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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
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雨は過ぎて

「お味方、勝利!お味方、勝利!被害は微少!

 孫尚香様、甘寧様、陸遜様、いずれも傷一つなく!

 如南は陥落せず、袁術殿もご無事のよし!」


 戦勝の報。そこかしこで、わ、と歓声があがる。

 孫権は表情一つ動かさずに、それでも内心ほっとする。


「やりましたね!蓮華様!」


 無邪気に喜ぶ呂蒙に微笑み、ニヤリと笑う黄蓋に目礼で応える。

 賭けに、とりあえずは勝ったのだ。そう、勝ったのだ。

 ……もっとも、勝つべくして勝ったのではあるが。そう。確信してはいるのだが。

 孫家最精鋭を出した。絶大な人気を誇る孫尚香を将として派遣した。補佐には甘寧と陸遜。おそらく考えうる最強の布陣である。

 無論、それだけがその陣構えの理由ではない。甘寧は是非ともに派遣せねばならなかった。袁家に隔意がある勢力を代表して論陣を張っていた甘寧。彼女を派遣することには大きな意味があった。

 ここで甘寧以外の将を出せばしこりが残る。残ったと思う者が出てくる。ただでさえ豪族の抑えに苦慮しているのだ。内部に閥の対立なぞ論外。

 残った豪族たちの抑えには黄蓋の武威、名声。そして呂蒙には実務の経験を積ませる。

 むしろ、他に選択肢のない布陣ではあった。

 勝ちが見えていたのが救いか。陸遜との会話を思い出す。


「お任せください~。最高に美味しい瞬間に袁胤軍を横合いから殴りつけてやりますから」


「いい?袁術殿の無事が最優先よ。その前提が崩れれば戦略の土台が崩れてしまうのだから」


 ……陸遜のことだ。巧みに進軍速度を操り、これ以上ないタイミングで参戦したのであろう。そこに疑いの余地はない。

 だが、果たしてこれでよかったのかという思いは常に付きまとう。決断し、結果を受け止めるという責任。

 なんと重いことか。


 孫権が思索に耽るうちに室に残ったのは一人。

 その人物が口を開く。


「お礼を、言うべきなのでしょうね」


 虞翻。


 母流龍九商会の大幹部にして孫家へのお目付け役である。


「それには及ばないわ。これまで母流龍九商会……いいえ、袁家から受けた恩を考えれば当然のことなのよね」


 その言に虞翻は苦笑する。

 それを見て孫権もまた苦笑する。


「ああ……。まあ、姉さまたちの振る舞いを許せとも忘れろとも言わないわ。

 それは孫家当主たる私が引き受けねばならないことだから。

 代が変わったからと言って水に流せと言うのも虫のいい話だものね。

 でも、私の想いは行動で示すわ。孫家はけして口舌の徒ではない。

 袁家の信に値すると示してみせるわ」


 苦笑を重ねる虞翻。

 幾度となく孫策に勧誘され、恫喝され、脅迫された記憶が脳裏をよぎる。

 進物は送り返し、宴席では一滴の酒すら飲まないようにせねばならぬほどにそれは狡猾で、周到で、油断ならなかった。

 自分を抱き込もうというのは理にかなってはいるのだが、迷惑この上ない。幾度役目を返上して出奔しようとしたか。

 それを思いとどまったのは一重ひとえに江南の地が故郷であったからだ。

 袁家の援助なしでは破綻が見えている。そんな故郷を虞翻は見捨てることなど出来なかったのだ。

 かくして、ゴリゴリと神経を削られながらも最善を尽くす。尽くした。


 ……人、それを貧乏くじと言う。


 ともかく、彼女の狷介なまでの公正さは張紘や沮授からも高く評価され、長く孫家のお目付け役として赴任が延長されまくることとなったのである。


「……孫家の作法、意思決定の模様。それを見させて貰ったことについては思う所もあります」


 如南への援兵を決したその席に虞翻はいなかった。だからこそあそこまで闊達に論戦が繰り広げられていたのである。

 が、実際には室に建てらていた衝立ついたての奥に虞翻は控えており、一部始終を耳にしていたのである。


「孫家の袁家に対する思いは複雑よ。それは見てもらった通り。でも、これからは歩みを共にしていきたいと思っているわ」


 どうかしら、と小首を傾げる孫権に虞翻は答える。


「行動で示してくれるのでしょう?とりあえず、進物攻勢をやめてくれるとありがたいですね」


「あら、時候の挨拶でも駄目なのかしら」


「李下に冠を正さず、とまでは言いませんが、ひとまずは」


 くすり、と孫権は笑って諾と頷く。

 虞翻が進物を受け取るその時こそ、真に信頼を得た。ということなのであろう。

 退室する虞翻を見送り、大きくため息を。


 全く、決断するというのは、責任を負うというのはこんなにもしんどいものかと。

 そして幾度も繰り返す。繰り返してしまう検算。答えなぞないというのに。

 今回の出兵もけして無理をしてまで送る必要はなかった。

