いざ、洛陽
さて、もうすぐ洛陽です。伏魔殿です。
なんと今回は特にトラブルもなく到着する見込みですよ。
道中、久しぶりな猪々子や斗詩とイチャイチャできたし、七乃は……まあいいや。
斗詩と同衾中に美羽様がやってきたとか絶対七乃の仕業だしね。これはぷんぷん案件ですよ。
閑話休題。
「で、なんでお前さんがいるのよ」
「ほんと、アンタの顔なんて見たくもなかったわ。なんで存在がお粗末なのにそこまで存在が続いているのかしらね。小一時間問い詰めたいわね」
「そこまで言われる筋合いこそを、小一時間以上かけても聞き返したいものである」
誰かこのネコミミに有効な猫じゃらしを紹介してくだしあ。華琳以外で。
いや、紹介されても華琳クラスの難物だったらどうしようもないんだけんどもね。
……ネコミミがなんでここにいるかというと、洛陽に袁家と曹家が歩調を合わせて上洛するからだ。
これはまあ、袁家にとっては特に旨みはない。逆に曹家にとってみれば、袁家との関係を主張することができるお得なプラン。
いずれ宦官勢力の首魁となる曹家との姦計を……じゃなく関係を主張してもこちらにはメリットはあまりないしね。宦官絶対殺すマンな俺がいるし。いるし。
しいて言えば何進にそこはかとなく圧力を加えるくらいか。おかしなことしたらこっちは宦官と組むこともできるぞ、と。
でもそんなこと何進大将軍におかれましては百も承知なのでございますよ確実に。
なので、ここでは麗羽様がかつてのご学友と歩調を合わせたという以上のことはない。
ということにする。した。
「フン、アンタなんかと言葉を交わしたら本来耳が腐ってしまうんだけどね。
いよいよ華琳様が飛躍される前祝いとしてももったいないけれども、その貧相を晒すことを見逃してあげましょう」
「喧嘩なら春蘭あたりが高く買ってくれるんじゃね?」
「あの脳筋の話はしないで!ちょっと武功を挙げたからって!あんなにも!」
むきーっとなるネコミミを生暖かく見守る俺なのです。あれか。そりゃ春蘭の武功は今回の黄巾の乱でも突出してるもんなあ。
そりゃあ、ご褒美をあげるだろうさ。となればワリを喰らう人も出てくるわなあ。
あっ(察し)。
「大体ね、あの脳筋が無茶な作戦行動に及んでもそれを補佐したのは誰と思ってるの。あの決戦でも直前までほんと、あの馬鹿は兵卒に無理を強いていたんだから。
それを酷使しといて。ほんと、武がどうたら語っているけれど、一度くらい矢尽き刀折れ、食うに困ってみたらいいのよ!」
いやね、多分春蘭も後方支援の重要さとか承知していると思うのよ……多分ね。
いや。どうだろ。気合いでなんとかなるとか思ってるかも知らん。
「それを、ただ一度の幸運で華琳様の寵愛を独占しようっていうあの魂胆が気に食わないのよ!」
いやね。正直そういう痴話げんかというか、恋人が構ってくれないのー的な愚痴を俺にされても。
その、なんだ。困る。マジで。
「どうどう。時に落ち着け。そういう話を俺にされても困る。俺春蘭とも仲いいしな。
それよりお前袁家の動きとか、そういうのを偵察に来たんじゃねえの?そういう話欠片もしてないと思うんだけど」
ぎろり。
ほんとこの子目つき悪いよね。黙ってたら美少女なのに。
昔はこの目つきで睨まれたらこう、自己を三省したものだが。いやはや、慣れとは怖いものでありますね。
「はん、アンタみたいな底の浅いの、探るまでもないわよ。
それとも、何かとっておきの隠し玉なんてあるのかしら?」
そう言われると、その、なんだ。
「ないんだな、これが」
鋭い目つきが蔑むような色を帯びる。うん、別に嬉しくない。ここまでくると面白くはあるが。
「ふ、袁家は王道を行くのさ。そこに敢えて隠すような謀略なぞない。あるとすれば自らの影の濃さに怯える小人が――」
あれこれ適当なことを言ってやろうと思っていたのだが。
「似合わないからやめときなさいな。ふん。アンタごときが何を企んでも看破してやろうと思ったけども無駄足だったみたいね」
おいおい。死んだわ俺の精一杯の情報攪乱的な欺瞞とか。
「まあ、その間抜け面を見て確信したわよ。ええ。ほんと。拍子抜けと言ってもいいかもしれないわね。
主従揃って、お気楽なこと。それで洛陽の闇を泳ぎ切れるのかしら。かえって心配になるわね」
「ふん。闇を操りそうな輩にお気遣い受けて有難い限り、さ。
ああ、有難いね。
なに、こっちゃ仕掛けられない限りは構わん。構わんともさ」
そうとも。
だから、精々、水槽の中で生存競争をすればいいのさ。
「フン!なによ、上から目線で!」
ニヤリと笑いながらツン、と頬を突っついてやる。気持ち強めに。
本気で嫌そうな顔に俺は爆笑するのだった。
いや、その後に凄い目つきで睨まれたけどね。
こわやこわや……。
◆◆◆
「あ、これ美味えっす」
上洛の道程でも袁家当主はこんなにも美味しいものを食べているのですね普通です。
いや、今回の上洛に付き従うのは近侍含め百名弱だから料理人とかいないと思ったんだけどねえ。
流石袁家は格が違った。きっと沈黙の料理人とかがいるに違いない。
いや、料理に不安があるなら凪とか流琉連れてけって話だけんども、如何せん彼女らはお偉いさんとは相性が悪いだろうし。
「もう、二郎さん、また心ここにあらず、ですわ」
「いや、そんなこたぁないですとも。口にした料理がこう、旅路に相応しくないくらいに美味くてびっくりしたんですよ」
下手な言い訳だけんども、嘘はついてないしな。いや、マジで美味いし。
一人旅の時はねえ。流琉か凪を連れてくべきだったと幾度も後悔したし。
「それはよかったですこと!」
え。俺なんか間違えた?
