凡人と劉
さて、現在漢朝に君臨する皇帝は空位である。
霊帝――劉宏さま――がお隠れになり、そのお葬式のために袁家も首脳陣が割と総出で来たわけで。
そこいら辺の描写はカットである。辛気臭いし。面白みもないしね。俺の記憶もあやふやだし。
で、それが終わっても俺たちが帰還しないのは無論、新皇帝陛下の即位の儀があるからだ。
ということで一つご納得くださいませませ。霊帝葬式編とかやってもしゃあないしね。
ただ、割と時間もあるのでこう、そこらへん含めて忌憚のない馬鹿トークもしたい今日この頃であります。二郎です。
「だから、弁皇子はいかにも惰弱。故にここにきて異論噴出。心あるものは協皇子の即位を望んでいるそうよ。
で、協皇子こそが玉座に相応しいという声を受けて袁家が動き出しているそうなんだけどね」
「は?」
寝耳に水というか、実にアホらしい。
いかに皇族である劉璋ちゃんであってもその言には全力でNO!であるのだ。忌憚なくNO!を伝えることに意義が出てくるレベルじゃねーのこれ。
「ないない。ないって。そんな生臭いことに袁家は関わりませーん。あくまで袁家は北方にて匈奴に備えるのみでーっす」
そうなの?
と首をかしげる劉璋ちゃんにひらひらと手を振り一笑に付す。
「大体だな、あの何進が後ろ盾の弁皇子を差し置いて即位とか無理です。
はい、論破」
「だから何進に匹敵するだけの権威と実権、それに武力を併せ持つ袁家であれば、ってことじゃないの?
確かにね、弁君が頼りないのも事実なのよね……。
協君はほんと、聡明だしね。器ということで言えばそういう声が上がるのも無理はないかな、ってね」
そういや(改めて紹介するけど)劉璋ちゃんってば皇族に連なる、やんごとなき血筋でしたねー。皇子とため口で話してもあまり問題ない。いや、年の功を誇る年齢じゃないけど、皇帝候補がさらに若いというか幼いからねえ。
どっかの自称ご落胤の末裔とは格が違う、マジモンのロイヤルなのである。
ぶっちゃけ、弁皇子と協皇子がアレしたら皇位継承権とか絡んでくるレベル。しかもかわいい!道端で拾った時とは大違いである。
「声なき声は協君を推しているということかしら。そこんとこ、どうなの?」
どうって言われましてもねえ。特に隠すこともないのです。ないのよ。
「はん、何進と正面から遣り合う力量も覚悟もない有象無象の声なんぞ聞く耳持たんね。大体袁家は何進に与して漢朝を支えるというのは衆知の事実。
離間工作にしても程度が低い。低すぎる。なあ、風?」
困ったときにはメイン軍師に聞くに限る。
俺の唐突な無茶ぶりにも動じることなくさらりと風は。
「そですね。まあ、この手の流言飛語は流された時点でどうしようもないのです。意図としては袁家と何進大将軍の間に溝を、というところでしょうか。
それにしても、です。二郎さんが仰るとおり程度が低すぎますね~。
まあ、誰が、どのような意図で放ったかというのを考えるには材料が少なすぎますので放置しておいてよろしいかと~」
なるほど。
「だ、そうだ。まあ、そんなことより黄巾の乱の論功行賞でこっちゃ忙しいしな」
今回の乱の論功行賞は太尉たる麗羽様によって起案され、大将軍たる何進に承認される。これって割と重要イベントなのだぜ。
「なるほどねえ。となると、敵将波才と首魁の張角、だったかしら?
