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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決着の章
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崩れるは壁、そして幻想

 轟音と共に門扉が倒れ込んでいく。幾度目か分からぬ衝車の一撃。真桜は見事にその仕事をやり遂げた。

 そこを死守せんと殺到する黄巾守備兵。轟音と怒声、悲鳴を切り裂いて清冽な叫びが響く。轟く。


「よし!わたしに、続けえぇぇ!」


 ……指揮官に必要な要素の一つとして声、というものがある。戦場に響く様々な音響の塊。その中で配下に意思を伝えることができるかどうかというのは、非常に大きい。いくら戦術眼、判断力に優れていてもそれが配下に伝わらなければ匹夫の勇でしかない。

 春蘭は名将の条件を非常に正しく備えている。

 敵には威圧を、味方には鼓舞を。そして迸る戦意をその声に乗せて配下に伝えるのだ。


「うおおおおおおおおおお!」


 そして指揮官先頭のお手本と言ってもいい。門前の瓦礫を軽やかに乗り越え、襲いかかる矢玉を避け、打ち返して城内に侵入していく。

 それに配下の兵たちが追いすがっていく。春蘭の突破力に一時引き離されても問題ない。

 清冽なる叫びが彼らを呼び寄せるのだからして。

 以前春蘭配下の兵卒と呑んだ時に聞いたことがある。新兵で右も左も分からぬままに、戦場の空気に飲まれていたのだが。


「は、夏候惇様のお声のままにひたすらに戦場を駆けていました。ただひたすらにそのお背中を追っていました」


 そしたら勝ってたんだってさ。

 これは一例だけど、春蘭らしいと言うべきか。少なくとも真正面からぶつかりたくはないね。

 それはともかく。

 そろそろ俺たちも行くか、ね。


「星、留守は任せた。流琉は風と華佗の護衛な。

 いざとなったら二人を抱えて離脱。いいな」

「はい!わかりました!」


 じゃあ。


「決着をつけに行こうか。散々やらかしてくれた落とし前、つけに行こうか」


 災厄の種、元凶を刈り取ってやるさ。


「黄巾よ。お前らの罪を、数えろ……」


◆◆◆


 轟音、剣戟、悲鳴。それが徐々に近づいてくる。否が応にもそれに気づかないわけがない。

 黄巾賊の本拠地。要塞といっていい堅牢な防壁は官軍により破られてしまっている。

 最も豪華なその最奥部で、その三人は震えていた。


「どうしよう。ね、どうしよう……。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」


 桃色の髪をした長女――張角――が誰にともなくそう呟く。その声を受けて青色の髪の少女――張宝――は反論する。


「姉さんが悪いんでしょっ! 『わたし、大陸のみんなに愛されたいのー!』とか何とか……」

「えー。それだったら、ちーちゃんも『大陸、獲るわよっ!』とか言ってたじゃない!」

「そ、それは、歌で獲るわよって意味で……!」


 そのやり取りを聞いて紫色の髪の少女――張梁――はため息をつく。


「はあ、姉さん。この期に及んでそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。

 波才さんが言ってた通りにさっさと逃げ出しましょう」

「うー。せっかく食べるにも困らないし、いっぱいの人たちに私たちの歌が届いてたのになあ。

 ちょっと、もったいないなあ」

「そうよ!この、『太平要術の書』があれば官軍の百人や千人……」


 手元の書に目を落として張宝がニヤリ、と笑う。

 半ば本気かと思わせるほどの論調に張梁がたしなめる。


「もう、折角波才さんが色々骨を折ってくれたんだから。

 ね。

 生きてさえいればなんとかなるわよ」


 そうは言っても三人とも既に栄耀栄華をある意味極めた身である。中々に、ゼロからの再出発には抵抗があった。

 だからこそここまで脱出を延ばし延ばしにしていたのである。

 もしや黄巾が勝たないか、と。官軍をこれまで撃滅してきたではないか、と。


「まあ、仕方ないよ。一からまた頑張ろう?生きてさえいればなんとかなるよ!

