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凡人と孫家の宿将

 俺は黄蓋と昼食を一緒に摂っている時に例の情報を改めて確認する。内々に張紘経由でその可能性を示唆されてはいたのだ。いたのだが、実際にその情報が正しいとなると内心穏やかではいられない。まさか、三国志初期の英傑が、である。


「そうじゃ。誠に残念なのじゃがな・・・」


 孫堅は確か黄祖に殺されたんだっけか。ほんで劉表との遺恨になって孫策が生き急いだりすんだよなー確か。


「改めてお悔やみ申し上げる。

 が、やはり戦で?」

「いや、産褥で、の・・・」

 

 更なる衝撃である。というかマジか。つか、そうなると孫堅も女子ってことになるなあとか、孫策とか孫権も女子なのかな。なんて頭のどっかで思うくらいには俺は冷静であったと思う。続く黄蓋の言葉を追うのが精一杯だっただけかもしれないけれども。


「三女の尚香様を産まれた後の産後の肥立ちがよくなくて、の」


 どこか遠くを見て、黄蓋が幾分かの苦味を含んだ声色でそんなことを言う。その表情は刹那、沈痛で。

 そういや近代になるまで出産というのは非常に致死率の高いものであったか。


「そっか、そりゃ悪いこと聞いたか」

「いや、かまわんよ」


 くすり、と漏れる笑みには苦味が溢れていて。


「なに、孫堅殿の弔いではないけどな。江南。きっちり復興事業をやらせてもらうとも」


 かたじけない、と頭を下げる黄蓋。鷹揚にその感謝を受け取る。のだが。何か、三国志の知識があまり役に立たんなあ。まあ、有能そうな武将の名前が分かるだけよしとするか。

 つっても、有名な武将はまずもって現段階でも評判高いし、後世出世する在野武将なんて見付かんねえけどな!そう言う意味では珠玉の人材をゲットした張紘には感謝感激雨霰である。

 などとあれこれ考えながら食事を進める。いやー、なんだかんだ言っても美女とのランチとか役得でしかない。着飾り、化粧をした黄蓋は控え目に言って超美人さんであるからして。自然、トークも弾むというものである。


「だから俺は言ってやったんだよ、それは北斗を背負う者の定めだってな!」

「ほほう、北斗にはそのような宿命があったとはの・・・」


 内容のない馬鹿トークでもころころと笑ってくれる。うん、完全に接待されてるけどそれでも楽しいぜ。ここはありがたく談笑を楽しむとしよう。キャバクラに行ったってこんな美女いないんだし。

 食事を終え、席を立ったところで黄蓋が話しかけてくる。江南の援助については内々にGOサインを出してたからな。ここからが本番と言ったところか。流石に慎重なことだ。


「時に紀霊殿」

「ほいさ」

「わしが江南に戻った後、南皮に誰かを派遣しようと思うのじゃが面倒を見てやってくれんかの」


 ふむ、人質か。よっぽどこちらに気を使っていると見える。


「んー、構わんけど?

 俺としてはまた黄蓋が来てくれたら嬉しいな」


 にひひと下卑た笑いを浮かべてやる。まあ、むさいおっさんとか来られても困るし。何より、黄蓋とはうまくやってけそうだしな。


「ふふ、ありがたいの。できればそうしたいの。

 ま、誰を派遣するかはまた連絡させてもらうとするかの」


 にまり、と妖艶な笑みを浮かべながらしなだれかかってくる黄蓋。その豊満かつ引き締まった肉付きを存分に満喫しながら俺はぐびり、と酒を呷るのであった。おいちい。ハニートラップ?俺がそんなんに引っかかるわけないじゃない・・・。