猪々子に目をやると、俺に目もくれずにがっついているし、斗詩に目をやると、艶然とほほ笑んでくれる。うん。可愛いけど参考にならんと言うか、助けてよ。
「ええと、麗羽様?」
ふふん、とばかりに遮る声が俺を救ってくれる。多分。
「麗羽ねえさまは二郎にかまってもらえなくてご機嫌ななめなのじゃー。
二郎よ、つったさかなにえさをやらんのはいかんということなのじゃ」
美羽様……。ってか七乃ー!
何を教えてる!お前の笑顔で胃が痛い!ぐはー!
「こほん。
二郎さん。華琳さんの部下と何を楽しげに話してらっしゃったのかしら。
わたくし、知る義務があると思うんですの」
困った。真面目に報告できる内容がないよう。いやさ、マジで華琳とはなにもないし!
「麗羽様……。
彼奴とは戯言を交わしたのみです。そこに心情などなく、真意もなく。
言葉の戯れで時を過ごしたのみ。けして、けして背信なぞありませんとも
精一杯、引き締めた顔で言い訳する。いや。言い訳するまでもなくやましいことはないんだけんども。
「二郎さん、そういうことじゃないのですわ。
華琳さんのみならず、その部下とまで親しくお話になって。
そう、親しいご様子、お邪魔でしたか?」
え。なに。なんで?なんで俺。
よりによって麗羽様に問い詰められてるのだろうか。
「二郎さん?」
あれ。
斗詩が猪々子を連れていってくー。七乃が美羽様を連れてこの場を去っていくー。
四面楚歌とはこのことか!
歌は聞こえないけどね!
◆◆◆
針の筵、という言葉がある。
だが、実際今の俺は出来るなら針の筵に正座したい。そっちの方がマジマシである。
ツン、とした麗羽様を目の前にして俺にできることがあろうか、いやない(反語)。
いっそこの場から脱兎の如く逃げてしまいたいが、それって根本的な解決になりませんよねえ?
「二郎さん?」
じろ、と俺を見やる麗羽様。うん、少なく見積もって不機嫌そうである。さて、どうしたものか。
「いや、その、なんでしょ。麗羽様、もしかして怒ってます?」
そして柳眉がひそめられるどころか跳ねあがります。これはいけません……。
「怒ってなんていませんわ!」
「そりゃ、よかったです。いや、ほんと」
へらへらと笑いながら席を立ち、麗羽様の正面に立つ。
むー、と不満げな麗羽様に笑みが湧く。いや、久しぶりだと。
そんな俺の表情をご不満な麗羽様である。尊い。
「なにがおかしいんですの?」
「おかしいと言うか。こうして、二人きりってのも久しぶりだなあと思いまして。
いや、ほんと。いつ以来でしょうかね」
「……二郎さんが出征なさった日、以来ですわ」
マジか。そうだったか。そう思うとこう、あれから色々あったというか、その、なんだ。
「麗羽様」
「……なんですの」
ツン、とした麗羽様。脳裏に浮かぶのは幼い頃の麗羽様。思えば遠くに来たもんだ。
南皮の城壁の上で極上の笑みを浮かべていた麗羽様、俺に無邪気に寄りかかる麗羽様。
時間軸が入り乱れて、目の前の麗羽様に収斂する。
やべ、涙腺がやべえ。
それを悟られないように、頭を下げて。
そして向かい合う。けじめをつける。
「麗羽様。
二郎、帰参いたしました。色々、ありました。お時間、ください。
全部、俺からご報告します。だから、麗羽様のお時間、ください」
ぎゅ、と抱きしめる。
ほぅ……と漏れる吐息すら愛おしい。
「そんなこと、当り前ですわ。二郎さんがそうまでおっしゃるのですもの。
聞かせてくださいな。何があったかを。
ええ。わたくし、とっても嬉しいのですわ、今この瞬間が。
ねえ、二郎さん」
そっと背にまわされる手から麗羽様の温もりが伝わってくる。愛しさがあふれてくる。
「お飾り、それはいいのです。袁家の当主と言っても、未だ未熟なのは自覚していますわ。
そのままでいるつもりもありませんし。
ですから、二郎さん。貴方はわたくしには眩しいのです。とっても眩しいのですわ。
ねえ、二郎さん。幼少より重ねる実績。そしてあの田豊や麹義からの全幅の信頼を受けるだなんて。
いえ、勘違いなさらないでくださいまし。妬みなんてないですの。
抱きようがないですわ。だって。いつだって貴方は……」
きゅ、と俺に顔を擦り付けてそんなことを言う。
「いつだって憧れ、でした。今だってそうなのです。
わたくしの英雄は、いつだって二郎さん。貴方その人なのですから」
……重ねた唇の熱さ。それを俺は、生涯忘れないだろう。




