桜は男に想いを移して花散らす
「なんと……それは、邪法ではないか!そのようなことが本当にあるというのか!」
だん!と卓に拳を叩きつけたのは馬騰さん。やめてください卓が砕けてしまいます。
「信じがたい、というのが率直なところね。僵尸だの幻影兵だの、常軌を逸しているわ」
華琳が胡乱げにそう発言する。
いや、俺だってそう思うよ。黄巾本拠からは僵尸と幻影兵溢れてくるかもしらんから気を付けてねーなんて、さ。でもねえ。
本陣から正確な情報があるとないとでは前線の士気が段違いなのですよねえ。
そんなことを考えながら。
室内の面子を今更ながらに紹介しとく。
紀家軍からは俺と風と星。馬家軍からは馬騰さんと翠と蒲公英。曹家軍からは華琳と春蘭と荀彧。公孫家軍からは白蓮。董家軍については一回お休みである。再編で大変らしいからね、仕方ないね。
そしてそれぞれ中心人物を集めて黄巾本拠を叩く前の作戦会議なわけだ。それにあたり情報の開示と共有化をしているのだが、そりゃ黄巾が妖術とか幻術使ってくるとか言っても現実味ないよね。
誰だってそう思う。多分俺だってそう思うよ。
だが。
「いや、私は二郎を信じる。戦場では何が起こっても不思議じゃない。
実際、禁軍最精鋭を率いる朱儁将軍、それに董家軍が痛撃を食らっているのだろう?
だったら、予備知識は必要だろう。仮にそのような存在が現れなければそれでいい」
そうじゃないか?と見まわす白蓮である。うう、立派になって……。
「いや、そうだな。その通りだ。備えは必要だろう。
朱儁率いる禁軍、それに董家軍共に精鋭だ。それを退けるのであるから、いずれにしろ尋常な相手ではないであろう」
「では聞くけど二郎?
貴方はどうやってその、非常識な、この世にあってはならない軍勢を退けたのかしら」
華琳の疑問もごもっともである。ただ、それを語るにはその道のプロからの言葉の方がいいだろうて。
そして俺はその人物を紹介する。
「漢中において民のために尽くす医療集団。聞いたことがあるだろう。そこの専門家から説明してもらった方がいいと思う」
俺の言葉に華琳が反応する。知っているのか、華琳!
「漢中……。五斗米道かしら」
「違う!ゴッド!ヴェイドウ!だ!」
「は?」
流石の華琳が目を白黒させるのが実に面白い。馬騰さん達が苦笑しているところを見ると知っているのだな。表も裏も。
「ゴッド・ヴェイドウの華佗を皆に紹介する」
以下、華佗から皆に諸々の説明がありました。結論としては、とりあえずもち米と桃の木とが有効。銅銭もだっけか。
いや、華琳よ、お前がそういうの嫌いなの知ってるけどとりあえずはそういうもんだと納得してくれ。とりあえず馬騰さんは納得してくれたぞ。
「まあ、そういうわけで、野戦は馬家と公孫家。城塞には俺たち。突入は曹家を中心として総力戦という方針で。
馬騰さん、先陣よろしく頼みます」
「うむ、望むところであるとも!」
威勢よく馬騰さんはそのまま翠と蒲公英を連れて室を後にする。にこやかに手を振る蒲公英とこちらを見ようともしない翠が対照的である。あれ、俺ってば翠に何かしたっけか。パンチラ見たくらいじゃねえかなあ。
「じゃあ、私もこれで失礼する。野戦であればどうとでもなる。後は任せた」
白蓮も明日に備えて陣に帰るみたい。
で、だ。
「で、突入する私たちに言うことがあるんじゃないのかしら?」
はい。あります。
じろりとこちらに視線を向ける華琳。それに増して刺々しい視線をくれやがる荀彧。春蘭は……目が合ったけど小首を傾げるだけだ。くそう、可愛い。
「二郎。貴方黄巾の本拠に潜入したのでしょう?であればその首魁についても見知ったはずよね?」
まあ、そうよね。その情報はできたら開示したくなかったんだが……。
しゃあねえ。開示だ。
「女が三人。芸人だ」
俺の言葉。流石に華琳でも言葉を喪うだけの衝撃でしょうね。
「……二郎。相違ないのね?」
「ああ」
こめかみをぐりぐりと。眉間に皺を刻みながら数瞬煩悶する華琳。気持ちは分かるぞー。ほらほら、もっと苦しんでもいいのよ?
