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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
200/350

語る夢想は飴細工、されど覇道は黒鉄のごとく

 日輪は中天にかかり、その恵みを大地に惜しげもなく注ぐ。

 北郷一刀は、大の字になって全身でその恵みを浴びている

 戦乱はこの瞬間遠く、穏やかな時間が過ぎていく。


「……いいご身分ね」


 ただまあ、状況を鑑みればこのように冷たい言葉を浴びせられても無理からぬ事であろう。

 慌ててその身を起こそうとしても両脇にとびきりの美少女がしがみ付いているのだ。

 平凡な男子高校生たる彼がどうこうできるわけがない。寝息を立てている彼女らを起こすことに躊躇ためらいもあるのだし。


「まあね。

 恋が妙に懐いているから、どうせそうだろうとは思っちゃいたけどね。

 流石のボクも、両手に花でお昼寝と洒落こんでいたとは思いもよらなかったわよ」


 慌てて弁解らしきものを口にしようとするが、相手に聞く気はなさそうだ。

 彼に話しかけてきたのは賈駆。数日前に曹家軍と合流した董家軍の軍師である。

 驚くべきことに、いや、今更かもしれないが曹操は美少女だった。夏候惇も美女だし荀彧も美少女だった。

 万夫不当たる呂布も美少女だったし董卓だって目の前の賈駆だって美少女だった。


「まあ、恋が起きたら伝えてくれればいいわ。そろそろ動くわよ、ってね。

 ……短い期間でまあよくもここまで懐かせたものね」


 その武威と無邪気な寝顔はどうしても結びつかない。

 北郷一刀も当初は戸惑ったものである。知名度の高い武将は皆美女、美少女なのだから。

 と思いながらも賈駆の言に首を傾げる。


「えっと、動くってどういうことだ?」

「ここ陳留付近の黄巾賊はおおよそ討ち果たしたからよ。こういう乱は枝葉末節よりは大本を叩かないと、ね。

 それにそろそろ曹操殿の勧誘もいい加減うっとおしいし」

「はは、そりゃそうか。愛紗も閉口してたなあ」


 冗談めいた賈駆の言葉に北郷一刀は苦笑する。こうして談笑しているその瞬間にもあの手この手で勧誘されているに違いない。

 まあ、彼女が受けるわけがないので全く心配していないが。


 のほほんとした北郷一刀を見て賈駆は僅かに表情を改める。


「そろそろ、潮時、っていうのはアンタたちにも言えるわよ?」

「え?」


 まあ、余計なおせっかいではある。

 北郷一刀の横でぐうぐうと惰眠をむさぼる桃色の髪の少女。それに仕える軍師二人は紛れもなく天才というやつだろう。

 水鏡女学院を飛び級で卒業した主席と次席というのは伊達ではない。彼女らはきっと気づいているだろう。

 本来自分が口を出すようなことでもない、のだが。


「フン、分からなきゃいいわよ。ただね、義勇軍を率いる二人が暢気にここでお昼寝。

 部下たちが奔走している、ということがどういうことかって考えてもいいんじゃないの?」


 じゃあね、と踵を返す賈駆に何か言いかけて、口ごもる。


「……ん?ご主人様、どうかした?」


 ふわり、とした空気が広がる。先ほどまで張りつめていたのが嘘のように。

 かなわないな、と頬を緩ませて北郷一刀は傍らの少女――劉備――に声をかける。


「いや、なんでもない。大したことじゃないさ。それよりそろそろご飯にしようか」


 ぴくり、とその言葉に呂布が反応する。


「……ご、はん?」

「そうそう。お昼ご飯だぞっと。ほら、恋も一緒に行こう、な?」

「ん」


 二人を引き連れて食事へと向かう足取りは、軽かった。


◆◆◆


 曹操はここのところ非常に上機嫌である。

 陳留をはじめとして、兌州にはびこる黄巾賊をほぼ壊滅させた。

 今は残敵を掃討している段階だ。

