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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決着の章
222/350

黄天は人の手により地に倒れ伏す

 戦場の喧噪が次第に遠ざかっていく。そして歩みを進めるのは俺と風が黄巾の熱狂を目の当たりにした劇場の更に奥。その奥。

 流石にここには見張りの兵もおらず、文字通り無人の野を往くが如しである。なぜこちらに歩を進めるかというと。いや、俺もよく分かってないんだけどね。

 ただまあ、太平要術の書という奴がどれだけ厄介なものかというのは華佗から聞いている。

 死を収集する書物。死を積み重ねるほどにその力を増大させていく。そしてやがては書自らが意思を持つかのように死を世にまき散らすという。

 全くもって俺の天敵と言っていい存在だ。そんなものがあるとなると枕を高くして寝ることができん。それが黄巾の乱でどれだけ強化されてることやら。


「これほどまでに濃密な……!

 なんということだ!これほどに濃いとは!これは!

 これは完成にほど近い!いや、もう満たされるのか!」


 華佗がなんか言ってるが、零感の俺もマジでなんかやばい気がするの。

 空気が、重いというか、密度が濃いというか。目の前の建物。廟のようなそれに踏み込むのを躊躇してしまう。


「こんなにも、か!実際これほどの術とはな……。

 間違いない!太平要術の書を操る術者はこの中にいる!

 だが……。

 くっ!これほどまでに厳重な封がされているとなると、まずいな……」


 まあ、廟の入り口には何かお札とか貼りつけられてたりして、こう、見るからに禍々しい。ホラーとか俺超苦手なんだけど。だけど。


「ですがここで時間をとられるわけにもいきませんしね。いいです。流琉ちゃん、どーんとやっちゃってくださいな~」

「はい!わかりました!

 えーい!」


 軽い!軽いよ!

 いかにも、ちょっとあれとってきて!

 みたいなおつかいクラスの気軽さで風が流琉に命じて、流琉が降魔杵をこれまたおおきく振りかぶり……。

 いや、風曰く、対魔特攻な降魔杵とは言え、だ。そこは慎重に……っ!


「なん……だと……」


 華佗もびっくりの一撃は厳重に封印されていた門扉を見事に粉砕していた。

 流石流琉。えらいえらいと撫で繰り回してやろう。

 えへへと照れる流琉をこれでもかと持ち上げる俺の背がちょいちょいとつつかれる。


「二郎さん?ここからが本番ですから、緩むには早いのですよ~」


 こりゃ失礼。そうだな。こっからが本番だよな。

 正直気は進まんが、やるしかない。

 まだ残った門扉、或いは封印バリア


 力む身体をそのままに、見敵必殺だけを自らに命じて――。


「ちぇすとおおおおおおお!」


 心身に浮揚感、充実感。みなぎる万能感。

 そしてその時、破滅を思わせる音曲が響いた。

 だがそれにかまわず走り出すのだ。歯を食いしばって。


◆◆◆


 無心で放った一撃は会心。故にまるで手応えがないことにすら気づくのが遅れる。


「さてさて、どうやって金城鉄壁たる封印を除いたのか興味もありますが……。まずはご挨拶をするべきですかねえ。

 私は波才。黄巾の軍を率いる最高責任者です……」


 異相の男。ギョロ目の男が楽しそうに。実に楽しそうにこちらを見やる。

 吐き気を催すくらいに濃密に血の……死の気配を纏って俺たちを嘲笑う。


「そして、貴方たちを死後使役する主です。ゆめ、お忘れなきよう……」


 ゆらり、と懐から取り出したのは禍々しい、書!


「流琉!ぶちかませ!」


 俺が命じるやいなや、青い閃光が波才を襲う。切り裂く。

 が。


「んー。なかなかに思い切りがいいですねええ。ですが、ここは私の本拠。ここで私に伍するには、宝貝では足りませんねえ。ええ、足りません。全然足りませんとも。

 ですが、にえとしては貴方たちは優秀です。合格です。さぞや聖女たちのための力になるでしょう。なるでしょう。なりなさい。

 贄と、なりなさい」


 狂笑が辺りに響く。確かに流琉の一撃が彼奴きゃつを打ち据えたはずなのに!