「……三人の特徴を。流石にそれだけの情報では特定できないわ」
ごもっとも。
俺は手元にある情報全てを開示する。天和、地和、人和と呼ばれていること。長女のみ巨乳であること。三女は眼鏡っ子であることなど。
「……やるせないわね。中華を揺るがす黄巾の乱。それが芸人の信者が暴走したものだなんて」
「きっかけなんてそんなもんかもしれんさ。俺らは粛々と義務を果たすだけ、さ。頼りにしてるよ」
「あら、美味しいとこだけもらっていっていいのかしら?」
「そこいら辺に気を配るほど余裕がある訳じゃあ、ねえのさ。
そんかし、確実に頼むわ」
華琳はくすり、とほほ笑み、顔を近づけてきて……。
「痛い!痛いって!」
ぎりり、と俺の耳を掴み、えいやとばかりに引っ張り上げる。
盛大に抗議の声を上げる俺の耳元に口を寄せ。
「いいわ、それで納得してあげる。まだ隠していることがあるみたいだけどね。
その代り、無様を晒したらただじゃおかないわよ」
ぺちん、と。
行きがけの駄賃とばかりに痛む耳に追い打ちをくれてその場を立ち去る。
いやはや。耳が痛いってば。
「くふふ。仲がおよろしいようで~」
そんなんじゃねえっての。見たら分かるでしょうよ。
「主よ。まるで説得力がないぞ?いやはや。
厄介な御仁に引っ掛かってしまったようだな」
いや、そうじゃなくてって言うかそこは無実!無実だから!
「などと意味不明な供述を繰り返しているようですが、星ちゃん」
「全く困ったものだ」
ちょ、待てよ!
何この流れ。
「ちょっと待ってみようか。と言うか待ってくださいおねがいします」
すたすたと去る二人。しまった。こういう時に味方をしてくれそうな流琉も呼んどくべきだったか!
……それはそうとして、いよいよ明日。
決戦の刻、迫る。
のさ。
◆◆◆
「っしゃおらあああぁぁぁ!!」
雄叫びを上げて翠が、あれ?
あれは……指揮官先頭ってもんじゃない。あれは単騎特攻だ。陣構えの先頭に陣取っていた翠。それが兵を率いるのかと思いきや、後続の兵を置き去りにして独走態勢である。
後続の騎兵はそれでも必死に翠について行こうとしているが、ぐんぐんとその差は広がり、マジで単騎で接敵するぞあれ。あ、したわ。
幾筋も銀の閃光が走り、翠を囲もうとしていた黄巾がどさり、と倒れ落ちる。全てが一撃必殺の連撃。
黄巾の分厚い陣構えに楔を打ち込むどころか、真正面から切り裂いていく。錦馬超の武威の所以、恐るべしである。などと思っていたのだが、馬家軍の本領はそれだけではない。
先陣を任された兵たちが翠の開けた風穴に殺到し、陣構えを食い破る。当たるを幸いに暴虐の嵐が吹き荒れる。が、無論それは統率のとれた動きではなく、本能的なものだ。
自然、限界もすぐにくるし、機動に破綻も生じ、致命的な隙を見せてしまう。
そのままではやがてすぐにその勢いは潰えてしまい、かえって逆撃を喰らうであろう。そんな兵を包括的にまとめながら、翠が開けた突破口を面で制圧する将がいれば話は別である。そんな将がいるのか。いるのだ。
「ここにいるぞー!」
将に置いてきぼりにされた兵を鼓舞し、再編し、面で制圧していく。これって、言葉にしたら普通に見えるかもしらんが、前線指揮官が実際にするとしたらありえんってば。少なくとも俺には無理。
ともかく、翠が穿った穴を蒲公英は面で拡大し、黄巾を蹂躙する。いや、すごいわ。
更に、である。
「ふむ、その数たるや圧巻である。だが。しかしな。この馬騰、私利私欲で戦う者なぞ敵ではない!私は義によって立っているからな!
総員!吶喊せよ!」
馬騰さんの恐るべきは。圧倒的な士気と勢いで場当たり的に敵を押しつぶしているように見えるがその実、翠と蒲公英が穿った風穴を最大限に活かして効率的に薙ぎ払っているというところであろう。傍目八目だからであろうが、俺ですら分かるくらいに効率的に圧倒していく。
それでいて熱狂的な士気を理性的に振るっている。しかも馬家軍という精鋭をだ。こわやこわや……。
これぞ騎兵。これぞ用兵というものだ。背中でそれを語ってくださってる。
馬家、パねえ。
「二郎、そろそろ私も出るぞ」
内心ブルってた俺に白蓮が声をかける。いや、もう馬家軍だけでいいんじゃないかな。
「なに、馬家の取りこぼしを食ってくるだけだ。どうということもないさ。
二郎、見ててくれよ。二郎の、そして韓浩の好意はけして無為じゃあなかった。そう、確認させてやるよ。
ああ、見ててくれ。私たちはこんなにも鍛えてきたぞ。こんなにも歴戦だぞ。そう、自慢させてもらおうか!
