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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決着の章
212/350

未来を詠うのは白妙の枕の上で

 陽は中天にあり、じりじりと素肌を焼く。

 ねっとりとした汗を感じながら男は隻腕で器用に馬を操る。水先案内人の三人は日差しにばて気味であり、歩みはだんだんと緩慢になっていく。

 実に一週間。彼らと合流してからの時間である。

 黄巾の本拠地にまっしぐらのはずであるというのに、これだけかかるというのには理由があるようである、

 曰く、黄巾の内部での地位は供した物資、資金に比例する。

 曰く、黄巾本拠の近隣には既に村落は存在しない。

 故に彼らは遠くまで出稼ぎに出たということらしい。だるそうに歩く彼らも、当初の切迫感はない。なんとなればある程度の物資は彼らの取り分――案内の手数料として――になるというからである。

 まあ、彼らの言うことを信用するのなら、だ。

 ただ単に軽く迷っている。その方が説得力があるというものである。


「つ、疲れたんだな、アニキ」

「ばっきゃろう!娘娘ニャンニャンたちに会いたくないのかよ!」


 ん?と男は彼らの雑談に引っ掛かりを覚える。


「おう、お前さんたちはどの娘っ子が好みなんだい?」


 軽く問いかけながらも男は緊張に汗をかく。器用に目に見えないところにだけであるが。


「そりゃ……天和ちゃんにきまってまさぁね」

「かー!アニキは尊敬してるけどこればっかは譲れないなあ。そりゃ地和ちゃん一択でしょうが!」

「れ、人和ちゃんが一番かわいいんだな……」


 ぎゃあぎゃあと論争を始める三人組を顔に苦笑という表情を張り付けたままに男はその言葉を刻む。

 何せ黄巾賊の内部事情については全くと言っていいほど知られていないのだ。あらゆる情報は黄金の価値。


「ほらほら、もうすぐ飯だからな。さて、あとどんくらいだ?」


 この調子で三日ほど北上したくらいであるということらしい。

 男は密かに戦慄する。なんとなれば、男が認識する地理においては、そこは南皮からほど近く、徒歩でも十日ほどの地点になってしまう。彼らの言い分を信じるのならば、だが。

 そして。男を焦らせるのは、……と纏わりつくような視線である。

 男はこれでも歴戦である。勘には自信がある。腕を喪ってからはなおのこと。

 そして、一番自信があるのは逃げ足である。危機管理である。

 まだ行けるは、もう危ない。


(こいつら、始末して引き返すか……?)