 無論、敵は弱卒とはいえ数が数だ。苦戦しないほうがおかしい。が、最近の曹操軍は絶好調である。

 やはり義勇軍の将帥を運用しているのが大きい。

 関羽は将として、張飛は兵卒として。諸葛亮と鳳統は事務方として。

 いずれも得難い……珠玉の人材だ。だが。やはり関羽だ。関羽だ。何と言っても関羽だ。

 怜悧な物言い、これと決めた主君に対する忠誠。圧倒的な武勇に将才。

 心置きなく一方面軍を任せるに足る人材である。

 理性的に一軍を運用できるのは手持ちの駒では夏侯淵しかいないことを思えば関羽はぜひとも欲しい。

 無論、彼女の容色も大いに評価している。あの玲瓏とした佳人がねやでどれだけ乱れるのか、是非とも味わいたいものだ。


 にま、と緩む口元を隠しもせず曹操は次々と指示を飛ばす。脳内が桃色が染められていてもその指示は精密にして的確。


「そろそろ、かしらね」


 誰ともなく呟く。

 そう、そろそろいいであろう。


「誰かある!関羽をここに!」


 曹操の声に慌ただしく動く部下たち。それを満足げに見ながら曹操は軽く伸びをする。

 これでも随分負担は軽くなっているのである。まったく、義勇軍などには勿体ない人材が揃っている。


「お呼びとのことですが」


「そうね。呼んだわ。で、何故貴女一人じゃないのかしら」

「そ、それは……」


 口ごもる関羽の後ろには劉備と北郷一刀。名目上の、関羽の主人たちである。


「ごめんねー?

 でも、私も曹操さんとお話したいなーって思ったから!」


 悪びれずに笑う劉備に笑みを一つ。これはこれで一つの在り方なのであろうと。

 

「で?貴女の用件は何かしら。

 貴女が引きつれてきた義勇軍の訓練で私は忙しいんだけれども」


「んー、上手く言えないんだけどなー。えっと、兌州の黄巾賊さんたちは大方片付いたんでしょ?

 董卓さんも軍を動かすみたいだし。

 だったら私たちも黄巾賊の本拠地とか、他の軍団を目指すべきじゃないかな、って思うんだ!」


 ここぞとばかりに劉備は言い募る。

 もう、兌州には目ぼしい黄巾賊はいないはず。であれば動くべきだと。


「あらそう。劉備。では貴女は今すぐ動くべきね。もうすぐ董卓の軍に追いつけなくなるわよ? 

 いくら身一つと言っても、董家軍は騎馬が本領だもの。

 ああ、安心しなさいな。貴女の馬くらいは用立ててあげるわよ」


 うんうん、と真剣に頷き同意を示す曹操に逆に戸惑う。


「ようやく、貴女のつれてきた雑兵が使い物になるわ。それぞれの兵卒の適正に合わせてきっちり配属してあげる。

 あと数か月したら張飛も将としても使えるようになるわね。その点関羽は流石ね。言われても、言われなくてもできるわ。

 貴女がいなくてもきちんと彼女たちは使いこなしてあげる。だからそこの情夫と一緒に旅立ちなさいな」


 その言葉に北郷一刀は絶句する。そして激昂する。


「なんだよ、それ!どういうことだよ!」

「あら、聞こえなかったのかしら。……別に貴女達がどうあれ、兵はきちんと組み込むし、関羽も張飛も使いこなしてあげるわ。

 貴女たちは惰眠を貪ればいいのよ?

 ああ、部下ばかりに働かせて心苦しいならばいつでも言ってちょうだい。ちゃんと貴女たちに相応しい仕事をあてがってあげるから」


 劉備は異を唱える。


「愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも大事な仲間です。家族です。

 兵士のみなさんだってそうです!

 それに、兌州はもう平らかになってるんでしょう?だったら。

 もっと、黄巾賊の被害の大きい土地を平らかにするべきです!」


 劉備の言葉に曹操はくすり、と笑う。

 まあ、ここまで理想論を吐けるというのは大したものだ、と。

 とは言え。


「私は陳留の太守。そしてじきに兌州を預かるわ。だとすれば職責を果たすべきでしょう?

