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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
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如南大返し

 旗指物すらなく趙雲は騎馬隊を駆けさせる。もはや問答無用とばかりに慌ててこちらに槍を向けようとする敵を蹂躙する。

 愛槍龍牙を振るい、次々と敵兵を屠る。

 この上なく後背からの奇襲は上手くいき、敵陣を易々と切り裂く。


 ……趙雲が五日はかかるであろう道程を、三日とかからず踏破したのには理由がある。


「何をしてもいい」


 その主の言葉を遺憾なく実行したのだ、彼女は。

 趙雲が率いる騎兵は五百。しかして動員した軍馬は二千。紀家軍の保持する軍馬のすべてを動員していたのだ。

 贅沢に替え馬を使用し、ここに至った。

 ……ちなみに彼女が操るのは烈風である。主君の愛馬までをもかっさらった彼女の行動力と胆力は、後世に残る逸話になるほどのもの。


 更にそれを助けたのは程立である。このときの程立の動きは神がかってさえいた。

 彼女は紀霊の傍らにいて黄巾の撃退をしつつ母流龍九商会を動員し、如南への道程にある村落を動かした。いや、買収さえしてみせたのだ。

 趙雲率いる騎馬兵には宿を提供し、夜道には篝火で道を示す。騎馬には秣を、兵には糧食を。

 日常すべてを買収し、行軍を最大限に援護する。かつて商会で実務を執った程立だからこそ立案し、実行に移せた荒業である。

 実に紀家軍が用立てていた軍資金の半分をも費やしたと言われるその戦い。程立、そして趙雲を語る上で欠かせないその戦い。


「如南大返し」


 後世にそう伝わる一戦の一幕である。


◆◆◆


 後背よりの急襲に袁胤は驚愕する。だがそれでも表情は笑みを浮かべたまま。

 想定などしてはいなかったが、こんなものだ。もとより天運なぞこの身にあったためしはない。

 だから。だからこそ口角をつり上げる。ほ、ほ、と雅に笑い命を下す。


「後ろ半分の三千で騎兵を迎えるでおじゃ。

 なに、敵は寡兵よ。包み込み、すり潰すがよいであろう」


 半分で如南を攻め続け、後ろ半分で援軍を討つ。

 指揮系統とこれまでの用兵を無視したその方針に許攸は賛意を示す。悪手、失策とも見えるそれを、だ。


「……それしかあらしませんわな。寄せ手はどうやら趙子龍。舐めてええ相手やありまへん。あんじょう頼みます。

 うちは一刻も早く如南を落としますよって」


 あと一息で落とせそうな如南の守備兵に一息つかせるわけにはいかない。

 何より、たったの五百。五百である。それに三千を割くと決めた袁胤の決断こそ英断であろう。

 迎撃態勢を整える間に削られるのは五百か、千か。それでも数の暴力がその進撃を止めるであろう。

 なれば、さらなる攻勢しかありえない。いつ紀家軍本隊が来るかも分からないのだ。


「ほれ、気張りぃ!あと少しで如南は落ちるのや!」


 より苛烈に攻めたてる。

 如南の士気は趙雲の出現により高止まりしているが、如何せん兵の疲弊が激しい。ここは力押しの一手のみ。



 その様子を見て趙雲は歯噛みをする。

 騎兵突撃の勢いそのままに袁胤軍を切り裂いているが、鈍重ながらも守備態勢は整いつつあった。

 黄巾を切り裂いた時とは違い、その陣容は徐々に分厚く、手ごわく。


「ちい!流石に黄巾とは違うか!」


 一旦内部から飛び出し、外周をごり、ごりと削るが決定打は与えられない。

 むしろ、その彼我の戦力を利用し包み込み殲滅しようとする意図が明け透けに見える。

 それを巧みにいなし、絶えず削り取る趙雲。戦力差をものともしないその用兵の妙。そして勇敢さに相対する袁胤も感嘆の声を漏らしたと言う。


「なんと、のう。あのような寡兵で大軍と渡り合うか。

 趙子龍、全身是肝か」


 だが、それは圧倒的優位を確信しているからこその、余裕の言である。

 袁胤の陣はあくまで分厚く、趙雲の部隊は如南への道を閉ざされ続けている。


 軍配を手に、袁胤はけして無理をしない。あくまで数の優位を前面に相対する。

 幾度も趙雲の騎兵が陣を切り裂くが、致命傷には至らない。


「ほ、ほ。健気よのう。仕える主が麻呂であればもっと羽ばたかせてやったのじゃがの」


 幾多の犠牲に構わずに陣を整え、いよいよ捕捉せんとす。

 にやり、と口を歪めた時、戦場に響き渡る音。

 いや。それは咆哮。


 咆哮。

 人たる身が本能的に委縮するその圧倒的な響き。

 白虎の咆哮が戦場に響き渡る。


 呼応し、銅鑼が鳴り響く。雄叫びが、怒号が、戦場を満たす。


「な、なんやて!?」


 許攸は驚愕に顔を引きつらせる。


 牙門旗が翻る。そこには「孫」と記されていた。


 そうして戦場はまた転機を迎えるのであった。



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