「訳が分からないという顔をしていますねえ。いいですよ。実にいい表情ですねえ。素晴らしい。実に素晴らしい。

 もっと。もっと絶望しなさい!聖女のもたらす地上の救済を邪魔する蒙昧には相応しいでしょうとも……」


 幾つも鬼火が漂い、波才はそこかしこに存在して俺を、俺たちを取り囲んでくる。知るかよ!


「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおお!」


 気合い一閃。波才を捕えた一撃。それも手ごたえなくすり抜ける。

 くそ!幻術、手妻だよな!知ってるけど実に厄介な!


「んー。他愛無いですねえ。いや、この程度なのでしょうかねえ。いや、もうちょっと死が積み重なれば聖女たちの望みを叶えられたものを……。

 安心しなさい。宝貝はきちんと有効活用させていただきましょう。

 いや、ようこそいらっしゃいませと言うべきでしょうかねぇ。

 そして二度と会うこともないでしょう。輪廻の輪から外れて私に、聖処女に仕えることに喜びを覚えることになるでしょう――。ですから、さようなら」


 闇が集まる、集まる。死の気配が本能を刺激する。逃げる。逃げろ、逃げたい! 

 動かぬ身体が、凍った心が全力でこの場からの逃亡を命じる。

 これは、まずい……!


◆◆◆


 ――臨める兵、闘う者、皆 陣列べて前を行く。


 静謐な声が響く、とどろく。それは炎のように熱く、広がり、矢のように切り裂くのだ!


「臨兵闘者 皆陣列前行!

 光に!なれえええええええええ!」


 華佗が黄金の光を背負って波才を貫く……それすらも幻体か!

 だが、この場の闇が晴れ、更に轟く気合い!

 さしもの波才も苦し紛れに叫ぶのだ。


「貴様ぁ!この術式!五斗米道か!」

「違う!ゴッドヴェイドウだ!貴様のような怪力乱心をこの世から打ち払うがお役目!

 急急如律令!」


 華佗の手から放たれた札が四方八方に乱舞する。そして幻体を消してゆき、人影を拘束する!


「く、この程度で封じたなどと思わないことですね!

 本来ならば聖女への福音!それを呪詛としてこの大陸に大いなる災いを!

 更なる流血を!

 屍山を築き、血河を流し、稲穂は奈落の王に捧げられるであろう!」


 渾身の呪詛。

 だが、のんびりとした声が禍々しいそれを散らす。打ち消す。


「残念ですね~。既にその手妻は人により観測されています~。

 いつだって、化け物は人の手により討たれると相場は決まっているのですよ。

 さて、二郎さん。今度こそお願いします」


 いいぜ、俺の手で決着をつけてやる。三尖刀の刀身にぺろりと舌を這わせて高らかに唱える。


南無八幡大菩薩ひかりになれぇ!」


 切り裂き、残心。

 断末魔が廟に響き渡り。


「つ。疲れた……」


 何か色々根こそぎ持ってかれた感があるがまあ、よしとしよう。


「二郎さん、お疲れ様でした~」

「いや、俺は美味しいとこ、もってっただけだからな。あれでいいのん?」


 にこり、と風は微笑む。


「ええ、出来すぎなくらいでした。後始末は華佗さんに任せて問題ないですしね~」


 どうにも。分からんことだらけではあるが、黄巾の乱は一応その根元を断てたようでなにより。


 まあ、この直後に波才の手にしていた書が太平要術の書ではなかったと判明したり、それを見て風は華佗となにやら打ち合わせていたり。

 盛大にため息を吐いた俺の袖がちょいちょいと引かれる。


「あの、二郎様。これで、いいんですよね?これで平和になるんですよね?」


「ああ、流琉はよく頑張った。ここからは俺の仕事だな」


 この時俺は完全に戦後に思いを巡らしていた。官軍は禁軍のみならず諸侯の軍をも含む。

 その影響に、厄介さに。或いは三国志へと続く流れに。


 だから、厄介ごとが来るにしても、もう少し時間的な猶予があると思っていたのである。思い込んでいたのである。



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