地味様の鬱屈
――その少女は、控えめに言って華麗であった。豪奢であった。光輝をまとい、高貴であった。少女の伸びやかな四肢は青い果実を思わせ清冽であった。そしてその双丘は豊かで、妖艶な色香すら匂わせていた。相反する魅力を見事に調和させ、あくまで彼女は――傲慢にもそれを当然のものとしていた。
「はぁ」
その少女に対するもう一人の少女の思いは複雑である。憧憬があり、嫉妬があり、賞賛があり、羨望がある。少女達の関係は、友人という曖昧なものであった。
「あーら、華琳さん、辛気臭いため息つかれてどうしましたの?
ただでさえ貧相な身体が更に縮まってますわよ」
「誰が貧相よ、誰が!
相変わらず朝っぱらからお元気そうでなによりね!」
「当然ですわ。袁家の日輪たるわたくしが消沈していては、民の顔にも影が落ちますもの。
あら、お食事も進んでいませんわね。そんなんだからいつまでたってもお胸にも未来が感じられないなのですわ」
「う、うるさいわね!朝からこんな大量に重いもの、食べられるわけないじゃない!」
「いけませんわ、華琳さん。朝餉は一日の活力の素ですわよ?
あっちの貧乏くさい白蓮さんなんて、がっついておかわりまでされてるというのに」
話題に上った少女――公孫賛――が顔を赤くして反論する。
「う、うるさいな!おかわりを勧めたのは麗羽じゃないか!
いいじゃないか、うちじゃあこんな豪華な朝餉なんて出ないんだから!」
「正直なのは白蓮さんの美徳ですわね。豪華なだけではありませんわよ?
美容にだって効果があるんですから。医食同源。袁家の食は更なる高みにいますのよ」
おーっほっほと笑い声を上げる少女を曹操は複雑な目で見る。武芸でも、学問でも一度だって負けたことはない。だというのに、人の輪の中心で光彩を放つのはいつだって袁紹なのだ。
最初は、家柄のせいだと思っていた。四世三公というのは伊達ではない。袁家の血筋というだけで栄達は約束されたようなものであるのだからして。
だが、それだけではないのではないということを曹操は認めざるを得なかったのである。袁紹のことを思うと、心が乱れる。それはもはや、恋着といってもいいのかもしれなかった。自分にないものを持つ袁紹という存在をひれ伏させる。 そんな暗い情念に曹操が思いを馳せるのは一度ではない。
そんなことを引きずっても仕方ない。曹操は軽くため息をつき、袁紹がよそってくれた粥を口にする。一流の舌を持つ曹操を大いに満足させる味だったのが、ちくり、と胸に痛みを残した。
対して公孫賛にはそのような懊悩はない。高笑いする袁紹の声なぞなにするものかとばかりに朝餉に舌鼓を打つ。満足げに幾度も頷き、目の前の豪華な食事を次々と胃袋に送り込んでいく。
喰える時に喰っておけというのが公孫の家訓なのだからして。常在戦場を体現する彼女のメンタルはまさしく鋼である。毒気を抜かれたのか、その様子を見た曹操も微妙な顔をしながら粥をすすっている。
意地っ張りで素直じゃない華琳も、麗羽の言うことは結構素直に聞くのだなあと暢気なことを思う彼女は間違いなく大物である。いや、袁紹と曹操に挟まれてなお普通に友人関係を維持し、なおかつ真名を交換しあうのだからその器は深く、大きい。
そして公孫賛から見て袁紹と曹操の二人は対照的である。ああ、個人としての総合能力で言えば曹操が上回っているのであろうとは思うのだが。
「一人の天才が百歩走るより、千人の凡人が一歩でも歩を進めるほうが前に進んでるんだよ」
どこぞの凡人の台詞であるが、公孫賛なりに納得したものである。それと、千人に歩を進ませるほうが大変というのは小なりと言えども軍閥を率いる公孫賛には納得である。
それに。
「曹家の泣き所は譜代の家臣がいないことだな。血縁は優秀でも数が少ない。
少数精鋭もいいが、それだけじゃなあ」
袁家も家臣の質がいい方じゃあないけど、譜代はそれなりにいる。数は力、と言い放つ紀霊の言葉にはなるほど、と唸るしかない。なにせ公孫賛には質、量ともに頼りになる家臣がいないのだからして。
とは言え、自分が考えても仕方のないことである。袁紹と曹操が漢朝においてどのような足跡を刻むのか。大変興味深いところではあるが、公孫賛にとっては自分の率いる郎党の行方こそが一大事なのである。そういう意味では頼りになる親友が次期当主である袁家が隣であったということに感謝しないといけないであろう。――実際既にあれやこれやの援助を貰っていることだし。
紀霊が立ち上げた、母流龍九商会は既に公孫賛の領内でも必須な存在になっている。彼が重点的に投資したというのが大きいのだが。街道の整備、橋梁の補強に新設など、必要であると分かっていても手が届かないことを請け負ってくれているのだ。
そのことについて馬鹿正直に謝意を告げた公孫賛に紀霊は苦笑で応えた。この恩はきっちり返すという彼女に対して。
「そのうち、身体で返してもらうよ」
というのは悪ノリが過ぎるというものではあるが。なお、公孫賛は頬を赤らめるだけで特に抗議はしなかった模様である。
「白蓮さん?食べなれないものを食べたからかしら?お顔が赤いですわよ?」
「ちちちちちがう、なんでもない。れ、麗羽、この肉をおかわりもらっていいか?」
「いいですけど・・・。朝からまた追加されますの?昔から健啖家ではいらっしゃいましたが、昼が食べられないとかいうことのないようにお願いしますわよ?」
「まままま、任せとけ!」
「ならばいいのですけれども」
そうやって笑い合う二人を曹操は何とも言えない表情で見つめるのであった。
キャッキャウフフ