 また私たち三人で、頑張ろう?」


 ようやく身の回りの最低限のもの――にしては大荷物だが――だけを手にし、いよいよその時とばかりに室を出る。

 だが、時すでに遅し。剣戟の音は間近に迫っていた。


◆◆◆


「将軍!夏候惇将軍!こっちは抵抗が激しくて駄目です!

 一時後退を!もしくは迂回を!」


 その言葉に夏候惇は激昂する。


「馬鹿者!駄目とはなんだ駄目とは!抵抗が激しいということはこの道が正しく黄巾の首魁に通じるということだ!

 それにな!

 私の辞書に後退やら迂回やらまどろっこしいものは載っておらん!前進あるのみよ!」


 えへんとばかりに豊かな胸を張る。ちなみにこの台詞は後世の創作であるという説もあるが、実話である。実話であると確認されている。

 その言葉に固まる部下たち。或いは頷く古参の部下たち。これあるかな我が主君とばかりに。


「まあ、それなりに休ませてもらったしな。いいだろう。ここからは私の仕事だ。

 曹家の大剣!その武威、思い知れ!

 唸れ、七星餓狼――!」


 無茶なことも言う。無理も通す。だが兵卒から絶大な人気を誇る夏候惇。その真髄は有言実行、その分かり易さに尽きる。

 手本を見せてやるからついてこいとばかりに単身槍衾に突撃し、粉砕する。


「そらそらどうした!今宵の七星餓狼は血に飢えておるぞ!」


 今はまだ昼ですという部下の言葉もそこそこに血煙を巻き上げ、大喝する。


「さあさあ、死にたい奴からかかってこい!なに、痛いのは一瞬だ。

 来ないなら……こちらから行くぞ!」


 語尾が響く間もあろうこそ、嵐が吹き荒れる。


「つ、つづけ!夏候惇将軍に続け!」


 呆けていた部下が慌てて追随するのを満足げに見やる。これで呆けたままであったならば修正を加えないといけないところだ。

 実戦のための訓練。そのためにしごいてきたのだ。

 これまでは目立った出番がなかったものの、おさおさ馬家や公孫家にその武威劣るものではない。少なくとも夏候惇はそう思っているし、そう鍛えてきた。

 ……実戦経験だけは一歩譲るのはやむを得ないとしても、だ。

 部下が切り開いた血路――文字通り――を悠然と歩み、目の端にぷるぷると震えるものを見つける。

 どうやら、黄巾ではあるものの兵ではないようだ。身なりは、いい。


「ふん、幹部の妻妾の類か?」


 置き捨てて更に歩みを進めようとして振り返る。

 撒き散らされた血糊に怯えながらも、じり、じりと動いている。どうやら逃げ出す過程で修羅場に出会ったらしい。


「おい、貴様ら!」


 声をかけたのは気まぐれだ。いかに逆賊とは言え、無抵抗の女子供を切り捨てて悦に入る趣味はない。


「は、はい?」


 顔を確認し、その眉目秀麗さにふむ、と考え込む。


「貴様ら、踊り子の類か?」


 ……この時、彼女らは一目散に逃げるべきであった。或いはその妖術で抗うべきであった。

 間違っても頷くべきではなかった。

 だが、一介の踊り子として逃げ出せという波才の言葉が災いとなる。

 何せ、夏候惇はその踊り子たちを捕縛するために出張ってきていたのだから。

 是、と三人が頷いた瞬間、目にも止まらぬ一撃が彼女らを襲う。

 どさりと倒れた彼女らに向かい、夏候惇はニヤリ、と笑う。


「安心しろ、峰打ちだ」


 ――史書には、夏候惇が黄巾の首魁を捕縛したことのみが記されている。

 曹家の武の象徴として名を馳せる、それは最初の一歩でもあった。


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