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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決着の章
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接触

「ですから、季衣ったらひどいんですよ!」


 ぷんすかと全身でその怒りをアピールしてくるのは流琉だ。幼女だ。

 大鍋から汁物をよそいながら器用なことだ。無論その料理は流琉の手によるもの。

 華琳の料理も美味いが流琉の料理も勝るとも劣らないと思うのだ。

 あれだね、華琳の料理が素材と技術の粋を凝らした芸術品としたら、流琉のはあれだ。限られたコスト で最善のパフォーマンスを得る家庭料理みたいなものか。

 ベクトルの違いはさておき、絶対値の差はそれほどないと思うのよね。

 何が言いたいかというと、流琉ってば本当に至高の料理人ってこと。

 だって量産型と専用機を使い分ける俺のシェフなわけだからして。


「私があんなに一生懸命探していたのに、季衣ったらあっさりと仕官しちゃってたんです!

 どれだけ私が一人で苦労したか!」


 まあ、なあ。幼女の身で流琉は一生懸命だったと思うよ。多分流琉以外じゃ俺が一番それを分かってると思う。

 どうぞと渡された料理を胃袋に納めながらうんうんと頷く。うん、マジ美味い。


「流琉が一人で苦労してたのは俺もよく知ってるよ」


 でしょ!とばかりにまた気炎を上げる。

 それでも俺は思うのだ。


「でもさ、よかったじゃないか。また会えて、さ」

「……そりゃそうですけど」


 どうも昼間に再会した折には随分と遣り合ったらしい。流琉と遣り合えるあたり季衣ってのもすごいんだろうなあ。肉体のスペック的な意味で。

 ふふ、怖い。

 でも、と思う。


「それも、生きていればこそ、さ。生きてさえいりゃ、なんとかなるもんだ。

 逃げ出したっていい。生きてさえいりゃ、いいことだってあるさ」


 死んじまったら、何も届かないしなあ。

 ぐりぐり、わしゃわしゃと頭を撫で繰り回してやる。

 そしたら。


「あ、あの。私、一杯ひどいこと言っちゃったんです。ちょっと、行ってきます!」


 うん。子供は素直なのが一番。喧嘩してもすぐに仲直りできるというのは子供の特権なのだ。きっとね。

 いつからだろうね。遺恨なんてものを引きずりだすのは。立場に縛られるようになったのは。


 ……明日には華琳と別行動。このまま華琳は可能な限り領内の安堵に努めるそうな。

 黄巾賊の本拠地も分からぬうちに動くのは徒労でしかないとさ。まあ、それも一理あるさね。


 各地で官軍勝利の報は相次いでいる。が、その本拠地は杳として知れない。

 張家は相当密偵を喪い、また如南の守護にそのリソースを割くため、これまで以上に情報は集まりにくい。

 商会ルートもなあ。

 こればっかはどうしようもないか。さくっと本拠地を暴きたいんだけどね。


 取りあえずは虫の如く湧き出る黄巾を虱潰していくしかないか。


 やれやれ、である。


◆◆◆


 突然であるが、朱儁は自らを狂犬とわきまえている。

 泰平の漢王朝においてひたすらに戦場を求めるなど狂気の沙汰。

 平地に乱を起こし、殺戮と阿鼻叫喚の楽曲に目を細める。

 彼にとって勝利と敗北は等価値。只管ひたすらに戦場を求め徘徊する。

 そのような狂犬たる身を禁軍の、それも幹部に据えて使いこなそうとする何進を、朱儁は高く評価している。

 なにせ、きちんと戦場エサを与えてくれるのだ。これ以上いい上司などいないであろう。

 かつての涼州戦役なぞ最高であった。弱兵を率い、敗走したのも実に、実にいい思い出だ。

 今や禁軍最精鋭を率い、黄巾賊を蹂躙するその様はまるで翼を得た虎である。

 その狂犬は、心底楽しそうに笑っていた。声を上げて笑っていた。


「これは傑作だな。傑作だとも。童女わらわめが獣を御するか。いや、実にいびつでいいな、うん、いいとも」


 笑われた方は状況が理解できない。黄巾を討つ道程において禁軍と接触。連携を取ろうとする会談の席であるのだ。

 場には董卓、賈駆、呂布、陳宮が礼を尽くしていたのだが。


「ああ、いいぞ、いい。危うい綱渡り、実に結構。そうでなくては面白くない。戦場はこうでなくてはいけない。

 いや、先の戦では貴様らと矛を交わすべきだったかもしらんな!」


 哄笑。呵々大笑。そこに邪気なぞないのが混乱を招くのだ。


「え、ええと。朱儁様、あの――」

「皆まで言うな。いいとも。同じ戦場という舞台で死を振りまくのだ。互いに邪魔さえせねばよいだろうよ。

 無論、邪魔してくれても此方は一向に構わんとも」


 にやり、と口をゆがめるその身は矮躯なれども気迫は本物。


「残念なのは貴様らが馬騰の配下であるということだな。いや、貴様らにとっては僥倖か。 

 あれは、あの男は正道を歩む。なに、あの男の背中に従ううちは間違いなぞ起こりようもない。

 これまでも、これからも。

 実に詰まらんことこの上ないがな」


「え、ええと……」


「明日正午に敵陣右翼に此方は攻撃をする。適当に合わせればいい」


 それくらい、できるだろう?


