表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
202/350

如南防衛戦

「ほらほら、どんどんもってくのー」


 于禁は着飾ったままで大鍋から雑炊を器に注ぐ。米、麦、芋に加え、肉、野菜など。具のみっしりとしたそれには濃いめの塩味もついており、戦う男たちの栄養源としては最上のもの。

 同様に雑炊を器に注ぎ、笑顔で戦う男に手渡すのは美姫たち。

 絵姿そのままに着飾りながらも、額に汗を浮かべて男たちを激励する。

 これこそが于禁渾身の作品でもある。普段手の届かない美姫たち。更にその美姫たちが手ずから配膳をすら。


 いつだって、戦う男の背中を押すのは女の役割なのだ。


 女たちも必死である。

 男は殺され、女は犯される。

 それが庶民にとっての、戦というものの真実である。

 それを理解している女たちは本心から、男たちを鼓舞し、煽る。そして、連れ添う。

 いくつもの空約束が交わされる。


 于禁はその流れを練り上げ、盛り上げ、維持する。士気こそ防衛の要であると彼女は本能的に知っているのだ。

 矢継ぎ早に指示を飛ばし、その結果守備兵は餓えることはない。それに果たした貢献は大きいものである。


 そして彼女の強運は、ひたすらに鍋を振るう男がいたことだろう。

 飲食店の店主であるという彼は、大人数に供する食事の差配をこなしていく。こなしきった。

 手ずから大鍋をいくつも指揮下に収め、遺漏なく食事を作り上げ、配膳の指揮までこなす。旺盛な兵達の食欲を満たし続けて、于禁と交わした時に漏らした言葉。


「これが俺の戦いだ」


 彼の名は史書にも記されておらず、于禁が僅かに言及しているのみである。


◆◆◆


「うむ、そちの武勇、見事。

 妾の真名を許すぞ。以降、美羽と呼ぶことを許す」


 傲然と。

 袁術は這い蹲うように恐縮している兵士に告げる。彼こそは昨日の英雄。そしてその褒美として名門袁家の直系である袁術から真名を許された。その栄誉は末代まで響き渡るであろう。

 そして兵士は感激に身を震わせ、双眸から溢れる涙を隠そうとはしない。兵卒の身分で袁家直系の袁術から真名を許されるなど、これほどの栄誉があろうか。いや、ないであろう。


