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即位の礼

 荘厳。

 その一言でいいかなと思う二郎ですこんばんわ。

 もしくはおはようございます!ご機嫌いかが?俺の機嫌は極めて普通です。

 そして弁皇子の即位の儀式でございます。

 いや、色々と不穏な噂や怪文書の投げ込みとかあったけど、どうということもなく今日に至りました。いや、めでたいっすね。天災もなく、実行委員会の皆様におかれましては、安堵してるでしょうね。


 ええと、儀式の模様とかはカットです。眠いし。

 いやまあ、色々威儀とか考えたら必要なんでしょうともね。

 偉そうなおっちゃんや、おばさんがあれこれ言ってるけどどうでもいいや、というのは袁家筆頭として失格であると思いながらも、そんなキャラじゃないしね、俺ってば!

※きちんと必要なあれこれは風におまかせというのは秘密なのです。


 早く帰りたいなー。どうせ弁皇子が皇帝陛下となって俺ら文武百官がひれ伏して終わりだろうに。


 いや、そうなのだ。そうだったのだ。それだけだったはずなのに。


 弁皇子がいらした。そして至尊の座に昇る。その、それだけのはずなのに。

 声にならない呻きが、場に漏れる。


「皆の者、ご苦労」


 響く声は低く、重い。


 思わず顔を上げてしまう。


「漢朝のために、これまで以上に尽くすがよい」


 そこには、何進。

 弁皇子。いやさ今上帝を肩に乗せた何進が立っていた。うおう。これはいけません……。


 声なき声が漏れる、場を埋め尽くす。

 それを断つのが何進の言葉。


「貴様ら、御前である。頭が高かろうよ……」


 ぎり、といずこからか。いずこからもか。歯ぎしりの音が俺の耳朶を叩く。

 うわあ。

 つまりまあ、平伏しているこの場の文武百官は今上陛下ではなく。何進に平伏をしているようなもの、となる。

 いや、これはやりすぎだろう。自らの権威ならば十分だろう。これは、反感を招くのみだろう。


 ……それが目的か。惰弱たる弁皇子ではなく、自らを怨嗟の対象とする、ということかよ……!

 見るともなく見れば、何進の後ろに控える武人――何進の愛人たる華雄――が場を睥睨している。

 ほむ。


 そして万が一、この場で切りかかる士大夫、武人あろうともその思いは果たせんだろう。それが分かってしまう。それほどに気迫が、やばい。


「ふぅ……」


 それから弁皇子が至尊の座に就く儀式を見守り、それが終わって漸く俺は息をつく。


「しかし……あれは、すごいな。

 やれるものならやってみろ的な圧力がすげえよ……!」


 漏らした声に七乃が笑う。


「やですねえ。何進大将軍アレに歯向う蒙昧。どんどん出てきてほしいものです。

 いや、二郎さんが忌避するのも分かりますねえ。どう考えても敬して遠ざけるものです。

 ま、さっさと私たちは退散しましょう」


 完全に同意である。

 何進、その傑物。それとそれに歯向うアホに付き合いきれんさ。


 よーし、俺、北方に引き籠るぞー。


◆◆◆


「しかし、清流派、か。まったく。そんなんの立ち上げとか分からんちゅうの」


 即位の儀も終え、疲労困憊……なんてしてない俺こと二郎です。

 今宵は華琳とこに押しかけてあれやこれやと馬鹿トークしています。まあ、とっかかりの馬鹿トークは割愛しました。深夜の会談内容については極秘ということで一つ。

 そして話はどうしてもそこに収斂されるわけで。


「あら、ということは少なくとも二郎が仕掛けたという訳じゃないのね。てっきり資金援助くらいはしているかと思ったのだけれども」


 ないって。


「ないわー。これはないです。ないね。

 大体さぁ、俺がそんなめんどくさそうなことするように思う?」


 ないって。


「そうね。まあ、ここぞと言うときには手間暇を惜しまないと思うのだけれども?」


 買いかぶってくれてありがとうと言うべきなのだろうか。

 ……どうにも華琳の上から目線のドヤ顔を見ると意地でも感謝の言葉を放ちたくないと思ってしまうのだが。


「だろ?そういうことさ。

 流石華琳、俺のことをよく分かってて重畳」


 でもないのか?