白馬義従!出るぞ!」
咳一つなく、一つの塊と化した軍勢が襲いかかる。黄色い塊が白い塊に接するとたちまちに消滅していく。溶けていく。広大な戦線を支える馬家軍の後背を護り、右翼から援護し、いつの間にか先陣をすら奪う。
その高機動戦たるや、横で控えていた華琳が感嘆のため息を漏らすほどである。
馬家軍の戦線を支えながら、援護しながらそのほかの戦場すべてを制圧するなぞ、ありえるものかよ。
騎兵の精強さはいい。だが、前線で戦闘しながらも戦場すべてを視野に入れて動くなんて。――なんて、出鱈目な。
「二郎さん。それではそろそろ参りましょうか」
風の声で我に返る。
「せやで、いよいようちらの出番や。あの程度の城壁、どうということはあらへん。いよいようちの、うちの子たちの出番や。
二郎はん。いつでもええで?」
無軌道な蹂躙に見えて城塞への最短はその実確保されている。攻城兵器の出番。
いよいよである。
「よし、往くぞ。なに、敵に墨家いようとも恐れることは無い。それだけの準備をしてきたからな。
衝車、櫓車、投石機。粛々と前進せよ」
俺の言葉を合図に、後方にて控えていた軍勢は前進する。
響く重低音。まさか出番があるとは思っていなかった工兵部隊の出番である。俺たちはそれを護るための壁となる。ほら、攻城兵器なんて的もいいとこだからね!
「星には騎兵を預ける。攻城兵器は目立つからな。守備を突破されそうなとこの火消を頼む」
「承った。きっちりと果たして見せよう。いざ、参らん!」
「風、歩兵の指揮は任せる。俺と流琉を如何様にも使ってくれ」
「承知なのです~。まあ、今回については、あまりお仕事はなさそうですが、ね」
「それならそれでいい。楽勝大いに結構。
真桜!」
「はいな!」
「一番うまく運用できるんだろう?
自由にやってよし!必要なら袁家軍全てを使っても構わん。あの城壁を破れ!」
戦況は極めて順調に、問題なく推移している。僵尸も幻影兵もその姿はない。それがいっそ不気味であり、風の、華佗の表情を見ると俺も気を抜くなんてできない。
そう、ここは戦場。何が起こってもおかしくはないのである。
◆◆◆
轟音が響く。門扉を衝車が襲う音である。その標的を打ち破るのにあと半刻もかからないであろうというのが真桜の見立て。
櫓車から城壁上に降り立った兵がじわり、と橋頭堡を確保する。その先頭には流琉。押し寄せる黄巾に対し最前線でよく持ちこたえている。櫓車からは無数の矢玉が放たれ、それを援護する。
陳蘭率いる長弓兵は風の指揮のもと、実に効率的に敵を打倒していっている。うん、流琉の援護だけじゃなく、こっちに迫る黄巾だったり、馬家、公孫家に対する援護だったりと四方八方に矢玉をばらまく。
攻城兵器に今のところ致命的な不具合は発生しておらず、真桜の整備、運用能力の高さがうかがい知れる。
そしてその指揮も実に理にかなっている。実に効率的に敵を薙ぎ払い、防衛設備にダメージを与えているのだ。
いや、真桜にそこまで指揮能力を期待していなかったのだが……。
矢継ぎ早にあれこれ指示を飛ばし、不具合の出た兵器をその場で修理する。三面六臂の大活躍な真桜に労いの言葉をかけようとしたのだが。
どうにも顔色がよろしくない。
「おい、真桜、大丈夫か?」
自ら衝車の車軸に手を入れていた真桜にそう問いかける。
すると。
「ひっ!?」
こちらを見て悲鳴をあげる。
あ、そか。俺、返り血でちょっとえらいことになってるかもしらんね。
「ああ、すまんな。ちっとばかしみっともない姿ではある。
だがまあ、真桜も疲れてるみたいだしな。ちょっと休憩しようぜ。どうせこれまで出ずっぱりだったんだろ?」
周囲に目で聞くと是、と応えが。
「ほれ、無理は身体に毒だ。飯食うぞ、飯。付き合え」
「な、何するのん!ちょお!う、うちはあの子らの面倒みんとあかんのや!こら、力づくとかありえへん!
