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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
199/350

はおーの勧誘

 黄巾賊を散々にうちのめし、満足気に頷きながら張遼はお目当ての人物に近づく。

 愛馬から降り、声をかける。


「なあなあ、自分、凄いなあ。ほんま、すごかったで。

 名前教えてーや。あ、ウチは張遼、董家の一軍を預かる身やねん。

 今回はちょーっと野暮用で賊の後ろから失礼したんやけどな。あんなん正面からでもぶち破れるで?

 いや、ほんまやってほんま。自分涼州騎兵の噂くらい聞いとるやろ?あんだけの武勇と指揮や。さぞかし名のある武人やろ。

 なに、世間では公孫の白馬義従がどうのこうのとか言っとるけどな。うちらはそんなチャラチャラしてへんで。

 質実剛健!疾風怒濤!それが涼州騎兵の真髄や!」


 自分の衣服に返り血が付いていないか確認し、青竜偃月刀の手入れを始めようとしていた関羽は呆気にとられて反応が出来ない。

 辛うじてあの、黄巾賊が崩壊する最後の一手。おそらく曹操が仕込んでいた切り札であったのであろう騎兵の指揮官であること。

 その名が張遼、というのは理解できたのだが。


「ややわあ、ウチばっかり喋ってアホみたいやわな。すまんなあ、はしゃいでもうたわ。

 それでな、自分、名前聞かせてくれへん?」


 ワクワクと期待に満ちた顔で問いかける張遼に僅かに関羽は気後れする。

 何せ自分は無位無官。しかも現在は曹操軍の兵卒でしかない……。


 だが、と思い直す。

 自分の武勇が少しでも広まれば、それは主君たちの飛躍に役立つのではないか、と。


「関羽、と申します。張遼将軍。ここ曹操軍では兵卒に過ぎません。

 お目汚し失礼いたしました」


 深々と一礼。


「かー、ほんまか?あんだけのことやっといてほんまに兵卒なんか?ありえへんやろ」


 何ということか、と張遼は嘆息する。自分を挑発しながらも完全に使いこなしたことから大幅に引き上げていた曹操に対する評価を地の底まで叩きつけようとしたとき。


「ほんと、ありえないわよね」


 玲瓏たる声が二人の耳朶に響く。


 噂をすればやってくるとまで後世に伝わる英傑。勝利を手にした指揮官、曹操その人である。


 傍らに桃色の髪を二つに束ねた少女のみを侍らせて曹操は二人に歩み寄る。

 その傍らの少女が護衛であるのは明らか。そしてその実力も関羽と張遼の二人が超一流の武人であるからこそ理解できる。

 天真爛漫に笑みを浮かべるこの少女は鉄壁となり主に襲いかかる有象無象を弾き返すであろう、と。


「二人とも、ご苦労だったわ。

 おかげで想定より兵の消耗は避けられ、賊軍に損害を与えられたわ。

 その分領民の被害が減ることになるでしょう。陳留太守としては感謝の言葉もないわね」


 何か褒美が欲しいなら言いなさい、と付け足し、即座に酒!と叫ぶ張遼に微笑む。


「そうね、私が醸した美酒を貴女にはとらせましょう。

 そして、貴女が抱いた疑問ももっともよ。関羽を兵卒として扱うなど汗血馬に荷駄を引かせるようなもの。

 でもね、流石に初陣たる彼女に兵を預けるわけにもいかなかったのよ」


 分かるわね?と曹操は張遼を見やる。

 無論これは真実そのものではない。曹操配下では初陣と言えども義勇軍にては兵を率いる将。

 しかし。正規軍を率いたこともなかった関羽からしてみれば歴戦の曹操や張遼からしてみれば新兵も同様であろう、と押し黙る。


「ほんまか。そらえらい失礼しましたわ。うちが浅はかやったわ」


 素直に頭を下げる張遼に曹操は満足げに頷き、内心彼女の評価を数段階上げる。

 そして本題を切り出す。


「分かればいいのよ。そして二人とも、私のものになりなさいな。

 貴女たちのような中華屈指の人材は私の下でこそ輝けるわ。

 そうね。お給金は今の十倍は出すわ」


 傲慢とも言えるその言葉を吐き、嫌味にならないのは流石である。

 流石の関羽も絶句し、張遼は苦笑する。


「あー、悪いけどなあ。ウチ、今の主君に不満もないしなあ。

 誘ってもらえてありがたいんやけど、とりあえずは受ける気はないわー。

 関羽かてそうやろ?」


 あからさまに矛先を逸らす張遼の言に関羽はあまりの衝撃に自失していた心を立て直す。


「む、無論だ!