それを討ち取った袁家はますます隆盛になるのかしら」
「や、それはないな。袁家に関しては事前のお家騒動っていう失態がある。それと相照らして現状維持がいいとこかな。
禁軍を率いた朱儁が苦汁を飲まされていることもあるし。
そだな、純粋に武勲による褒賞の対象は曹家、その一の将たる夏候惇。後は馬家、そして公孫かな」
白蓮に関しては州牧への就任を早めることになるだろう。馬家の扱いは何進次第。春蘭には官位かなあ。
「あら、思ったより謙虚なのね」
「フン、朝廷での立場を押し上げられて何進と遣り合うなんてまっぴらごめん、ということさ」
実際、陰謀渦巻く洛陽からは一秒も早く退散したいのである。
「まあ、そうね……そうよね。黄巾の乱が終息してから、いえ、その前からもね。
うんざり、よ。どいつもこいつもお母様の権威、武力、それらをいかに引き込もうかとね。ほんとに、うっとおしいったらないわ。
今から思えば蔡邑先生は相当庇ってくれてたのね。出征されてからはもうね、毎日が苦痛だったわ。
……ある意味勉強になったけどね。これが今の漢朝の現実なんだなって」
遠い目の劉璋ちゃん。なんか、色々苦労したっぽい。いやまあ、ねえ。
多分同じ状況に俺が置かれたら、斬りはしないまでも、何人か殴ってたんちゃうかなと思う。
色々、疲れた。
後でメイン軍師に相談しようそうしよう。
……余計疲れそうな未来予想図。解せぬ。
なんだかなあ。
「で、二郎もその一環でしょ?宮廷工作って奴かしら。
いいわよ。色々借りもあるしね。お母様に紹介状書けばいい?口添えくらいならできるわよ」
ん?
「いあ、別にそんなのいらんけど」
ここで劉焉さんとか絡んできたらただでさえアレな朝廷がもっとカオスになるから正直益州で隠遁しといてほしい。
大体、あの人ってば地方で半独立勢力をでっちあげる方向だから、俺の打った手ってば相当恨まれてると思うのな。風に言われて気付いたんだけど。
盤石にした益州を劉表に一時とはいえ譲らないといかんとか、正直暗殺されてもおかしくないレベル。
「へ?
ち、違うの?てっきりそうだと思ってたのだけれども。
じゃあ、何しに来たのよ」
「や、久しぶりだから久闊を叙しに来たんだけんども」
何をきょとんとしてるのだこの子は。
「だって、袁家の武を担うんでしょ、二郎って。それが軍師を伴って来るんだもの。何かあるって思わない方がおかしいわよ!」
ああ、なるほど。確かにそうかも知らん。むしろそうか。
「なるほど、そりゃいいや。この混沌とした状況で俺がここに、全幅の信頼を置いている風を伴って!
こりゃいい!あることないこときっと入り乱れて大変だぜきっと!なあ、風!」
いや、実際嫌がらせとしてはいいな。牽制としても。自称智者は勝手にあれこれ考えて自縄自縛だろうて、ククク。
「はいはい、てっきり二郎さんはそこまでお考えでこちらにいらっしゃたかと思った時もありましたけど、全然そういうことはありませんでしたね~。
ただまあ、効果は抜群かと思いますよ~」
くふふ、とほくそ笑む風に劉璋ちゃんが顔を引き攣らせる。
「あれ、私って無駄に危ない橋を渡ってることになってるのかしら?」
「くふ、貴人というのは誰と会うかということすらそれは大きな影響があるのですよ。無論この場もそうですけどもね。
ご安心くださいな。風は未だ無名ですから、いくらでも内密でご相談に応じますよ~。
無論、二郎さんの許可が頂ければ、ですが~」
そこで俺に振るか。いや、そのだな。
「よ、よきにはからってくれたまえ」
にんまりとした風と、ほっとしたような劉璋ちゃん。いや、いいんだけどね。
まあ、どうとでもなれ!
◆◆◆
さて、劉璋ちゃんを弄繰り回して(主に風が、と主張しておく)袁家の逗留する邸宅――麗羽様が一時洛陽に留学した時に使っていたらしい――に帰った俺に来客が告げられる。
「馬騰さん、いや、先日はお疲れ様でした。こちらからご挨拶に行かないといかんところ、ご足労いただきまして」
「なに、気にすることはないさ、二郎君。君が忙しいのは百も承知のこと。
それに此度は二郎君に頼みがあって来たのだ」
あら、馬騰さんが頼みとかなんざんしょ。
「うむ、実は此度の黄巾の乱における論功行賞なのだがな」
なるほど、馬家への後押しか。それなら。
「そうですねえ。最終決戦ではお世話になりましたし。翠や蒲公英に適当な官位を出すか、それとも武具や名誉の方がいいですかね?
そこに関してはちょっと検討いたしますんで、ご相談させてください」
思えば馬家が勢力を増すのは袁家にとっても好都合。そこらへん、もうちょっと積極的に援護してもいいか。華琳のとこがぶっちぎるというのもあまり好ましくはないし。つか、やばいし。
そんなことを考える俺に馬騰さんは笑って声をかけてくる。
「いや、二郎君、そうではない。そうではないのだ。いや、ご厚意は真にありがたいぞ?