 内心の呟きを苦笑と共に否定する。この、粘りつくような感覚は幾度も覚えがある。これを受けた後は決まって奇襲があったものだ。

 目前で尚も論争を繰り広げる三人組を始末するのは悪手であると本能が訴えかけている。むしろ状況を悪化させそうな。

 ならば、この、誰かに監視されているような感覚が徐々に強まる今が分水嶺。

 大きくため息をつき、相棒たる馬のたてがみをやや乱暴に撫でつける。いよいよその時が来たのだ。

 想えば、相棒と言いながらも名前を頑なに付けなかったのはこの時のため。


「じゃあな、相棒」


 その言葉に想いの外湧き上がる感情に苦笑する。なんだ。名前などなくともこんなにも自分は愛着というものを感じていたようで、笑える。

 まあ、それはそれとして、だ。


「おい、ちょっと先行っててくれ」


 既に用意していた当座の食糧、水を背負って三人組に声をかける。


「へ?旦那、どうしたんで?」

「ん。お前らにゃ分からんかもな。見張られてる、ぜ。俺たち。 

 ここは俺が適当に煙に巻く。だからお前たちは先に行け。なに、すぐ追いつくさ」


 にやり、と笑って馬車から器用に飛び降りる。


「へ?で、でも……」

「なに、娘娘たちのとこに官軍を連れてくわけにもいかんさね。こいつは預けるだけだからな。頼んだ」


 返事も聞かずに男は悠然とこれまでの道を引き返す。

 唖然としながら三人組は当惑を隠さない。


「ど、どういうことなんだな」

「わからん。が、まあ確かに敵を誘い入れちゃあなんねえ。今まで、誰の侵入も許していないんだから、な。

 俺たちがその尊い伝統を破るこたあない。なにより……」


 上手くいけばこの、満載された荷物は彼ら自身の功績になるのだ。


 むずかる馬に鞭を入れながら三人組は意気軒昂。

 これは幸運。降って湧いた幸運。ここのところめぼしい獲物を得られなかった自分たちに降って湧いた 慈雨。僥倖。


 彼らは足取りも軽く、本拠を目指すのであった。


◆◆◆


「二郎さん、賈駆さんがおいでです~」


 へ、なんで?

 事態を飲み込めてない俺をくすり、と笑いながら風はその場を去り、詠ちゃんを案内してくる。


「では、ごゆっくり~」


 相変わらず何を考えているのかよく分からん笑みを浮かべながら風はその場を去る。

 それに遅れること数秒。うん、張家の監視も解かれたみたいだ。解せぬ。

 そして俺の前にはどこか怒ったような詠ちゃんがいるのである。

 あれ、怒ってる?

 もしかして、お尻、揉んだの怒ってるの?いやそんなまさか。


「もう、あんな呼び方することないでしょ!

 ……まあ、ボクを内密に呼ぶにはああするしかなかったと思うけどね。

 でもね、ああいうのは金輪際やめてほしいな」


 ええと。どういうことでしょうか。


「あの場では、密偵が入り乱れるあの場では言えないこと、明かせないこと。きちんとボクと打ち合わせたかったんでしょ?

 それくらい、分かるわよ。でも、ね。ボクは散々月にからかわれたんだから……。

 もうちょっと考えてほしかったな。うん、もうちょっと考えてほしかったな」


 今度はどこか上機嫌に詠ちゃんは俺に向かって貴重な笑顔を向けてくれる。その笑顔の理由が読めないからなんか後ろめたい。


「ええと、あの、だな」

「そんな顔しないの。

 いいわよ、言わなくても分かってるわよ。

 きちんとこれからの指針をボク達と……ボクと打ち合わせたかったんでしょ?

 そりゃ、月には聞かせられないこともあるもの、ね」


 いやまあ、確かに詠ちゃん……と言うか董家軍とは歩調を揃えんといかんからな。

 武では万夫不当の恋に神速の張遼という化け物。それを補佐するのも一流。敵にしたいという奴は変態どころか自殺志願者である。

 アララーイというか来来ライライ


「黄巾なんて所詮は雑魚よね。そのあと。戦後の趨勢をこそ今擦り合わせないといけない。今だからこそできる。

 言われなくっても、分かってるわよ」


 な、なるほど。そういやそうだったね。黄巾なんて前座……というのは何か嫌な予感がするんだけんども。


「なによ。そんな顔して。何か不満なの?」

「いや、地顔だよ。気にしないでくれ」

「全く。袁家と董家は一蓮托生なんだから。

 ほら、もっとしゃきっとする!」


 そっか。そだよね。巻き込んじまったんだもんな。ほいで、一緒に行くんだもんな。


「ああ、だらしないとこ見せちまったな」

「いいわよ、二郎がだらしないなんていつものことでしょ?