「ほれ、さっさとその身を尽くすがよいぞ。わらわが命じる。如南を守るのじゃ」


 感極まって、幾条も滂沱。

 そして。職責を果たしに行くのだ。


◆◆◆


 ぴょこ、と座から立ち上がり袁術は悠然と歩き出す。


「前線を鼓舞する。ついて参れ!」


 とてとて、と歩く袁術に侍女たちは付き従う。彼女が征くは最前線。如南の防衛線。

 それがどうしたとばかりに悠然と歩みを進める。

 そして付き従う侍女は、矢玉が飛んで来ればその身を盾とする。更に賊が迫れば誅滅すべく付き従う。なんとなれば彼女らは袁家の譜代。そして袁家の幹部候補生たちである。

 紀霊の発案による人材交流。その一環としての配置であった。いずれは袁家を背負う彼女らを若い内に交流させるという目論見である。

 一足飛びに実戦があるとは誰も予想していなかったであろうが。

 そして袁術である。彼女の小さなその身で背負うもの。それを知っているから、侍女たちは無言で付き従う。


 煌びやかに着飾った袁術は、ついに城壁へと到達する。

 矢玉の飛び交う最前線を悠然と歩き、兵を鼓舞する。まさかこのような最前線まで総大将が来るとは。その異常事態に将は混乱し、兵は沸き立つ。

 奮戦する兵卒に、惜しげもなく身に着けている装飾品を褒美として下賜する。そして城壁より賊軍を見下ろすことすらするのである。

 なんとも剛毅なことよ、と圧倒的な兵の差を忘れ指揮官たちは奮戦する。最前線まで来てくれた彼女に恥はかかせられない、とも。


 袁術にとって幸運であったのは、義勇兵の存在であろう。

 といって、同時代に存在した……例えば劉備が運用したそれとは全く意味が違う。城塞都市内部の民がその、自分たちの住む都市を守るために組織された存在である。

 そして更に袁術にとって幸いであったのは、かつて袁家において兵役を経ていた民が相当数いたことである。


◆◆◆


 ぐったり、とばかりに袁術は寝台に身を横たえる。

 ……如南防衛はこの上なく順調に推移している。


 如南に好景気をもたらした袁家は既に熱い支持を得ており、民草はこぞって戦線に加わろうとすらしている。

 もっとも、素人の面倒を見るほどに余裕のない軍部はそれをいなすのに必死ですらある。

 使い物になる、兵役経験者は既に実戦に投入され、大いに活躍している。


 それでも、今にも城壁を乗り越えて襲いかかってくるかもしれぬ敵軍。

 初めての実戦が死戦。その精神を試される防衛戦。

 自分にできることはした。そのはずである。

 袁術は眠りという安寧に身を委ねる寸前まで問いかける。


「じろう、じろうよ。わらわはどうしたらいいのじゃ……。

 わらわとて、母様のように前線に身を晒しておるぞえ。

 母様のように弓を引けないのがいかんのかや……。それとも、それでも立たねばならんのかのう。

 じろう……、七乃……。

 麗羽姉さま……」


 べそ、べそと嗚咽が室に響き、やがて寝息は穏やかに。


 そして無慈悲にも夜が明け、いつも通りの面子が控える。

 部下の言上は彼女にはよくわからない。理解などできない。

 で、あるからこそ前線で体を張る兵たちを慰撫するのである。


「うむ、苦しゅうない。

 よきにはからえ」


 袁家の誇る官僚団。それが抱える危機時における対応手順に伴い防衛戦は続いている。

 彼我の兵力差を考えればありえないほどの奮闘である。

 だが、それでも限界が見えてくる。見えてしまう。


 袁術は腹を括る。


 なんとかこの身一つで収めるしかあるまいと。

 それこそが袁家直系たるわが身の役割であろうと。

 

◆◆◆


 如南。


 とりたてて特徴のない都市である。

 度重なる天災によりその城壁は綻びすら目立っていた。

 母流龍九商会が本格的に手を入れる前にことを起こせたのはよかったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、袁胤はじり、と戦況を見やる。


 兵力的にも圧倒的に優勢。

 で、あるのに。


「ふむ、中々に粘るのう……」


 ほ、ほ。優雅に笑みを浮かべながらも。ちり、と焦りが胸に兆す。

 あのような薄い城壁、門扉がなぜ落ちない、と。

 既に攻め寄せてから三日が過ぎている。その日の内にも落とせると見込んでいたのだが。


「李儒め、どうせならば櫓車か衝車くらいは用意しておけというものよ……」


 ……そんな金のかかるものを常備しているのは袁家くらいのもの。

 で、あるからこそ本来の手勢をもって蜂起したかったのだ。

 いかに十常侍の秘蔵の兵力とは言え、袁家の精鋭と比べれば数段落ちるのだ。むしろ、それを十全以上に率い、優位のままに維持する袁胤こそ称賛されるべきであろう。


「ちい、堅いのう。あれは顔家の小娘の入れ知恵じゃな。

 全く。あの時よりも、か。

 余計なことをしてくれておるわ」


「はい、あっこまでの粘り。いいえ。あれこれの小細工。顔家の手管てくだですなあ。

 うっとおしいことこの上ありまへんわ」


 許攸は舌打ちしながら忌々しそうに応える。本来遊軍たる紀家軍の手の者に防衛戦の知見ノウハウはない。


 それでも、それをもってしても時間の問題であろう。

 解せぬほどに激しい抵抗とて、数の暴力、心身の疲労には敵わない。


 城門に丸太を束ねた即席の破城鎚が打ち付けられ、大きくひびが入る。

 させるまじと矢の雨が降り注ぐが、時を同じくして幾度目かの城壁への侵入を果たした寄せ手が暴れまわる。


「勝った、のう……」


 もう一押しで落ちる。そう確信し袁胤は緩める。


 どよ、と如南からざわめきが聞こえる。いよいよ陥落するにあたり、此方になびく兵でも出たか。

 そうだとすれば実に興醒めであるのだが。


みやびではおじゃらんのう……」


 独白は戦場の喧噪にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


◆◆◆


 いよいよか、と袁術は覚悟を決める。

 袁胤の目的はこの自分の身柄なのだ。ならばこの身一つで配下達の命を購うべし。

 三日三晩の猛攻を、この瞬間も耐えている配下達には感謝の言葉もない。

 矢玉をはじめとする物資はふんだんにあるが、如何せん人手が足りない。あちこちに梯子が架けられ、城壁への侵入も一度や二度ではない。


 もう一刻もすれば城門も破られてしまうだろう。

 だが、その時まではけして諦めない。上に立つ者が諦めたら一気に士気は崩壊するのだ。

 今なら分かる。何故袁家総大将であった母が、その身を最前線に置いて戦ったか。


「弓を持て!わらわ自ら逆賊を誅してくれようぞ!」


 周囲の制止も聞かず、城壁を目指す。

 阿鼻叫喚が、剣戟が。矢の唸りが響く戦場に身震いしながらも歩みを止めず、城壁にその身を晒す。

 侍女たちはその身を盾とし主を守り通す覚悟。


 その幼い姿を晒す袁術に疲弊していた兵たちは再び死力を振るい、矢を放ち、敵兵に槍を向ける。


 僅かに盛り返したが、大勢たいせいに影響はない。前線に身を置いたといえ、特に策があるという訳でもない。

 破れかぶれでもある。兵たちをより酷使しているだけである。稼いだ時間とてほんの僅か。


 だが、その僅かな時間は無駄にならなかったのである。


 物見の兵が声を上げる。いや、それは叫びと言ってもいい。これを知らしめなければという使命感すら帯びて喉も裂けよとばかりに。

 その叫びは響く。響き渡る。


「お味方、到着!お味方!到着!

 ……助かった!助かったぞ!

 助かった!助かったんだ!」


そして戦いは新たな局面を迎えることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