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秘めたる思い

 なんだろう。これは夢ではないのだろうか。夢ならば早く覚めてほしいという思いと、覚めないでほしいという相反した思いが一進一退でせめぎ合う。

 なんでこんなことになっているのか。なんで自分はここにいるのだろうか。


「まあ、あれだなあ。うん、確実に凪の作った飯の方が美味いなこれ。

 店選び、まずったかな。前はもうちっと美味かったんだが……」


「そそそそ、そんなことはありません!あの、私などが入れるようなお店でないと言うか、場違いと言うか。

 そ、それに、ええと、あの前菜の蒸し鶏は非常に洗練されていたと思います!」


 正直味など覚えていない。だが、咄嗟に口から出た言葉は悪くないと思う。思うのだが。


「んー。まあ、凪が喜んでくれたなら嬉しい、な」


 そんな言葉にまた頭が真っ白になる。折角、せっかくの機会なのに。粗相をしていないだろうか。

 いや、自分などがこの方の側にいること自体が粗相なのではないだろうか。


 いささか卑屈とも言えるほどに彼女――楽進――は混乱していた。


 切っ掛けは数日前だ。偶然勤務中に楽進を見かけた紀霊が彼女を呼び止めたことに起因する。

 憎からず――彼女はそう主張する――思っている男の呼びかけに喜びあれこれと言葉を交わす。

 だが、勤務中ということもあり生真面目な彼女は男に詫びてその場を去ろうとする。


「ああ、仕事中に済まんな。じゃ、今度お詫びってわけじゃないけどご飯奢るわ。その後、気晴らしに付き合ってくれよ」


 一も二もなく承諾し、浮かれる。浮かれた。親友も心から祝福してくれた。


「よかったなあ、凪。この際や。あの甲斐性なしをいてこましたろ。いつもと違って、女らしく、しとやかなとこを見せたったらええねん。

 もともと凪は別嬪べっぴんさんやからな!きっちりそれをあのすっとこどっこいに見せつけたろうや!」


「ま、真桜?いや、そ、それはいいよ。私なんかが着飾っても似合わないだろうし……」


「んなわけあらへん!きっちり着飾ったらあのにぶちんかて――ってあかん」


 頭を抱える李典。彼女は一体何に絶望したのか。


「沙和が、おらへんかった」


 そう。南皮――どころか影響力は袁家領内全土に及ぶ――のファッションリーダーとして流行を仕掛けるほどまでにその地位を揺るがぬものにしている彼女。阿蘇阿蘇の服飾部門の責任者たる于禁がいないのだ。

 如南にいる彼女に助言をもらうには時間的猶予があまりにもなさすぎる。李典とて、その能力は技術特化。普段は普段は水着的――しかも胸と局部のみを隠した下着と大差のない――衣装に白衣という、着こなしと言っていいのか迷うもの。 

 汚れても構わないという機能美を斜め上に発展させたその装いを是としている時点で色々と察しないといけない。


「ま、まあ。私なんかが着飾っても、似合わないし、二郎様もその、ご不快だろうさ……」


 乾いた笑みを浮かべる楽進に李典は涙する。


「で、でもやな。ほら、きっちりしたお店にお願いしたら……」


「し、仕立てなんて間に合わんに決まってるだろう!」


 ――結局、普段着で臨むことになってしまったのである。

 それで、紀霊に案内された食事処が、南皮でも屈指――というか実質最高――の店の一室で。

 恥ずかしいやら悔しいやらで、楽進は有り体に言っていっぱいいっぱいだったのである。

 想いを寄せる男に恥をかかせたのではないか、気の利かない自分に落胆されたのではないかと、脳裏には悪い想像しか浮かばない。


「凪?」


「――は、はい!」


「なんか、ごめんな」


 どうして自分などに謝るのか、楽進はそれをさせてしまった自らの不甲斐なさに泣きそうになる。

  

 否。


 ぽろぽろ、と双眸から涙が溢れていた。


「お、おい、凪。なんか怒らせたか?まずったか?あの、その、だな……」


 自分などを気遣ってくれるそれが更に楽進の胸を切り裂く。さいなむ。

 この方は袁家の、中華の至宝だ。それなのに自分ときたらこの方に心労しか。


「ひ、く……!」


 この期に及んで嗚咽が漏れてしまうこの肉体なぞ、滅びてしまえばいいのに。

 申し訳なさで胸が張り裂けそうになる。いや、いっそ張り裂けてしまえばいい。ここから消えてしまえばいいのだ。


「凪……」


 だから、包まれる暖かさに言葉を喪う。

 力強い腕に包まれていると認識する。

 嗚呼、これは夢だ。夢に違いないと楽進は確信する。

 色々あったけども、この感触を、夢と云えども味わえたならば上々。

 これは夢。だから、もう、どうとでもなれ。


「二郎さま……」


「ん」


「お、お慕い、申し上げております……」


 なんとも似つかわしくない言葉だ。自分には似つかわしくない言葉だ。

 だが、思いを伝える時には、こうありたいと夢想していた言葉だ。


「武辺者です。武骨者です。粗忽です。ですから、お傍にいられるだけでいいのです。

 でも、浅ましいと思ってくださっていいです。

 その。お、女として、お慕いしております。

 ……二郎様」


 夢でも、うつつでもいい。この身は今この瞬間に砕けてもいい。

 生涯秘めようと思っていた。きっと迷惑だから。相応しくないから。

 でもこの思いを知ってほしい。伝わって欲しい。

 矛盾する想いも、これはきっと夢だからと。

 だから、精一杯気持ちをぶつけよう。ぶつけてしまおう。


「お慕い、申し上げております」


◆◆◆


 凪は泣き笑いで。その表情は俺の胸を打った。だから咄嗟に席を立ち、去ろうとした凪の腕を掴めたのは僥倖だったと思う。


「どこ行くんだよ」


 くしゃり、と顔が歪む。嗚咽を堪える幼子のようなその表情が愛しい。


「わ、私は、その。分不相応な思いを抱いてしまって!本来ならばお暇をいただくべきなのですが!

 未練がましくそれでも二郎様のお傍にありたいと思っております!浅ましく、はしたない!

 ですから――」


 何か囀る凪を。掴んだ腕を、身体を引き寄せて。


「あ……」


 頬を紅潮させたのを可愛く思いながらくい、と顎を摘まむ。数瞬の空白。

 観念したかのように凪は目を瞑る。

 ぐい、と身体を抱き寄せながら唇を重ねる。


 ほぅ、と熱いため息を漏らすその唇を蹂躙する。ちろり、と舐めあげる。

 ぎゅ、と抱きしめると、強張っていた身体がくにゃり、となる。


「じ、二郎様……」


 潤んだ瞳、その瞳に獣欲が刺激される。

 ぐい、と更に抱き寄せる。

 引き締まってなお女らしい柔らかさを主張する凪の身体が俺を誘う。


 かける言葉をどうしようか。そんな俺の思いを察したのか、ぎゅ、と凪が回した手に力を込める。


「凪」


 俺の呼びかけにびく、とする。


「お前が、欲しい」


 視線は交わらず、ぎゅ、と込められた腕を諾として俺も回した腕に力を込めた。


えっちぃのはノクターンで!

【追記】

成年用の凡将伝をノクターンにて公開しております。割と最初から。

全年齢版でも問題ないようにしておりますが、お肌の触れ合い会話(ガンダム的表現)に興味のある方は是非。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほぅノクターンですか…いや以前から読んでいたけども ノクターンにつられてつい初感想。 更新お疲れ様です
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