 ボクは知ってるもの。そんなの、いいの。

 ちゃんと、ちゃんとしたところを見せてくれたら、いいの。

 格好いいとこ、見せてくれるんでしょ?」


 詠ちゃんにそこまで言われたら、やるしかないじゃんよ。

 いや、元々やる気はあったし。問題ないし。別にやる気追加されてるとかないし。


「だからね。きちんと、ちゃんとこの機会に二郎とこれからのことを話し合っとかないとね。

 まあ、もうちょっとマシな呼び方を考えてほしいんだけどもね?」


 ほーんと、やめてよね。と肘でグリグリとしてきながら、微妙にもたれてくる。

 うむ。あたってんのよ。


「黄巾後、その展望なんて衆目の中じゃあ語れないものね」


 くすり、と詠ちゃんは笑ってうーんとばかりに伸びをする。あ、二の腕に感じてた柔らかな感触が名残惜しい。


 そして俺の様子を見たのだろう。詠ちゃんは悪戯いたずらっぽく笑う。

 そして、キリ、と顔を引き締めて。


「曹操と、会ったわ。あれは傑物なんてものじゃないわね。破格と言っても言葉は上滑りするわ。

 あんなのと打ち合うなんて、二郎。

 二郎の正気を疑っちゃったわよ。ほーんと。

 そして朱儁。あれはあれで化け物ね。いえ、きちんと人間なんだけど、なんていうか、常軌を逸してるわ。

 アレを使いこなす何進って二郎が言うよりとんでもなくない?

 ま、ともかく。

 何進と曹操。この乱が治まったらあの二人と遣り合うんでしょ?」


 いやいやいやいや。あの二人を敵に回すとかありえんってば。むーりーでーすー。


「違うって。当座の敵は……」

「十常侍ね。その後は弁皇子を押さえた何進よね。それに対するは宦官の血縁たる曹操。

 袁家はそうね。その二者とは隔絶して国防を担うのかしらね」


 ずばりそのとおり。何進と華琳の政争になんぞ麗羽様を巻き込ませてなるものかよ。


「ま、元から勝ちの見えてる何進に加えて曹操、そして袁家の支持。

 十常侍がいかにやり手であっても抗うすべはないわね。

 ボクが見るところ、十常侍の影響力を朝廷から滅するまでは三者は協調できるから、ね。

 そして、その後だって、ボクは、ボク達は二郎に、袁家に賭けてるんだから。

 少しはしゃきっとしてよね!」


 なんとまあ、詠ちゃんは既に黄巾の戦後。そして俺の描くそれすら想定内であるようで、頼もしいことこの上ない。

 でも袁家は基本、十常侍を排除したら中央からは去る予定であるのだがね。


「ま、どうせ二郎のことだから十常侍が排除されたら袁紹殿に太尉を返上させて北方守護に専念するとか思ってそうだけどね。

 それ、難しいわよ?その政治的空白にどんな魑魅魍魎が群がるか。それこそ困ったことになるでしょう」


 おおう。流石である。つか、そこまで筒抜けとは思わなんだ。そこら辺は、俺からぶっちゃけてる沮授とか張紘くらいにしか知られてないと思ってたんですけどね。所詮凡人の思惑ですよね!


「うるへー。そこまで考えてないさね。とりあえずは十常侍排除。そこまでならばなんとかなりそうだろ?」

「ええ、そうね。勝ち目はあると思うわ。ううん。きっと勝つでしょ。なにせボクが味方してあげるんだからね。

 ま、それからもずっと味方してあげるから。せいぜい恩に着なさいな」


 なんたって、漢朝有数の武を誇る董家は袁家に与するのだから、と体躯の割にかなり豊かな胸を張る詠ちゃん。揺れ確認。


「うん、ありがとうな。助かるよ」


 この借りはどう返したらいいのかな?と問う。


「知らない。精々考えることね!」


 悪戯っぽく笑う詠ちゃんは本当に可愛い。刹那変わる表情の多彩さに、こんなにも目が離せない。いや、魅せられている。


「……とりあえず、飯食ってけよ。うちの飯は美味いぞ?」


 気を取り直して夕食に誘う。

 何せ流琉が監督しているからな!


「ふうん?じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 それがいい。食べて驚けばいいのさ。

 陣中の食事とは思えないから。

 ニヤリ、と笑う俺をフフン、と詠ちゃんは笑っていなす。

 まあ、その余裕の態度もあと暫くである。


ククク。


◆◆◆


※おまけ


「なにこれ。ほんと、美味しい……」


「ふう、食べ過ぎちゃったかな」


「もう遅いし、泊まってけよ」

「え?」

「一応、月んとこにはそう使者を送ったし」

「え?

 って、こら、なにすんのよ。こら、駄目だってば。

 そんなつもりで来たわけじゃないんだから」


 よいではないかよいではないか


「こ、こら。駄目だって。ば……。

 もう……、馬鹿……」


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