 既に長沙の太守をこの身が継ぐことは内定しており、危険リスクを冒す必要はこれっぽっちもなかった。

 それでも決断したのは、きっと私情だ。この上なく、私情だ。

 それを踏まえても最上の選択であったということは腹心たる陸遜が太鼓判を。

 でも、それでも。

 結局その決断は、あの、茫洋とした、掴みどころのない。

 それでいて頼もしい男と一日でも早く並び立ちたいがためなのだろう。

 守られるのではなく、対等の立場に立ちたいがためで。そんな勝手な思いのために将兵を死に追いやるなど。

 幾度も繰り返した煩悶。そのたびに唱えた魔法の言葉を呟き、苦笑する。


「それが、どうした、かぁ……。なによ、開き直ってるだけじゃない」


 それすら与えられたものではある。

 で、あるからこそ孫権は思うのだ。


 いつか、彼に与える立場になりたい、と。

 胸を張って、横に立つに相応しくなりたい、と。


 この、恋着すら飲み干して並び立ってみせよう。魅せよう。


 孫権は激情を胸に、静かに笑うのであった。


◆◆◆


「じろー!」

「二郎!」


 俺が如南に到着したのは星に遅れること七日、であったらしい。黄巾を蹴散らした後、千五百のみで先行。

 途中の村落で星が預けていた騎馬を回収しながらの行軍、急ぎに急ぎ如南に到着した俺を出迎えたのは。

 いや、美羽様は分かるんだけど何でシャオまでいるのさ。わけわからんて。


 駆け寄ってくる美羽様とシャオ。美羽様については横合いから七乃が華麗にインターセプト。

 盛大に泣きじゃくりながら抱きしめるのを美羽様が慰めるという、いつもとは逆の構図。

 それを横目によいしょとばかりに俺に飛びつき、よじ登るシャオ。


「何でシャオがいるのん?」

「えー?ひみつー。いい女には謎めいたところがあるものなんだもん」


 えへへ、と小悪魔チックに笑うシャオ。

 くすくすと笑いながら穏が顔を見せる。穏までいるのか。


「孫家、ご助成に参りました。お久しぶりです、二郎さん」

「おうよ」


 なし崩しに孫家を継いだ蓮華の補佐として結局穏も戻ってはこなかったからなあ。久しぶりだわ。


「これまで借りっぱなしでしたからね。利子分くらいはお返しできたかと」

「いやいや、そんなに高利じゃないはずだけどね。

 いや、それにしても実際助かったよ」


 実際、道中に風からは絶望的な展望しか聞けなかったからなあ。如南陥落は前提。星が美羽様の身柄だけでも確保できるかどうかが分水嶺。

 それだって相当に分の悪い賭けだったのだ。それがまあ、如南は落ちずとは。シャオや蓮華には感謝せんといかんね。


 とにもかくにも、よかったよかったと言うか今回は俺の脇の甘さが一番悪い。

 ふう、とシャオを抱きかかえて如南へ。美羽様は七乃の担当だ。……流石に藪を突つく気にはなれん。

 七乃の荒れようについては語ることもあるかもしれないしないかもしれない。お察しくださいというやつだ。


 そして。

 わ、と歓声が起こり、民が出迎えてくれる。どこか安堵したような空気が広がる。


「主よ、随分ごゆっくりだったようだな」


 不敵な笑みを浮かべて星も出迎えてくれる。


「いや、星よ、よくやってくれた。流石は常山の――」


 俺の讃辞を片手を上げて遮る星である。


「あいや待たれよ、今回は孫家軍なくば如南の防衛はかないませんでしたな。

 それがしの功なぞ微々たるもの。どうぞ正当に受け取るべき人物にお与えくだされ」


 目を向けた先からはちりん、と鈴の音が。


「……大将首を挙げたのは趙雲殿。謙遜も過ぎれば嫌味になりましょう」


 星が謙遜とか。珍しいものを見た。


「主よ、何か言いたげであるな?」

「いや、星が謙遜するとか珍しいものを見たな、と」

「……いつでも正直というのが美徳であると思うならばそれは大きな誤解ですぞ」

「ぐぬぬ。やはり徳などという茫洋としたものは俺には分不相応。聖人君子への道は諦めた方がいいかもわからんね。

 徳なぞなく、俺にあるのは銭のみよ……」

「悪銭、身に付かずと申しますが」

「だからじゃんじゃんばら撒いてるじゃん。所詮天下の回りもの、さ」

「ああ言えばこう言う……。武なり智なりを身に付けるとか言えばよろしいものを」

「だって武は星がいるし、智は風がいるじゃん。俺は胡坐をかいて高鼾たかいびき、と」


 やれやれ、と言った星に何とも言えない顔つきの甘寧。


「ああ、甘寧殿。ご心配なく。孫家のご助成にはきっちりとお礼をするから。

 そこらへんは穏と風で擦り合わせてもらうけど、希望とかあったらどんとこい。

 銭に糸目はつけないから、さ」

「は、はあ……」


 ひらひら、と手を振る俺に甘寧は応えるのだった。


※甘寧さんの悩ましい太ももとデルタゾーンは自重してチラ見に抑えました。


 眼福というものである。

 まあ、めでたしめでたし。ということで一つ。

決起の章、これにて。

続きはまた暫しお待ちくださいませ。

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