 いやまあ、それは一旦おいとこう。そこが主眼じゃない。


「に、しても流石は何進。そつがないと言うか、流石だよ」


 黄巾の乱の論功行賞による人事異動。それは驚くべきものだった。

 おかしげに華琳が唱うように読み上げる。


「司空、皇甫嵩」


 黙って頷く。袁家は此度の黄巾の乱による武功は返上している。お家騒動を引き起こしているし、中央での栄達とかいらんし。

 まあ、皇甫嵩が官軍総指揮を洛陽で執っていたことを思えば、武功第一位ではあるしな。


「司徒、王允」


 驚きではある。が、事務方として官庫からの補給が万全だったのは彼女の手腕が大きい。兵站なくして勝利なし。これを甘くみた軍隊が勝つことなぞない。


「太尉の麗羽は留任。

 そして……尚書、蔡邑」


 皇帝の秘書官筆頭たる地位にあの大学者たる蔡邑。皇帝はいかなる場合においても直言なぞない。とすれば実際に朝廷における諸事を取り仕切るのは彼女ってこった。

 彼女の見識、経験あらばどんな事態があってもボロがでることはないだろう。


「まさに鉄壁の布陣だな。いや、隙がない。それを大将軍たる何進が後見するとか」


 ハハ、ワロス。盤石ってレベルじゃねーぞ!つか、そういう陣容を整えた、整えることのできた何進はやはり政治的怪物だ。人材バンクの貯蔵は十分みたいですね!誰か欠けても普通に補充されそうですよ。


「それだけじゃないわ。いい?これで三公の座が埋まったのよ。

 これまで、売官のために敢えて空位だったその座を埋めてきたのよ。

 その意味、分かるでしょう?

 機能不全に陥っていた漢王朝はいよいよ再生するわ。

 ……何進の手によってね」


 なるほど。これまで漢王朝はあれだ。五臓六腑がまともに機能していなかったようなものだ。

 そして、末端たる地方が乱れたのも、中央――心臓部――から血液が送られずに壊死しかかっていたというわけだ。


「ふむ。じゃあ、華琳は、さ。

 何進が漢王朝を建てなおす、と見ているってことか」


 ぎり、と一つ歯を食いしばり、俺を真正面から見やる。


「見てなさい。三十年。いえ、十年後を見てなさい。

 この、私が。

 曹孟徳が全知全能で渡り合うのよ。

 二郎。

 精々私の足を舐める心構えはしておくことね」


 ……いや、華琳の足ぺろぺろとか余裕だけどね!

 でもそれすると春蘭とかネコミミにぶち殺されそうですねえ。


「ま、華琳がそこまで本気ならば、と思うよ。何せ華琳だ。

 ああ。お前さんをこの中華で一番評価しているのは荀彧ネコミミでも夏候家の英傑でもない。

 この俺さ。

 前にも言ったろ?華琳なら丞相くらいは余裕だって」


 ニヤ、と笑って必死に言外のメッセージを送る。華琳の邪魔しないから存分に飼い殺してー。

 領地に引き籠るから許してー。見逃してー。


 体裁は整えて退散した俺に、風――華琳の横では一言も漏らさなかった――が口を開く。


「清流派。それは予期せぬ第三勢力。意外と、ことは深刻なのかもしれないのですよ」


 む?そうかなあ。そうなの?


「所詮は協殿下とそれに権力の夢を描く俗物達だろう。

 皇甫嵩一人でどうにかなるとは思わんが」


「さて、そこです。果たして、清流派なるもの。現状……今上帝は即位したばかり。

 世情不安になってもおかしくはない時期です。いえ、そうなれば困る時期ですね。

 そこに降って湧いた清流派という要素。

 さて」


 くふふ、と笑いながら風は問いかける。


「清流派、どうされます?」


「いや、どうもこうも。あれだろ。この時期にそんなのって何進の手心が加わってるに決まってるじゃんか。

 流石にそれくらい俺にも分かるってば。あんなのに加わるって、よっぽど思慮が足りない奴らだぜ?

 そんなんに巻き込まれてたまるかっての。

 どうせ何進がなんとかするだろう。ここは静観しかないだろうよ」


 あの何進ならやろうと思えば清流派なんぞ叩き潰すことは容易だろうて。

 それを、その存在を許しているんだからして。


「まあ、あれだ。何進と華琳がいずれ率いる宦官。そこに清流派が絡んでくれば三竦みになっていっそ平穏になるかもな」


 ただし政局を読むのは相当めんどくさそうではあるが。


「風は、それでも引っかかるのです」


 ん?そうなの?

 マジでか。


「風がそう言うならばそうなんだろう。いいさ、何でも言ってくれ」


 俺ごときがあれこれ思ったり測ったりとかすると思えばね。一応色々考えてるけど、考えてるけど(震え声)。

 風が言うことならば耳を傾けまくるっつうの。


「いえ、未だ確信はないのです。ただ、風は憂慮するだけです。

 二郎さんの打ち筋。何進大将軍と、先ほど知見を得ました曹操さんの政争。それが二郎さんの描いた絵図。

 そこに第三勢力が割って入りました。その意図、見えないのが風としては引っかかりますね~」


 むむむ。

 確かに当初描いていた戦略は修正するべきかもわからんね。


「まあ、ここでうだうだ言ってても仕方ありませんからね。

 稟ちゃんと話してみることにしますね~」

 

 そだな。


「俺も沮授と張紘に相談してみるよ。三人寄れば文殊の知恵ってな」


 ああ、洛陽なんて伏魔殿にいるとあいつらと何も考えずに酒呑んでくだ巻いて馬鹿トークできてた南皮がものっそい懐かしい。

 おうちかえりたーい。

 そんな風に思ってた俺の袖をちょいちょい、と風が引く。


「それはそれとしてですね。いささか二郎さんに苦言を呈したいと思うのですよ」


「おうよ。風の諫言は千金にも勝るからな。どんどん、何でも言ってくれ」


 はあ、と珍しく呆れたような表情で風は言う。


「あまり、思わせぶりな言動はしない方がいいと思うのですよ。特に袁家の外においては、ですが~」


 ほむ?