放してんか!この、ああもう!力じゃかなえへん!あほー!」
ずりずりと最初は引きずってたんだが、だんだんめんどくさくなってよっこいしょとばかりに抱きかかえる。
俗にいうお姫様抱っこである。いや、これ結構楽なのよ?ほら、暴れてた真桜も大人しくなったし。
「二郎はんの、あほ……」
「聞こえんなあ」
取りあえず飯だ飯。腹が減っては戦はできぬ、というやつである。
◆◆◆
「腹が減っては戦はできぬ。ってね。
そりゃ工房で自分だけならいいよ?でも真桜の指揮に幾千、幾万の兵士の命がかかってるからな。
ほら、おかわりもあるぞ?」
俺の声にびくり、と身を震わせて箸が止まる。食欲もあまりないようである。
これは……いかんな。
「うん、すんまへん。ほんま、ありえん暴言とかすんまへん。
うち、ちょっとわきまえてなかったわ」
「そんなのはいいんだよ。俺を罵って真桜が気持ちよく仕事できるんならそれでいいんだよ。
それが俺の仕事だからな。だが、真桜、お前。
……大丈夫じゃないだろ」
俺の言葉に泣きそうな顔でいやいやとばかりに顔を横に振る。
「そんなこと、あらへん。うちは、うちはなんともあらへんのや……」
かっと頭に血が上り、怒鳴りつけようとしてそれを抑え込む。俺の苛立ちを真桜にぶつけても仕方がない。
思えば、真桜はこれが初陣なのだ。そして初陣で指揮官を任せてしまったのだ。
「……辛いか?」
俺の言葉に、びくり、と身を震わせ、雨に打たれた捨て猫のような瞳で俺を見上げてくる。
「二郎はん、ほんまごめん。
うち、あかん。ごめん、あかんわ。
二郎はんがうちを戦場に連れてくるの渋ったの、しゃあないわ。
あかんねん。うちの命令で、人が死ぬねん。敵も味方も死ぬねん。
ほんでな、うちが心血注いだあの子ら、ほんまええ子らや。あの子らが人を殺すねん。
分かってたはずやねん。でも、でもな。うち、それ見たら、あかんねん。うちが殺せっちゅうたらあの子ら、うちの望む以上に殺すねん。
うち、人殺しのためにあの子ら作ったんちゃうねん。そんなつもりちゃうかってん。
ちゃうねん……」
べそ、べそと双眸から涙をこぼし、真っ赤な目で俺に訴えてくる。
「そんなつもりやなかってん。
うちがあの子らを一番うまく使える。それだけやってん。あの子らをうち以外の奴にいいようにされたなかってん。
それだけやってん。それだけやってんで。
なあ、二郎はん。うちが、あの子らにひどいことさせてるんや。人殺しさせてるんや。
うち、どうしたらええのん?」
もはや何を言っているか、自分でも分からないであろう。真桜は俺に縋り付いてわんわんと号泣する。
「あの子たち……攻城兵器たちは奴らの意思で人を殺してるのか?」
そんな俺の問いかけに、慟哭しながらも真桜は応える。
「そんなわけ、ないやん。そんなわけあらへんわ!
うちが悪いねん。うちが命じてるねん。あの子ら、悪くないねん」
だったら、簡単なことだ。
「だったら!
真桜にそれを命じたのは俺だ!だから俺を恨め!俺のせいにしろ!
俺がために真桜はあいつらに人殺しをさせてるんだ。
俺だ。俺が下した命令のためだ。
気に病むことは無い。俺が命じたからだ。
……だからさ、全部俺のせいだ。
ほら、今なら殴っても、噛みついてもいいぜ?
今なら誰も見ちゃあ、いないしな」
ぎゅ、と真桜を抱き寄せる。その柳腰に戸惑いながら、強引に腕に抱きかかえる。
べそをかいている顔を正面から見据えて、いつでも殴っていいようにニヤリ、と笑ってやる。
「ええの?二郎はんのせいにして、ええのん……?」
「ああ、いいとも」
それが俺の役割だ。その責は俺のものだ。誰にも譲るものかよ。
「あほ……そんなん言われたら……。惚れてまうやろ……」
「それは嬉しいな。てっきり蛇蝎の如く嫌われ、恨まれるってのを覚悟してたからな」
「あほぉ……。そんなん、できひん。できひんわ……。
嫌いになんか、なれへん。
あかん、あかんて。ほんまに、ほんま、あかん。もう、あかん……。
二郎はん、うちをこんなにしたんよ?やから、な?」
うちをあんたのもんにして?
「うちの男は二郎はん、あんただけや。うちはあんたのもんや。そう、思わせて?
お願いやから……。お願いや……」
「ああ、お前は俺のもんだ。
真桜、お前は俺のもんだ。それを、分からせてやるよ」
ぎゅ、と抱きしめる。
きゅ、と抱きしめてくる手が震えていて、愛しさが募った。