 ニイ、と口を歪めて朱儁は場を去る。


「な、何よあれ。い、いくら禁軍の実働部隊を率いているにしたって、あの態度はないわよ!

 月だって太守よ、太守!もうちょっとしかるべき態度があるでしょう!」


「え、詠ちゃん……。私はいいから。明日のことだけ、考えよう?」


「月はそれでいいけどね、これは厳重に抗議するわ。するわよ!二郎とか通じて解任要求してやるんだから!」


「へぅ……詠ちゃん、おおごとにしない方がいいよぅ……」


 きゃいのきゃいのと騒ぐ主従。もう一つの主従は。


「恋殿、朱儁殿はいかが見られましたか?」


「……。どうでもいい。眠い。寝る……」


 朱儁の立ち去った後の天幕はどうにも喧噪に包まれていたようである。


◆◆◆


 一陣の風が砂煙を馬車に叩きつける。

 ぺ、と男は口内に侵入した砂を吐き出し竹筒から水を呷る。

 そのぬるさに顔をしかめながら、大きくため息を。

 道程はいつになく適当。荷台には食糧と水。それに酒、茶、塩などの生活必需品と嗜好品が積み込まれている。

 いかにも流しの商人でござい、といった風で砂塵の中を彷徨さまよう。

 道に転がる岩を器用に手綱を捌いてやり過ごす。隻腕とはいえ、慣れたものである。


 これでも歴戦の身。勘は鋭い方だ。で、あるから嫌な予感がする方へ、気の進まない方へと馬車を進める。進めた。

 付き合いの長い相棒もぶる、と幾度となく抗議の声を上げるのだが、それもこれまで。


「ようやくお出ましか」


 ぼそり、と呟く男の前に三人の男が現れる。


「おう、ここから先は通行止めだ。命が惜しけりゃ馬車と荷物を渡すんだな」


 黄巾を纏った三人組はニヤニヤと下品に笑い、粗末な槍を突きつける。

 鎧というのもおこがましい装束に身を纏い、錆びてぼろぼろの槍を武威とする。黄巾こそ着けているがそこいらの賊の方がまだしもマシな恰好であろう

 やれやれ、とばかりに馬車を降り、ニヤリ、と笑う。


「おうおう、チビにデブにヒゲか。揃いも揃って不細工だなおい?

 あれかね。黄巾賊ってのは見た目も重要なのか?不細工限定って。

 あれだろ、女とまともに会話できないクチだろオタクら。

 金づくか力づくでしか――」

「てめえ!」


 激昂した矮躯の男が飛びかかり、突き刺さんとする槍をさら、と躱して。


「う、あああ!」

「ほい、これで随分男前になったんじゃねえの?」


 げらげら、と声を出しながら血に染まった短剣を片手で弄ぶ。

 紅く染まった肉の塊――矮躯の男の耳であったもの――を踏みにじり、ぎろり、と睨みつける。ニヤリ、と笑みを重ねる。

 先ほどまでの余裕は何処へやら。途端に縮こまる三人に苦笑する。


「は、冗談だ。冗談さね。俺としたことが道に迷ってね。八つ当たりしちまったよ」


 手にした短剣を頭上に放り投げる。

 ぽかん、とその金属の煌きに視線を取られ、再びそれを手にした隻腕の男はいつの間にか黄巾を身に付けていた。


「なに、最近は物騒でね。黄巾を身に付けているだけで官軍が襲ってきやがる。おかげでどこに向かえばいいか分かんなくなっちまったよ。

 食糧に酒、茶に塩をたんまり運んできた。さっさと案内してくれ」


 事態の急変に付いていけない三人は呆けたままで。矮躯の男も流れる血もそのままに。


「ほら!さっさとせんか!そこのちっこいのの手当てもせんといかんだろうが!シャキっとせんか!」

「は、はひ!」


 慌てて道を示す三人組に満足げに笑って男は再び手綱を握る。


「ほれ、さっさと行かんと踏みつぶすぞ」


 ニヤニヤと酷薄な笑みを浮かべる隻腕の男に三人組は確信する。

 さぞかし歴戦なのだろうと。自分たちとは格が違うのであろうと。最早彼らの心は折れ、三人がかりでも勝てる気は全くしない。


 その様を見下ろしながら男は気を引き締める。ここからが本番。

 百戦錬磨の張家の間諜が次々と消息を絶っているのだ。


「……ここまで深入りするつもりはなかったんだがなあ」


 ぼそり、とぼやく。

 どうにも、自分らしくない忠勤ぶりだ。

 これはあれか。かつての同僚にあてられたか。

 まあ、それもいい。天涯孤独のこの身である。


 土産話を持って、またあの飯屋に行こう。

 そうしよう。

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