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加護の中の鳥

 さて、馬騰さんから難題を投下された二郎ですこんばんわ。

 困ったときのお二人さん。一人は俺のメイン軍師の風、もう一人は袁家情報部最高責任者の七乃です。


「まあ、そういうわけでな。袁家領内にて劉備ご一行様を預かることになった」


 くふふ、とほくそ笑む風とにこやかな表情のままの七乃。なんとも頼もしいことである。

 そして口火を切ったのは風だ。


「二郎さんはあのご一行を相当警戒されてますよね?風にはよくわかりませんけども~。

ですが、それならば分割してしまえばいいのですよ~。

 確かに個々に注目すればなんとも傑物揃いかもしれませんが、未だ世事慣れぬ方々。

 使い古された手ではありますが、誰か一人を厚遇し、後は冷遇。それも各地に分散させて日常業務に摩耗させるのはいかがでしょうか~」


 ふむ。常識的に考えれば一考の余地はあるかもしらんどころか妥当な策なのだろう。が。


「駄目だろうな。あいつら誓いで姉妹になってるし。離間工作はおそらく無意味だ」


 ちょっとしか話してないけど、どう考えても誰も寝返ってくれそうにない。義理忠誠共に100ってとこだろう。


「では、その有能さを二郎さんは確信してますよね?ならば、です。沮授さんや張紘さんのとこで酷使するというのはいかがですか?」


「そいつも勘弁だな。袁家、母流龍九商会の政務の深み、機密といっていいそれに近づけたくない。

 いずれあるであろう離別の後に彼奴らを飛躍させかねん」


 ここまで沈黙していた七乃が口を開く。


「どうしてあのような義勇軍上がりに、二郎さんがそこまで警戒するかがせませんねえ。

 ですが、いいでしょう。二郎さんの方針に従うのみです。

 どうにも扱い辛いと思ってるみたいですし、ここはすぱっと殺しちゃいましょう!

 なに、いかに豪傑でも、張家秘伝の毒を盛れば一撃必殺です!」


 あ、あほかー!


「馬騰さんが仲介したんだ。それをいきなり誅滅とかありえんだろう!

 何言ってんだお前は!」


「えー」


「えーじゃない!袁家と馬家の紐帯はこっからの生命線だっつーの!