即時のその判断、翠にも見習わせたいものだな。だかしかし、馬家に関してはそれには及ばん。
一度反旗をひるがえした身だ。当然の戦働きよ。誇るほどのこともない」
何この人無欲にもほどがあるんですけど。
「なかなかに光る者たちがいて、だな。報いてやりたいのだよ」
……馬騰さんが口にした名前に俺は内心で頭を抱えることになる。なった。ぐはあ。
「無位無官の身ながらも、世の為人の為に立ち上がった彼らに報いねばならんと思うのだよ。
まあ、まだまだ未熟だが経験を積めばいずれは漢朝を支える存在になるやもしれん。
文武ともに見るべき人材もいたぞ?いや、これは二郎君には釈迦に説法かもしらんな」
ええ、劉備ご一行のことです。知りたくなかった。
「なに、迷惑はかけんさ。涼州で適当な地位を見繕って用意してもいい。
翠とも気が合っていたようだしな。まあ、私の独断で引き上げてもいいのだが、やはり功は功として評価せんといかんと思うのだよ」
いやいやいやいや。あいつらを涼州に放し飼いとかありえん。色々ありえん。
ただでさえややこしいんだから涼州。これ以上不確定要素を放り込んでたまるか。
……ここで断っても馬騰さんのことだから涼州でそれなりの地位を与えたりするんだろうなあ。
だったら。
「や、それには及ばんです。袁家領内で適当な地位を用意しましょう。
そうですね、県令くらいが妥当ですかね」
手元に置いておくしかないだろうってばよ。
「うむ、まだ世事に慣れんようだからな。そのあたりで経験を積むがよかろう。
しかしまあ、二郎君が断ったら手駒が増えたかと思ったのだが、なかなか上手くいかんものだな」
からからと笑う。そんなこと言う必要ないと思うんですよ。
「まあ、人の使い方に関しては私よりも二郎君の方が巧みだからな、異存はないとも。
いや、また君が軍を率いることがあれば末席に名を連ねたいものだ」
馬騰さんの評価で心が痛い!あっこらへん、全部風ちゃんが仕切ったの!
「何をおっしゃいますか。まだまだ若輩の身。ご指導いただきたいくらいなんですが」
「はは、何を言うかね。君は、君こそは将の将たる器さ。君にならば使い潰されてもいいと思っているとも」
「いや、俺がどうこうは置いといて、そんな機会がないようにするのが俺たちのお仕事と思うのですが……」
「はは、これは一本取られたな。
まあ、一朝ことあらば私以下馬家全軍は君の指揮に従おうよ。
いや、二郎君の言う通りそんな機会はない方がいいのだろうけどね。
ただ、一介の武辺者としては君の指揮下で存分に槍を振るってみたいとも思うのだ。
いや、度し難いものだな。笑ってくれて構わんよ」
笑えないです馬騰さん。色んな意味で笑えませんよ。
「ま、涼州に帰還するのは当分先になるだろうし、また色々話せればと思うよ。
ああ、翠や蒲公英は弁皇子の即位の後に涼州に帰還する。よければ構ってやってくれ」
まあ、本拠地をあまりに空けとくのもなんですしね。
「はい、それまでに一度ごあいさつに伺えればと思います。
……ご令嬢には嫌われてるみたいなんで、ちょっと二の足を踏みますが」
呵呵大笑。ばし、と背中を叩いてくる馬騰さん。痛いっす。割とマジで。
「はっはは、確かに翠はな!御しがたいだろうさ。いかにも耳が痛いというものだ。
だが、二郎君ならばじゃじゃ馬も乗りこなせると思っているのだがね?」
いや、無理っす。
乗る前に蹴られて死んでしまいます。
「まあ、なんだ。これからもよろしくな!
実際、君のような快男子がいるというのは嬉しいものだよ。
いかんな、これでは私が年寄りのようだ」
ニヤリ、と笑って馬騰さんはとんでもないことを言う。
「そうだな。あのじゃじゃ馬を乗りこなせそうなら、押し倒してくれても構わんからな」
いやいやいやいや。
「はは!この場では冗談ということにしておこう!では、さらばだ!」
颯爽とした馬騰さんがカッコいいのは置いといて、何か疲れた。
なんだかなあ。




