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凡人、外史に立つ!

 さて、紀霊と呼ばれる自分。そして漢朝が天下を差配するという現実。つまりまあ、自分はいわゆる三国志と言われる時代にいるのだろうと認識する。そして、それは俺の未来が暗澹たるものになるということ。

 そこまで三国志に詳しい知識はないのだが、紀霊――俺が呼ばれる名前――という武将は三国志序盤から中盤あたりで張飛にずんばらりんと切り殺されていたはずだ。くそ!なんて時代だ!だが、戦わなきゃ、現実と!

 つか、マジでこの先生きのこるために尽力せんとお先真っ暗であるのだ。俺の仕える袁家というのは北方の名門で相当な勢力であるのだが、敵対したのがあの曹操である。分かり易く言うと戦国時代の織田家とやりあう羽目になるということである。つまり役柄は今川ってか!死亡フラグおかわりありがとうございますとでも言えばええんか!

 ――まあ、とりあえずまだ幼児の身ではあるがやれることはやっとかんとなあ。


「二郎様ー。お待ちくださいってば!」


 ち、かぎつけられたか。


「陳蘭、逃げやしねえよ!だから俺のことはほっといてくれよ!」

「もう、また勝手な!私は二郎様のお守り役なのですから!」


 ふんす、と鼻息も荒く俺の前に現れたのは陳蘭。本人が言うように俺のお守り役である。くそ、俺より数年の年長であるという体躯的な優越を駆使して悉く俺の前に立ちはだかるのだ。いや、お役目を真面目に果たしているというのは分かってるのだが。


「二郎様!今日と言う今日はもう、逃がしませんからね!」


 なお、二郎というのは俺の真名、と言う奴だ。何でも神聖なもので、勝手にその真名を呼んだら殺されても文句は言えないという物騒なものらしい。あざないみなを足したようなものだろうと理解している。

 まあ、俺がその真名を二郎としたのにそこまで深い理由はない。前世――と言うかリーマンだったころの本名がそれであるから、だ。無論そんなことを言えるはずもなく、中華に伝わる神話の英雄的な二郎真君からあやかったということにしてある。

 ――よく考えると、日本人的には「スサノオ」とか「ヤマトタケル」を名乗ったみたいなもんかと悶えたこともあるのだが。周りで飛び交う真名がもっとキラキラしているのを知って吹っ切れた。なお、俺のとーちゃんの真名は一郎だからまあ、嫡子たる俺が二郎であること。なにもおかしなことはない。

 などと思いながら陳蘭から逃亡していたのだが、突如として足が大地から離れて空を蹴ることになる。


「こら、ぼうや。駄目でしょ、陳蘭を困らせたら」

「あ、ねーちゃん」


 ぶらーんと。襟首を掴まれてしまっては幼児である俺に何かできるはずもないし、この体勢で暴れてもどうにもならないから大人しくするが吉である。長いモノには巻かれるべきであるというのが俺の保身術である。

 俺を力づくで――傍目には微笑ましい光景なのだろうなあ――拘束するのは。


「あ、麹義様!その、二郎様は何もわるくありません!わたしが目を離しちゃっただけで・・・。なにもされてませんから!」


 ぷるぷると震えながら、涙目で俺を解放するように必死に訴える陳蘭である。うおう。込み上げる罪悪感。

 そして容易く俺を拘束してニヤニヤとしてるのは麹義のねーちゃん。俺が産まれる前に勃発した匈奴の大侵攻から漢朝を救った袁家の宿将、生きる伝説その人である。


「あら、二郎?おいたは、駄目よって言わなかったかしら?」


 にこにこ、とほほ笑むねーちゃんはすこぶるつきの美人さんである。だが、顔の半分くらいが火傷のケロイドに覆われており、その美醜のアンバランスさが奇妙な威圧感をかもしだすのだ――。


「書庫に籠るだけだし、悪さとか別にするつもりないし」


 その容貌とか肩書に恐れ入る俺ではない。何となれば、だ。とーちゃん――これまた対匈奴戦の英雄らしい――と古くからの知己であり、物心つく前から俺を可愛がってくれてたからなあ。かーちゃんだと思ってたよ。ガチで。

 一度かーちゃんと呼んだら実に微妙な顔をされてしまった。それ以来、ねーちゃんと呼んでいる。


「へえ?じゃあ別に陳蘭が一緒にいてもなにも不都合はないわよね?」


 ぐぬぬ。その通りなのだが。俺がしたいのは書物の紐を解くことではなくってだ。これからの行動指針なり、事業計画書の作成だったりするからできることならば人目を避けたかったのだよなあ。とも言えず。


「いや、陳蘭が追っかけてくるからその。ちょっと楽しくって」


 ここは無邪気な子供アピールである。


「へえ……?それはよかったわね、陳蘭。二郎は貴女と遊ぶのが楽しくってしょうがないらしいわよ?」


 くすくすと笑みをこぼす麹義のねーちゃんと頬を赤らめる陳蘭。なのだが。


「二郎も、陳蘭と離ればなれは、嫌よね?」


 にこにこと。


「そ。そりゃあ、勿論」

「だったらわきまえることね」


 ツン、と俺の鼻っ柱を弾くのだが。その動きを俺は感知できず、ただ衝撃のみを受ける。これが、匈奴とやりあった英雄のスペックか!

 

 そうして俺は決心した。というか理解した。英雄豪傑入り乱れる三国志で俺は雑魚でしかいないと。そこで俺がこの先生きのこるにはどうすればいいか、と。


 答えは簡単である。


「――三国志なんて、始めさせるものかよ」


 だから、これは俺の反逆の物語。英雄英傑がその真髄を発揮する場なぞくれてやらん。

 つまり、俺は抗うのだ。時代の、流れに。


「二郎さま!やっと見つけました!」


 えへへ、と笑う陳蘭にばきべき、と濁音が響く程度の拘束を受けながら俺はそんなことを思っていたのである。

 いや、痛い痛い痛い痛い。マジ痛いんですけど!この子すごい怪力なんですけど!

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