「ほい、これが物資の目録な。見りゃ分かるけど食糧が最優先だが、衣料と建材についても手配してる」


 ほれほれ、これが欲しかったんだろうとばかりに差し出した書類。喜色を隠そうともせずに手に取った黄蓋が目を通しながら・・・。目を丸くしている。

 内容のダイジェスト的なものはまあ、全般に及ぶ物資の供与から始まる。衣食住を取りあえず整備せんといかんというのが魯粛を首魁とする江南出戻り組の総意だったのだ。だったら俺に否やはなく、やるならば全力である。


「・・・かたじけない」


 いつもの余裕綽々な態度はどこへやら。しおらしく謝意を伝えてくる黄蓋は其の大任を果たしたからであろう。喜色を隠そうともしない。だがそこに水をさしてやろう。どばばー。


「それと、人を派遣するんでよろしく」

「人、じゃと?」

「ああ。江南に母流龍九商会の支店を作る。その立ち上げにな。

 だがまあ、それは表向きだ」

「というと?」

「孫家の重要な会議には必ず出席させること。

 そして、孫家に助言を与えさせてもらおう。幅広く、な」

「なん、じゃと・・・」


 そうきたか、という黄蓋の表情に緊張が走る。なんだ、可愛いとこあんじゃん。


「助言、とおっしゃるが、そんな甘いものではなかろう?」

「例えば?」

「その、助言というやつに拒否権的なものはあるのかのう?」


 上目づかいに、ぷるぷると震える風を装ってくるその図はあざといのである。常ならば黄蓋ほどの武人がこうまですることに敬意を表して(強調)いくらか妥協もしてやるのだがね。ことがことだからね、しょうがないね。

 

「喧嘩を売るならばもっと高値で売りつけてくれんとな。お蔭様でこっちゃ好景気だからな。いつでも高値で買うとも」

「失言じゃった

 。いや、ありがたいのう。南皮の発展具合を見ても、袁家の方に助言を頂けるとは望外のことじゃ。きっと孫家、ひいては江南のためになるに違いない。わしも肩の荷が下りた気分じゃ。

 元々、無理目なお願いじゃったからのう。紀霊殿にも何かお礼をせねばなるまいて」


 妖艶な笑みを浮かべて再びしなだれかかってくる。うん。役得役得。


「ま、それは次に会った時にじっくりと相談しようや」


 すべては江南の復興事業次第である。


「そうじゃの、ぜひゆっくりとご相談したいのう」


 まあ、それはそれ。これはこれである。主導権はあくまでこちらにあるのだ。・・・一つ、確認しておかないといかん。


「孫家は何を望む?」


 流石の黄蓋が咄嗟に反応ができない。そりゃそうだ。俺みたいに色仕掛けに鼻の下を伸ばすような若造は舐めきってたろうからな。だからこそ、この奇襲が効くのだ。


「孫家に援助をするのはいい。江南が治まるのもいい。

 で、その後に、肝心の孫家は何を望む?」


 俺のその問いに、黄蓋は迷いなく答える。


「江南に平穏を。安定を。それだけが望みじゃ。

 それ以上なぞ、ありはせんよ。

 ――堅殿の最後のお言葉が、江南の平和じゃった。故にわしらは江南さえ治められればそれ以上は望まん。何やら警戒されておるようじゃが、孫家は袁家からの恩を忘れんよ。

 とはいえ、信じてもらう根拠はないんじゃがの」


 この身体くらいしか対価はないしの、とからからと笑う黄蓋は確かに英傑である。そしてそのような英傑に恥をかかせてしまったかな、と思う。


「そっか、んじゃま、今後ともよろしくな」


 こうして、袁家と孫家。本来ならば殺しあう両家に誼が結ばれた。俺の独断で。さて、吉と出るか、凶と出るか。

 まあ、とりあえずは沮授と張紘の知恵を借りるとしよう。俺一人で考えてもしゃあないしね。三人寄れば文殊の知恵ってね。

孫堅を喪った孫家を囲い込む。実に三国志の袁家ムーブ。なお二郎ちゃんはそこに気づいていない模様。

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