 未だ兌州には黄巾賊の残存は存在するわ。だとすれば私は治める民のためにも引くわけにはいかないわね」

「でも、もっとひどいことされてる人たちもいるでしょう?

 だったら、その人たちに手を差し伸べるべきじゃないんですか?」


 真正面から曹操を弾劾する劉備。果たして彼女はその行為の意味を分かっているのであろうか。いや、いないであろう。


「私は陳留の太守よ。であれば陳留の民に尽くすのは当然。

 陳留が賊に襲われることなどないようにするわ。領内の盗賊は撃滅するし、不穏な輩は死刑ね。

 それと、何か勘違いしてるかもしれないわね。

 指揮下に入る、というのはそういうことよ。もういいわ。いいわね。飽きたわ。

 下がりなさい」


 瞬間。

 吹き出る覇気に劉備と北郷一刀は絶句する。

 北郷一刀は歯噛みする。流石は覇王だと。甘く見ていたか、と。


「不満があれば我が配下になりなさいな。

 貴女はお話することで全てを治めたいのでしょう?治められると思っているのでしょう?この私一人を説得できないはずはないわね?

 ええ、聞くべき意見には耳を傾けてあげるわ。

 そうね。一緒に漢朝を支えましょう?」


 くすり、と蠱惑的に笑み、曹操は牙をむく。

 そんな曹操の気迫を無視して。


「ごめん、それは、無理だ」


 北郷一刀はそんなことを言うのであった。


「へえ。じゃあ、貴方たちは誰に付くのかしら」


 その言葉に北郷一刀は苦笑する。


「俺たちは、誰にもつかない。そういう利害関係で動いたわけじゃない。

 義に拠って立つ。それが俺たちだ。見誤らないでほしい」


 くすくす、と曹操は笑う。男の精一杯の虚勢が健気で。

 そして腹立たしい。このような匹夫に関羽という極上の人材が絡め取られているのである。


「そう。では好きにしなさいな。ま、渇したらいつでも帰ってきなさい。

 盗泉に群がられると迷惑だしね。そしてどこまでついてこれるか、楽しみね」


◆◆◆


「ご主人様の言う通り、そろそろ潮時でしゅ……、噛んじゃいました」


 はわわ、と諸葛亮は呻きながらもしっかりとその主張を伝える。


「もとより、曹家に頼ったのは一時のことです。何ら問題ありません。

 卑しい宦官の孫、漢王朝の流れを汲む桃香様にふさわしいとは思えません」


 無論得るものは大きかった。多かった。

 関羽と張飛は将帥としての、自分と鳳統は軍師としての知見ノウハウをたっぷりと吸収することが出来た。

 だが、その武勲も功績も曹操に吸い上げられてしまっている。無理からぬこととは言え、随分曹操の世評向上に尽くしてしまった。


「陳留の太守たる曹操殿に従うは私たちの本望とはかけ離れていると思います。

 未だ救いを求める声なき声のため、動くべきと進言します」


 ここが分水嶺。関羽は曹家軍の軍制を吸収し、将として成長したであろう。

 自分たちとて、軍務に必要なことは相応に学ぶことが出来た。


「とはいえ、糧食に不安があるのも事実です。やはり官軍に合流するのが最善でしょう」


 ふむ、と北郷一刀は頷く。確かに曹操なんて物騒――想像以上に――な人物のお膝元にはいられない。


「朱里なら官軍の誰を頼るべきか、頼るかを決めてるんだろ?教えてくれよ」


 嗚呼、と諸葛亮は思う。

 この未熟な身に絶大な信頼を注いでくれる主にこの智謀を捧げようと。


「そうですね。次に合流すべきは……」


 馬家軍。

 涼州にて匈奴の侵攻を防ぎ、官吏の汚濁を断ち切る刃。

 袁家に伍するほどの戦力を抱える漢朝きっての武闘派である。

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