 なるほど、わからん。つまりどういうことだってばよ、という俺に。


「……委細承知したのですよ。いえ、忘れてくださいな。

 ええ、そうですね。こう言うべきでした。

 失言になりかねない台詞がぽろぽろとこぼれる傾向にあるので、できるだけ風をお傍においてくださいな」


 ほむ。


「勿論だとも。言うまでもなく全幅の信頼を寄せているとも。

 そして俺自身については全く信頼していないしな!頼りにしてるよ!」


 やれやれ、と言わんばかりに苦笑する風を伴って袁家逗留地に戻った俺はまだ休むことができないらしい。


「何進大将軍様が、内々にお呼びとのことです」


 えー。


◆◆◆


「まあ、呑めや」


 酒杯に注がれたそれに、まさか毒なんて盛ってないだろう。

 どうせ目の前の政治的化け物――言うまでもなく何進大将軍サマのことである――が俺を謀殺しようと思ったらそれを凌ぎ切る自信はない。

 いや、風や七乃には異論があるかもしらんけどね。


「あ、美味い」


 流石は漢朝の実質最高権力者。いい酒呑んでるじゃねーか。遠慮なくぐびぐびいっちゃいましょう。ぐびぐびぐび。

 マジ美味い。これは持ち帰って商会謹製のやつの反省会ですね。


「フン、口にあったなら何より。土産に持たせようか?」


 うん、ふんぞり返ったままで言われてもなあ。でも貰うとも。めいっぱい。


「ありがたくいただきますよ。で、本日お呼び立てのご用件は?」


 クハ、と何進は愉快気に笑う。半ば挑発に近い物言いだが背後に屹立する華雄すら反応しない。

 ええい、やりにくいったら!暖簾に腕押しとはこのことよ。


「なに、袁家の黒幕に内々のご相談、ってやつだ。ああ、その前に黄巾討伐ご苦労だったな。

 見事な指揮っぷりだったらしいな。

 馬騰が誉めていたぞ?大したもんじゃあないか」


 これ、誉められてるのかなあ。なんだか何を意図してるか俺の頭じゃよくわかんないや。


「や、馬騰さんはじめ、勇将猛将揃い踏みしたため。俺の采配なんぞ微塵も影響はなく」


「その辺にしとくんだな。過度の謙遜はかえって嫌味になる」


 そう言われては黙るしかない。でも、だが。

 本当に、あの最終決戦の手元戦力は、こう。どう動かすかを考えるだけでもワクワクしたものだ。

 そんなことを考えていた俺に何進が爆弾を投下する。


「まあ、今日貴様を呼び出したのは他でもない。

 なに、縁談を一つ。

 くれてやろうかな、ってな」


 ニヤリ。


 実に楽しそうに何進は笑う。

 そして俺は咄嗟に返す言葉もなく、ただ、息を呑むのみである。


「そ、それは以前お断りすると――」


 馬騰さんの暴走で話が進みそうになった時に何進にも筋は通したのだ。

 今更それを蒸し返してどうするつもりだ。


「勘違いすんじゃねえよ。

 ああ、勘違いすんじゃねえ。

 誰がお前の縁談だって言った?」


 な、に……?


「クハ、貴様のその顔を見れただけでもよし、としたくなるがな。

 まあ、それは些事さね。

 俺が言うのはこうだ。


 袁術殿の、入内を、袁家に内々に打診する。


 平たく言うとだな、弁の正室に袁術殿を考えている、ってこった」


 なん、だと……?


「そ、それは……」


 まさかの言に、俺は混乱しまくりである。待ってちょっと待って。

 え、美羽様が今上帝の正室ってことは皇后?え?それって、なにがどうなってるの?

 だって袁家はこれから領内に引き籠って美羽様は荊州に赴かれて……。

 足元が崩れ落ちるような感覚に襲われる。なんだそれ。なんだよそれ!


「そ……」


 辛うじて精神を立て直して、立て直そうとして、搾りだす。


「即答は、し、かねる。……俺の一存でどうこうできる問題じゃない……」


 風に、七乃に。何より美羽様、麗羽様に相談しないといけない。俺ごときが判断するこっちゃない。

 俺に、今の俺に正常な判断ができるわけもない。


「そうかい?まあ、お前さんがそう言うならそうなんだろうさ」


 いい返事を期待しているぞ、とばかりにニヤリ、と口を歪めて何進はこの場を立ち去る。


 取り残された俺は、自失し、暫く動くことすらできなかった。


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