 こう、もうちょっとこうだな、絶妙な策を……」


 くす、と七乃が微笑む。あ、怖い笑みだ。


「まあ、確認しましょう。二郎さんは劉備ご一行様の卓越した人材を役立てる気は?」


「ねえよ」


 あいつら、制御できるものかよ。少なくとも俺に扱えるものかよ。


「では、それぞれが敵に回ったとして」


「厄介極まりない。どこにあろうと一所に集まり頑強になるだろうさ」


 こればっかりは確信できる。あいつらは群にして個。けして内部対立はないだろう。不思議とそれは確信できる。


「じゃあ、答えは出てます。厄介なもの、汚物はまとめておくに限ります」


 それこそがセオリーと七乃は微笑む。そういえば。郭図を、己の父親を、袁胤と許攸をそうやって効率よく処分してきたのだ。彼女は艶然と笑う。


「あえて、苦難の道を選ぶならば、それはそれでお付き合いいたしますよ?」


 そこまで言われて、俺に反論の余地などない。


「じゃあ、適当に領地選定も任す」


「困窮の地ですか?激戦の地ですか?どう、すり減らしますか?」


「どっちでもねえよ。普通に善政の敷かれていた地がいいな。

 頑張って成果出してもごく普通のことってくらいのとこが。なおかつ賊も近辺におらず、率いる兵が無駄になるくらいのとこだ。

 もっと言えば、匈奴の脅威なんぞないくらいがいいな」


 ふむ、と考え込みながらも七乃は確約してくれる。


「二郎さんのご要望に応えるようなとこを厳選しますね。

 つまり、英傑を飼い殺しということで」


 にんまりとした七乃に無言でうなずく。これは間違いなく人的資源の使い潰しどころか、浪費ですらある。

 それを認識しながら異存なく動いてくれる二人に、感謝である。


◆◆◆


「全く、何進なんぞ所詮肉屋の倅よ!血にまみれた汚らわしい存在でしかない!」


 気炎を揚げる男に劉協はにこやかにほほ笑む。

 けして失望なぞ漏らさない。

 このように直情径行であっても自らの支持者なのだ。むしろこの熱狂を使うことを考えるべきであろう。


 ……劉弁が漢王朝を継ぐ儀式を数日後に控えて劉協のもとには様々な者が押しかけていた。

 まあ、兄たる弁の愚昧さを見れば、心ある士大夫は自分に付き従うのは至極当然のこと。

 だが、いかにも頼りない。頼ることなぞありえない。

 外戚の排除を叫び、宦官への掣肘を吠える。

 そこに具体性なぞない。つまりは自らが重用されないことに対する不満でしかない。


「まあ、外戚が権力を握ったままというのは憂うべきですね」


 そうなのだ。宦官の誅滅を内々に発して何進と袁家は結んだ。だが、より深刻なのは。


「弁皇子は卑賤な肉屋にべったりです。あれはいかにも不味いでしょう。

 汚濁にまみれた彼奴らと一線を画し、僕は<清流派>を立ち上げようと思います」


 にこり、と皇甫嵩は笑う。それに劉協は内心安堵を覚える。

 諸侯に、士大夫に送った招待状。憂う現状を率直に、あるいは隠喩で伝えて集めたこの集団。

 その目玉は皇甫嵩。


 黄巾の乱においては、官軍の最高責任者として声望高まった功労者である。


 それでも苦い思いはある。


 これで至尊の座を得たとしても、自分はお飾りにしかならないのではないか、と。

 いや、権力闘争で争う術のない自分が今危惧する所ではないだろう。


 まずは正当に権力を取り戻すべし。いっそ悲痛な覚悟で劉協は笑う。


「かくあるべし、そうあるべし。

 この、非力な身。御身の加勢が生命線よ」


 内心酷薄な笑みを浮かべる皇甫嵩はいささかも表情を動かさない。


「では、外戚などという漢朝の害虫に報いを。

 名家でありながら害虫におもねる蒙昧には裁きを」


 劉協は無言で、それでも頷く。

 何より、皇甫嵩と誼を結べたのが大きい。

 だからこそ、それを察知されてはいけない。


 嗚呼。どこかに。


 どこかに、宦官にも、諸侯にも影響されない英傑はいないものだろうか。

 武勇を誇り、智を携えるような英雄はいないものか。


 ないものねだりと、その卓越した頭脳で自らを責めながらも、劉協は思う。


 蒼天、支えるものはいないのか、と。


◆◆◆


「清流派とはまた、大きく出たものだな」


 ぐびり、と杯を干しながら何進はニヤリ、と笑う。


「なに、それくらいの方がいいのさ。実に大漁だったしね」


 にこやかに笑みを返すのは皇甫嵩。何進の執務室で行われている密談を華雄は無表情に見守る。

 彼女にとってこの密談の内容はもはや認識の外。ここに在るはただ、何進の護衛。それのみである。


「フン。まあ、やり過ぎないことだな。お前とて命は惜しいだろうが」


「もちろん僕だってまだ死にたくはないさ。だが、全力は尽くさせてもらうよ。

 外戚の専横は好ましくないからね。いや、実際国が乱れる元だよ。

 良識があれば誰だってそう思う。僕だってそう思うからね」


 ニヤ、と何進は笑う。彼にこんな口を叩くのは皇甫嵩くらいのもの。

 伏せた顔に毒を散らしながら追従されるよりはよほどいい。


「……時流の趨勢も見えない馬鹿どもをまとめるのはいい。個々に暴発されたら流石に堪らんからな。

 ついでに、精々お利口さんたちもまとめて面倒みてくれや。

 それとまあ、お山の大将にならんようにな」


 塵芥はまとめるに限る。燃やすにしろ、埋めるにしろ、それこそが効率的じゃあないか。


「まあ、集まったと思うよ。相当ね。協殿下に期待する士大夫は随分とまあ、多いらしいね」


 肩をすくめる皇甫嵩は苦笑気味。

 なにせ、烏合の衆である。理想が高いのはいい。高潔の士気取りなのもいい。

 だが、実行力が皆無とはどういうことなのか。現状を変える手立てなぞ何もなく、何もする気がない。

 只嘆くのみ。これが漢朝の現状かと皇甫嵩も笑うしかなかった。


「まあ、精々励んでくれや。司空を用意したぜ」


 その声に皇甫嵩は表情を変えない。

 司空とは司法と治水を司る官である。その権力は三公の中でもある意味卓越している。

 司徒、太尉よりも優越していると言っていいであろう。そこに潜在的な敵――間もなくそれは顕在化するであろう――を据える何進の豪胆さとその思惑に皇甫嵩は思いを巡らせて、ぴくりとも表情を変えない。

 そしてそんな皇甫嵩を見て何進はニヤニヤと笑うのだ。


「太尉、いけないかい」


 漏らしたそれは痛恨であった。皇甫嵩の思いがその言葉に集約されている。

 嗚呼、こいつは兵権がお望みらしい。やはり。だがな。

 それを何進は思いながらも苦々しい口調で語る。


「既に袁紹にくれてやった。あの袁家を司空には置けんさ。知ってるか?

 紀霊が劉璋と親しいことを。ああ、つい先日、腹心を連れて深夜まで密談してたらしいぜ?」


 クハハ、と何進は笑う。

 それに皇甫嵩は僅かに表情を震わせる。


 ふむ、と何進は訝しく思う。これほどまでに皇甫嵩は与しやすかっただろうかと。

 どこまで素だ、どこから演技だ、と。

 そしてそれは考えるほどに深みにはまると思い、苦笑する。

 いや、それくらいでないと、清流派なんてものを立ち上げ、まとめきれんだろう。

 清流派。要するに主流になれない士大夫どもの集まり。

 何進から言わせると口だけの存在である。実に滑稽な存在である。……それを自覚する知能さえあれば叩き潰すものを。

 まあ、それはいい。


「それは……初耳だね。いや、それを放置しててもいいのかい?

 益州に地歩を築く劉焉。その娘と、あの袁家の軍権を接近させたら、いかにもまずいだろう?

 いや、不味いなんてもんじゃない。それこそ……」


「なに、好きにすればいいのさ」


 何進は笑う。それしき、どうということはない。

 その程度、どうということはない。


「く……!」


 皇甫嵩は自らが漏らした声を忌々しく振り払う。


「まあいい。僕はこれから清流派を束ねる。なに、僕が主流派になっても悪いようにはしないさ」


 言い捨てて去る皇甫嵩をニヤ、と見送り何進は笑う。

 そして華雄は揺るがない。この瞬間、どこから襲撃あっても一撃で屠るために。


「クハハ、踊れば、いいのさ。思う存分、な……」


 直接酒壺から酒を呷り、何進は前を向く。歩き出す。

 華雄は無言で付き従うのみであった。


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― 新着の感想 ―
[一言]  指導者と軍師の性格からいって、連中の頭の中は儒教的感覚と現代的感覚のちゃんぽんになると思うから、農村の自給自足態勢に意識が行くと思う。そこで、あえて南皮の近郊で商品を出荷すれば豊かに成れる…
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