 私とて今の主君に不満なぞない。それに金銭が目的で槍を捧げているわけでもない!」


 更に言い募ろうとする関羽に手を振り言葉を遮る。


「流石私の見込んだ英傑ね。ただ、分かって欲しいのよ。

 私は貴女達をこの上なく評価している、とね」


 張遼はその言に嬉しそうに頬を緩めながらも反論する。


「せやけどな、ウチなんて恋に比べたら有象無象みたいなもんやで?

 ウチを御大層に評価してくれるんは嬉しいけど、恋の武勇見たらまた違うんちゃう?」


 武勇に於いて呂布に敵わないということを張遼はよく理解している。

 無論あの武の極みに怖気づいているわけではない。いつかはあの領域に、と思ってはいる。

 が、現段階で比べた時の実力を客観視できないほど現実が見えていないわけでもない。


「論外ね。私は貴女が欲しいと言ったのよ?呂布の武勇はそれはすごいのでしょうね。噂に聞くわ。万夫不当、とね。

 でも、私が欲しいのは、騎兵を手足のように操り敵陣を疾風のように駆け抜ける貴女。

 『神速』の張遼が欲しいのよ」


 真正面からの求愛に張遼は絶句し、赤面する。

 それを満足げに見やり、関羽に振り返る。


「関羽、貴女もそう。金銭の話は無粋であったかもしれないけどね。私は貴女を高く評価しているわ。

 へそを曲げてもおかしくない、兵卒としての扱い。その中で貴女は十全以上にその役割を果たしたわ。

 言われたことだけするなら二流。貴女は将帥として最前線を支えきったわ。貴女の放つ輝きだけであの春蘭の部下を率いたのよ。

 これはね、とても凄いことなのよ?」


 くすくす、と笑って曹操は張遼と関羽に告げる。


「貴女達を高く評価しているのは本当。貴女達を配下にしたいのも勿論本当。

 でも、流石に今すぐそれが叶うと思うほど現実が見えないわけでもないわ」


 だからね、と曹操は笑う。


「これも何かの縁。死線をくぐった私たちだもの。真名を交換しない?」


 悪戯っぽく笑う曹操の言に張遼と関羽は苦笑する。そして清々しくそれぞれの真名を告げる。


「ま、ゆえっちのとこお払い箱になったらよろしく頼むわ。そないなことはないやろけどなー」

「この身を高く評価していたことには感謝を。できれば今後ともよい関係を結べれば、と思う」


 立ち去る二人を曹操は機嫌よく見送るのであった。


◆◆◆


「華琳さまー、あれでよかったんですか?」


 桃色の髪の少女――許緒――が問うても曹操は機嫌よさそうに頷く。


「ええ、思いのほか上手くいったし、想定以上の英傑だったわ」


 首を傾げる許緒に構わず、曹操は笑いが止まらない。

 なにせ求めていた人材が見つかったのだから。


 まずは張遼だ。曹操は騎兵の将を手元に飼っていない。

 騎兵自体の維持費が馬鹿にならないということもあるし、そもそも良馬がなかなか手に入らないというのがある。

 その有用性を知ってはいたが、仕方なく後回しにしていたのである。

 だが張遼率いる涼州騎兵の破壊力は彼女の想像をはるかに上回るものであった。

 あれほどの突破力、そして機動力があればどれだけ用兵の幅が広がるか。

 何より安い挑発に乗ってみせて尚、十全に力を発揮してみせる彼女だ。欲しい。ぜひとも欲しい。


 そして関羽だ。関羽である。


 義勇兵を率いているなどという、どうでもいい彼女を構ったのはその容色がまず第一の要因ではあった。

 顔を合わせ、その気概を気に入った。

 戦場を舞うその姿に魅入られた。


 埋もれていい人材ではない。義勇軍などという明日をも知れぬ集団に埋没させておくにはあまりにも勿体ない。


 人材不足に悩んでいた曹操にもたらされた千載一遇の好機であるだろう。

 急いては事をし損じる。だが、巧遅は拙速に如かず。


 で、あるから。

 

 真名を交換し合ったという今回の結果は満足できるものだ。

 董卓とは暫く連携するし、官庫の食糧目当ての飢えた獣も暫くは飼ってやろう。手元にて飼い馴らしてやろう。


 ……きっと傍らにあのおとこがいたらあれこれ言うのであろうな、とも思う。

 それこそ妄想でしかないが、彼を好き勝手に扱う親友に僅かに。ほんの僅かにちり、と感情がささくれ立つ。


 自分ならば、彼をもっとうまく使いこなすのに、と。


 その痛みは刹那。そして苦笑する。今はまず黄巾賊を誅滅し、声望を高める時期。

 宦官の孫たるこの身はまず声望を高める必要がある。


「ふふ、見てなさい」


 欲しいモノは絶対に、なんとしても手に入れる。

 それが彼女の在り方なのであるから。


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