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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決着の章
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狂犬

「久しぶりね、二郎」

「詠ちゃんも元気そうでなにより」


 華琳の軍と別れたと思ったら次は月のとこと合流。なんでも朱儁の軍を追っかけてるとこらしい。

 なにそれ状況がよくわからん。


「全く、とんでもない奴よ。こっちの言うことなんて聞きやしないし!

 好き勝手に進軍して!残敵掃討を担当するこっちの身にもなれってのよ!」

「そりゃまた……」


 がーっと思いのたけをぶつけてくれる詠ちゃん。できればもっとラブっぽいものをぶつけてほしいものだが。


「てんでバラバラに逃散する黄巾を殲滅するとかもうね。

 要の恋はすぐに飽きちゃうし、霞も文句ばっかり言ってくるし!

 もう!ボクだって好きでそんな命令出してるんじゃないわよ!」


 ぷんすかと愚痴る、愚痴る。


「へぅ……。詠ちゃん、ごめんね……。いつも嫌な役回りばかり……」

「月、いいのよ!ボクが好きでやってるんだから」


 さっきの言と矛盾しまくりなのだが藪を突いて蛇に睨まれるのもアレなので紳士的にスルーすることにする。


「なによ、何か言いたいことありそうね」

「うん?分かる?実はお願いしたいことがあってさ」


 これ幸いと話題を逸らす。


「星……趙雲って、知ってる?」

「知ってるわよ。どこぞの怨将軍が俸禄の半分で召し抱えた豪傑で名将なんでしょ?」

「うん。それ。

ほいでちょっと明日の戦闘でさ、張遼の部隊に編入してほしくってさ」

「はあ?なによそれ……って。そういうこと。涼州騎兵の凄さを見せて、その運用、指揮の妙技を掴ませたいってところかしら。

 そういうのはお仲のよろしい白馬義従にでも頼めばいいんじゃない?」


 ツーン、と。

 え、え?

 なんか冷たいなあ。


「そう意地悪言うなってば。な、頼むよ」


 ここで横にいる詠ちゃんの主君に目配せだ!土下座的なオーラで懇願すれば通じるのさ。通じて!


「詠ちゃん……?」


 やったぜ。


「ああもう、月まで!いいわよ。二郎にはたくさん借りがあるしね。その代り借款の利子は差っ引いてもらうわよ!

 それでいいわね!」

「おうとも!」


 ハイヨロコンデー!

 神速の張遼。その指揮っぷりを金で見聞できるなら安いものだ。あ、俺とか多分見ても分かんないから ね。念のため。

 まあ、なんでこんなことを詠ちゃんにお願いしたかというと、だ。

 星がね、珍しく……はないけどおねだりしてきたのである。

 何でも、如南防衛戦において、紀家軍最精鋭の騎兵を率いたにもかかわらず袁胤殿の陣を抜けなかったことに責任を感じているらしい。

 まあ、確かにシャオの援軍がなければ。若しくは孫家が敵であったなればどうなるかというのは散々風と検討して、実に肝を冷やしたものだ。あれはやばかった。

 だから、張遼の指揮っぷりを見せてやろうということになったのである。全俺による賛成10割で決定されました!

