねー」


 そ、と視線を外に向け、索敵を。いつ追手が来るか分かったもんじゃないしな。いや、雷薄や風がうまいことひきつけてくれているとは思うのだが。


「じゃあ、私達の出番ですね」


 にこり、と斗詩は笑って準備運動を始める。背負った荷物を下ろし、ゆっくりと柔軟体操ウォーミングアップを始める。

 それは、いつも俺たちの鍛錬の前にやっていたルーチン。万全を期すためにもこれは外せない。


「頼むぜー、斗詩ー。アタイらの未来は斗詩にかかってんだからさー」


 にひひ、とお気楽な口調で猪々子が煽る。


「うん。文ちゃん。そうだね。今、すごく気合いが入ってるよ。すっごく身体が軽い。怖いものなんてない。

 そう。絶好調、ってやつかな」


 斗詩にしては珍しくそんな軽口を叩く。屈伸、そして伸び上がり、軽く跳ねる。

にか、と猪々子は笑ってこちらを見る。


「アニキ、アタイらはいつでもいいぜ」


 軽く頷き、三尖刀を手にする。

 俺の身体能力はこの二人に及ばない。だが、こいつの力を発動させることで俺の力は猪々子に匹敵するのである。

 これを知るのは袁家でも限られた面子。そしてこの子らはずっとそれを知っていて。その上で俺を。


「よしこい!斗詩!」


 三尖刀に何かが吸われ、全能感が身体に満ちる。筋肉の一筋、細胞の一つまでもが活性化されたようなそれに意識を馴染ませる。

 俺と猪々子が並び立つその中央めがけて斗詩が全速力で走ってくる。一陣の風となり、踏み込む。


「そおおおおおおおおおおおおおおおい!」


 斗詩のその運動エネルギーを、ベクトルを上方に置換する。捕えた足からもたらされる運動エネルギーを全て上方に変換して跳ねあげる。いけ! 

 ぶち、と筋肉の切れる音が内側から響くのも構わずに。


「ああああああああああああ!」


 猪々子の絶叫がかすかに耳に入る。

 そう、これは昔日によくやった遊びの延長。どれだけ高く飛べるかを競ったそれの延長。

 違うのは、その行為にかかっているものが大きいということ。


 見れば、ぎゅん、と斗詩は上昇を続ける。跳んでいく、勢いそのまま駆け上がる。斗詩の運足の妙あってのことだ。俺や猪々子ならば城壁にぶち当たってしまっただろう。


 ぐんぐんと駆け上がり、上昇し、その勢いが限界に達しても流石に城壁の頂上には届かない。だがそれは織り込み済み。


 ギン!と鋭い音が響く。いつの間にか手にしていた双剣を、見事積まれた石の隙間にねじ込んだのだ。


「――ふう、うまくいったか」


「そう、みたいだね。

 よかったぁ」


 ぎゅ、と猪々子が後ろから抱きついてくる。僅かに震えていたのは、それでもやはり心配なのだろう。

 そしてこれからこそが斗詩に無茶振りした正念場である。


「きっと、大丈夫だよね?アニキ……」


 双剣だけを頼りに、少しずつ斗詩が登り始める。石の隙間に双剣を突き立て、その身体をじり、じりと持ち上げていく。

 突風の一つもあれば飛ばされそうなほどそれは危うくも見える。


「斗詩さん……」


 心配そうに麗羽様が俺に縋り付いてくる。美羽様は無言でぎゅ、と。


 ええい、見守るだけの身が情けない。

 急速に力が抜けていく感覚に身を委ねながら、俺は無言で斗詩を見守ることしかできない。


 どれだけの時間が過ぎたのだろう。永劫とも思えるそれは案外そうでもなかったのかもしれない。

 じりじりと、それでも確実に上る斗詩。まあ、たまに剣が弾かれた時にはもう心臓がタップダンスを踊ったものだが。

 それでも、ようやくに城壁の上に到達したのを見て。


「よ、よかったあ」


 門扉が警戒されてるならば城壁を越えればいいじゃないというのを通しきったのだが、精神的に疲れた。いや、多分一番疲れたのは斗詩だろうけども。


「はいはーい。二郎さんは周囲の警戒お願いしますね。ここまできて捉えられたら意味がないですし」


 にこりと笑って七乃が壁際に立つ。

 ――呆けていた俺たちに代わって周囲を警戒していてくれたのだと今更ながらに気づく。


「それでは、お先です。美羽様、お待ちしておりますねー」


 斗詩が落としてきたロープをノールックで掴み、軽やかに駆けあがる。

 うん、登攀するというよりは駆け上がるというべき速度で、たちまちに登り詰める。


「うし、次はアタイだな。アニキ、何かあったら呼んでくれよな。駆けつけるから」


 いや、駆けつけるというか飛び降りるって感じだろうが。そんな突っ込みをする暇もなく、猪々子も軽やかに昇っていく。

 俺ときたらこの場では役立たず一直線なのに、信頼が重い。頑張る。


 そしていよいよ俺たちの番だ。

 垂れるロープを腰に巻きつけ、美羽様を背負い、麗羽様を――。


「失礼します」


 真正面から抱きかかえる。常ならば落とす不安なぞないのだが、今の俺にそんな筋力があるかは疑問。

 それを知っている麗羽様は、ぎゅ、と俺にしがみついてくる。


「二郎さん……」


 ずり、ずりと引き上げられる。猪々子が引き上げているのだろう。あっという間に洛陽の街を見下ろせるほどの高さまで到達する。

 振り向いて袁家の邸宅らしき灯りを探す。

 ほ、と息をつく。どうやら、火は放たれていないようだ。


 ぎり、と歯を噛みしめて呟く。


「雷薄。死ぬなよ……」


 ぎゅ、と背後から伸ばされた手、俺に抱きつく手が震えた気がした。


「ここから出て、当てはありますの?」


 微かに震えながら麗羽様がそんなことを問うてくる。


「勿論。まあ、伊達に放浪しちゃいませんって」


 軽薄に応えながら、思う。

 雷薄、風。無事でいてくれよ、と。

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