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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決着の章
223/350

鬼謀の甘言、武勇の諫言

 閑話休題。

 黄巾の乱において武功第一は誰かというのは後世においても諸説ある。

 だが、結局は黄巾の首魁を捕縛した夏候惇であろうというのが最有力である。

 無論、即断で禁軍のみならず諸侯軍の投入を決断した何進や、官軍と諸侯軍を見事に御した皇甫嵩。更には連戦連勝の馬騰、公孫賛も候補には挙げられる。

 とは言えやはり最終決戦において、こじ開けられた城門から真っ先に突入して首魁を捕縛した夏候惇。彼女はいかにも庶民の好きそうな逸話であり、曹操もそれを最大限活かして曹家軍の武威を喧伝した形跡が遺されている。

 そしてその夏候惇は曹家軍の軍師たる荀彧に向けて怒りを露わにしていた。


「ふざけるな!お前は一体何様のつもりだ!」


 まさに怒髪天を衝く。物理的な圧力すら感じさせるほどの気迫。それを気に留めることもなくいなして荀彧はニヤリと笑う。


「黙りなさいなこの脳筋。アンタは戦場で駆けずり回るのがお仕事。

そっから後は私の領分よ。

 何度でも言うわ。張角たちには利用価値があるの。それもとびきりのね。アンタには分からないでしょうけども」


 荀彧の主張はこうだ。

 黄巾の残党はいまだに数万いると思われる。張角らを使えば容易くそれらを懐柔できる、と。


「いい?曹家百年の計はここから始まるのよ。曹家の武威、ここより天を衝くわ。その転換点にあるのよ?」


 夏候惇も負けてはいない。


「は!語るに落ちるとはこのことだ!

天に唾するとはこのことだ!反逆の徒に掣肘を、裁きを与えずにその詐術を抱えるなぞ痴人の妄想だな!

 そもそも二郎とて馬鹿ではない。我が曹家にあの罪人があるのを見咎められたらどうするのだ!」

「さあ?世には極めて似た人物が複数いるというでしょう?

 黄巾の首魁はアンタが討ち取った。それでいいじゃない。

 アンタの武名は上がる。曹家の飛躍も果たされる。

 アンタが討ち取った。それでいいのよ。一度それを認めさせればいいのよ。後になって蒸し返すようなことはできないしね」


 クク、とほくそ笑む。


「いえ、むしろ共犯関係に持ち込んでもいいわね。そうなると袁家にもなにがしかの利益供与を考えないといけないけど、大したことじゃないわ。

 いい?曹家は、華琳様は宮中でこれから漢朝の中枢に切り込むわ。そのためには武威が必要よ。

 無論アンタの活躍はその一助でしょう。でもね。猪一匹の武威なんてね、何の役にも立たないわよ。

 だから、明白なものが必要なのよ。兵力、っていう、ね」


 十万の軍を背後に控えれば、我が主の言はどれほどの重みを持つか。

 宦官勢力という世評を覆すのに武威がどれほど必要か。彼女とて必死なのである。

 ここで問題になるのは袁家だ。だが、それも幾らかの妥協あれば抱き込めると荀彧は確信している。

 そして一度巻き込めば共犯。政敵たる何進、或いは皇甫嵩、朱儁に対する牽制としてこれほどの一手はない。


 それでも、夏候惇は激昂するのだ。


「ふざけるな!

 はかりごとによって国が立つか!信義によってこそ国は立つ!

 そうでなくて、何条以て兵に死ねと言えるものかよ!

 この私の命令で兵は死に行くのだぞ!

 貴様はその誠忠、なんと心得るか!

 その死を誇れと、無駄ではないとどの口で言えるものか!」


 その熱情を受けてなおも荀彧は揺るがない。だが流石に数瞬口ごもる。

 それでも自らの責務を果たすべく口を開く。その寸前。


「そこまで」


 彼女らが一心に赤心捧げる人物。破格の才覚たる曹操が括目し、口を開いた。


「春蘭、その言やよし。此度は貴方の諫言容れるわ」


 くす、と笑う主君の言に夏候惇は歓喜に全身を震わせる。


「はい!ありがとうございます!」


 それまで浮かべていた鬼気迫る――殺気すら自軍の軍師にぶつけていたほどに――表情はどこへやら。

 夏候惇は自らの進言が容れられたことに喜色を全身で表す。

 戦場においては独断専行も大っぴらに認められている彼女ではあるが、その舞台を戦場外に向けると進言が容れられることは極めて少ない。

 短絡的と言ってもいい彼女の判断は、先を見据えた政治の舞台にはそぐわないのだ。

 無論、それは彼女の能力を貶めるものではない。

 ただ、立つ舞台が違うだけ。それを荀彧もよく理解している。そして察する。未だ戦乱治まらず。

 ここは未だ鉄火場。賢者の考察よりは餓狼の、猛禽の直感こそが必要なのだと。

 そう主君が断を下したのだ。荀彧に否やはない。政争ではなく戦場の論理を身に纏い、問う。


「では、黄巾の首魁、更には太平要術の書を袁家……紀霊に預けるということでよろしいでしょうか」


 その、張良の再来と言っていい俊才の言に曹操は満足げに頷く。


「ええ。黄巾討伐の功績第一は我が軍。これ以上を求めればそうね。皇甫嵩あたりから横槍が入るでしょうね。

 だから、厄介ごとは二郎に押し付けてやるわ。どうさばくか見てやるのよ。

 あの、お気楽な男の本気というものを見極めてやるわ」


 くす、と笑む曹操に夏候惇と荀彧は見惚れる。この覇気、これこそ我が主君。


「未だ曹家は雌伏の時よ。何もかもが足りない。でも、五年後は違うわ。 

 せいぜい二郎には高く売りつけてやるのよ」


 きっぱりと曹操は決別する。張三姉妹の持つ不可思議な力と、太平要術の書の淫靡なる妖力と。


 ――淫祠邪教、断つべし。


 その生涯において曹操は常に現実主義者リアリストであり、自らの理解の埒外の術式に手を出すことはなかった。

 或いはここで三姉妹を取り込めば大陸に覇を唱える一助になったやもしれぬ。それを理解していても。 彼女は人の手を離れた手妻を除外した。


「さて、あれらをどう扱うか。その魂胆、根底。見極めさせてもらうわ」


 斬るにしても、利用するにしても実に興味深い。あの男の魂胆が見れるのであれば安い買い物だ。


「なるほど!二郎のしかめっ面が浮かびますな!」


 呵呵大笑。夏候惇は紀霊の困惑を思い。


「あら、意外とほくそ笑むかもしれないわ。見事な隠し札が手に入ったと」


 対して荀彧は紀霊の黒い怨念を知る。


「そうね。楽しみだわ」


「華琳様は二郎が彼奴らをどうすると思われるのです?」


 それを躊躇なく聞けるというのは夏候惇故であろうと荀彧は思う。――幾分かの妬ましさを覚えながら。


「そう……。

 そうねえ」


 数瞬、曹操は茫洋とした、掴みどころがない癖にどこか信頼できる男を想う。


「――普通に、法に則り。斬るでしょうね。

 ほんと、面白味のないこと」


 くすり。


 馬鹿正直にそれらの全てを夏候惇から伝えられて、紀霊は苦虫を噛み潰し、火酒を呷ったという。

 その酒杯を夏候惇が奪い、いつの間にやら乱痴気騒ぎになったというのは後世の創作であるとされている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 夏侯惇マイヤーかっこいい。
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