 それに……。


「かー、やってられんわー。散り散りな弱兵を殲滅とかやってられんで。賈駆っち、もちっと遣り甲斐あるお仕事ほしいわ」

「何よ、お望みだった恋との手合せ、ちゃんと実現したでしょうが。それでよしとしなさいよ」

「せやけどなあ。いや、この燻った火照りを含めて恋にぶつけるか……」


 猫科の肉食獣の笑みを浮かべて張遼は去る。勿論俺みたいな凡将には一瞥すらくれない。実に妥当な反応である。


「……至強を見せておきたくて、な」

「何よ、どういうこと?」

「最強に至るには至強を見せんといかんだろ。だから、さ」


 武の極みたる恋。騎兵を操る神速たる張遼。それらを見ることは星にとって大事なことだ。きっとね。

 恋をけしかけるのに大量の食糧とかが消えて行ったけどまあ、それも安いものだ。


「知勇兼備の名将にするにゃ、実にお安い買い物ってこった」

「……相変わらずよくわかんないことに心血注いでるのね。ま、借りも相当返したし、ボクたちにとっても悪い取引じゃなかったわ。

 兵を合わせるのは明日だけになりそうね。無論目前の黄巾賊は明日で始末しちゃうんだけど」

「実に結構。まあ、後は賊の本拠地を探すだけさね」

「それが出来れば苦労はしないわよ……」


 溜息を四方八方にまき散らす詠ちゃんを慰める月。

 うん、今夜どうとか誘う雰囲気じゃないな。


「じゃ、よろしくな!」

「こら!二郎!こら!」


 せめてもの思い出とばかりに尻を一揉みして俺は自陣に帰る。

 なに、文句があるなら単身俺のとこまでくればいいのさ。


※来ました。


◆◆◆


 どこぞの凡将が戯れていたその時。朱儁はかつてない黄巾賊の抵抗に遭っていた。

 軽く触れれば崩壊した戦線はいかなる策でも揺るぎなくむしろ押し返してくるほど。

 何より。


「なんと。化け物というのはこういうものか。化け物を軍とするとこうまで厄介なのか。

 素晴らしい。うん、素晴らしい。何進もあれだな。こういうのは流石に未見だろうよ」


 切り付けても怯まない、死なない幻影兵。それに討ち取った兵士が、討ち取られた戦友が向かってくる僵尸キョンシー

 控え目に言って朱儁率いる官軍がその士気を保っているのは奇跡に近い。

 それを相対する将は理解している。


「くく、実に。実に健気ですねえ。それだけに心が折れた時の絶望の大きさが今から楽しみですねえ。

 さあ、踊りなさい。存分に踊りなさい。聖処女の為に、死をまき散らすのです……」


 ギョロ目の男――波才――の声に物言わぬ躯が起き上がり、官軍に向かう。

 中華に積み重なった死により、ありえないほど彼は力に満ちている。


「さあ、幻影兵よ、その真の力を!官軍とやらに見せてやるのです!

 殺しなさい、蹂躙しなさい。そして……更にこの大地に死をまき散らすのです」


 当初の物見が二万と看破した波才の軍はその数を増やし、今や十万に迫る勢い。

 流石の朱儁はむしろ笑みを深める。


「いいじゃないか。こうでなくてはな。五倍の兵との戦いなんぞ求めて得られるわけもない。

 ……各員、奮闘せよ」


 愉悦をその矮躯に蓄え、朱儁はそれでもぎろりと敵陣を見据える。

 この程度。五倍に囲まれたくらいで窮地と言うほど安穏な軍歴を送ってはいないのである。

 本陣において悠然と腰掛け、戦況を見据える。

 数の暴力に押される戦線に巧みに猛将、豪傑を派遣し、維持に努める。

 じりじりとした、一進一退の攻防を見事に捌いて見せる。こと、戦術指揮においては官軍総指揮の皇甫嵩を凌ぐ軍才なのは万人が認めるほどのものである。

 それでも。


「そろそろ潮時か」


 官軍の奮戦により支えてきた戦線が崩壊しつつあるのをみて朱儁は呟く。

 手元の護衛兵すら戦線に投入し、少しずつであるが防衛に適した密集陣形を。

 それを好機と見たか黄巾賊は一気に包囲殲滅のために陣を広げる。

 前面のみならず、側面から。やがては後背からも来るであろう圧力に禁軍は必死に抗う。

 兵卒に至るまでの士気の高さ、その教育こそが禁軍の強み。ゴリゴリと削られながらも心が折れることは無い。

 漢朝の守り手たる禁軍最精鋭がこんなところで負けるわけにはいかないのである。

 

「んー、思ったより粘りますねえ。まあ、包囲殲滅すればいい。それだけのことですねえええええええ」


 更に僵尸を動かし、幻影兵を官軍の背後に召喚すべく意識を集中させる。

 数の暴力で英傑を踏みつぶすなど、何と背徳的かと。実に愉悦であると。


 黄巾賊の雑兵、幻影兵、僵尸。


 それらに囲まれてなお、戦線を、士気を保つ朱儁というのは評価されるべきであろう。

 そこにはこの世の地獄というものが顕現していた。

 槍で突いても損傷を与えられない幻影兵。動きは鈍くとも、身体の損傷をものともせずに吶喊してくる僵尸。

 いずれも厄介極まるものである。


「密集陣形を!固まれ!化け物を恐れるな!」


 無茶な注文にそれでも禁軍精鋭は応える。なに、この状況で恐慌せずにあくまで哄笑を漏らす指揮官。

 理解できない戦況に混乱するよりよほどいい。

 じわり、と周囲を囲まれつつあっても動ぜずに目前の敵を討つ。


「いいじゃないか」


 朱儁は戦場の推移に満足げに頷く。既にほぼ包囲されており、袋のネズミ。


「実に素晴らしい。素晴らしい戦場であった。人外と、奇奇怪怪と戯れるなぞ望んでも得られぬよなあ。

 だが、それも潮時。そろそろ撤退の刻」


 だが、退路すら断たれてどうするのか。

 そんな声を上げる参謀に朱儁はニヤリ、と笑いかける。


「なに、随分と退路が見えてきたというところだ。お膳立ては整った。

 では、撤退するぞ。人外の相手は野獣に任せるとしよう。

 全軍、撤退!前面に向け、撤退せよ」


 包囲する黄巾。その本陣に朱儁は撤退。或いは突撃を。

 包囲するために薄くなった正面の備えを容易く食い破り、朱儁は満足げに笑う。


「素晴らしい」


 と。


 世に言う、「朱儁の退き口」である。


 包囲する敵陣の正面に突撃し、撤退するという空前絶後の行為は以後千年ほど模倣しようとする将帥あろうとも実現は果たせぬ幻影であった。

 むしろ、この例を模倣した軍はほぼ壊滅している。

 実に、狂犬たる朱儁に相応しい逸話である。


 後世、余りにその有効性を疑問視され、捏造の類と断じようとする史家は多くあったが、覆すには至らなかったようである。


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