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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
198/350

覇王、関羽を見初めるのこと

「曹操、ですか……?」


 諸葛亮の戸惑いを含んだ声に北郷一刀は頷く。


「ああ、どうせ官軍の指揮下につかないといけないならそれが最善だと思うんだ」


 何せあの曹操である。能力に疑う余地はない。無能な指揮官に使い潰されるという最悪の事態は避けられるだろう。

 それに、この時期の曹操はまだまだ弱小勢力で武将だって少ないはず。きっと自分たちを高く評価してくれるはずだ。

 無論人材コレクターたる曹操は皆をスカウトしてくるだろう。だが、自分たちの絆はそんなものに揺れるほど弱いものじゃないのだ。

 ……史実でもそうだったし。

 などと色々と考える北郷一刀。


「……そう、ですね。ご主人様がそうおっしゃるのであればそうしましょうか。

 糧食も厳しくなってきましたし」

 

 正直諸葛亮としては宦官の孫なぞの指揮下に入るのは反対ではある。

 が、主である北郷一刀がそう言い、劉備が満面の笑顔で賛同しているのだ。ならばその方針のもと最善を尽くすのみ。


「では、そうですね。愛紗さんに使者としてその旨打診をお願いしましょうか」


 関羽であれば、と思い。関羽しかない、とも思う。


 重々しく頷く関羽はもちろんその大任を理解している。

 遠く故郷を離れ、義勇の志を胸にここまで兵たちを率いてきた責任というものがあるのだ。

 何より。


「愛紗ちゃん、お願いね!」


 義姉の期待には応えねばなるまい。


◆◆◆


「はあぁーっ!」


 最前線で愛用の青竜偃月刀を振るいながら関羽はふと思う。

 彼女の困惑を一言に集約するとこうなる。


「どうしてこうなったのだ」


 ……門前払いされるという可能性もあったのだが、曹操への目通り自体は思ったより容易であった。

 なるほど。主と軍師が軒を借りるに値すると言うだけの事はあると、陣中を見れば分かった。

 兵は精鋭。規律は行き届き士気も高い。装備も自分たち義勇軍とは比べ物にならない。

 ……まあ、そこかしこに強調される髑髏の意匠については思う所もあったりしたのではあるが。

 そしてそれを率いる曹操。これは間違いなく英傑の類である。

 傍らに控える黒髪を背に垂らした猛将からは己と伍するほどの強さが。またその逆に侍る軍師の目には輝かしいほどの知性の光が。

 そして、それらを従える曹操は格が違う。

 覇気、としか言いようのないその威風には自然と膝を屈してしまいそうになる。

 傲慢とも思えるその物言いは彼女にはとても相応しく、違和感なくその指示に従いそうになる。

 ……もし主と出会う前に、と刹那思ってしまうほどの桁外れの人物。それが曹操であった。


 彼女の威風を受けて尚、用件を伝えることのできた自分を褒めてやりたいくらいである。

 そして曹操は告げる。艶然と。


「そう。

 では、関羽とやら。証明しなさい。

 貴女たちが私の指揮下に収まるに相応しいということを、ね」


 それだけを言い残して曹操はその場を去る。

 傍らの華奢な少女が告げる。


「関羽。一兵卒として夏候惇将軍の指揮下にて価値を示しなさい。

 断って野垂れ死ぬもよし、最前線で討死するもよし。

 勿論後方で保身に走り、恐怖にその無駄に大きい贅肉を揺すっててもいいわよ。

 ……正直今すぐその御大層な武具で自害してくれるのが一番いいんだけど」


 関羽は反発するよりも戸惑う。ぶつけられる悪意の所以が分からぬからに。

 ただ、自らの武に自分たち義勇軍の運命はかかっている。それは理解できた。


「は。兵卒の関羽。夏候惇将軍の指揮下にて粉骨砕身する所存。この身、いかようにもお使いください!」


 おそらくもう一人の女性が夏候惇なのだろうと推察し、声を発する。

 その女性は、フン、と鼻を鳴らし。


「貴様などどうでもいい。せいぜい私の邪魔をせんようにするのだな。

 わが軍の軍師が言った通り、好きにするがいい。

 勿論、逃げ帰ってもいいのだぞ」


 ……なんとも。


 夏候惇と荀彧のその態度は、嫉妬という感情によるものであることを関羽が知る由もない。

 ただ、よほどの武勲を上げねばならぬようだ、と認識を新たに、気合いを入れ直す。


 だからこそ。

 関羽は青竜偃月刀を振るい、戦場を縦横無尽に駆ける。

 圧倒的な物量で攻め寄せる黄巾賊を血煙に沈める。崩れかかった前線の兵をまとめ、押し返す。

 個人の武、指揮官としての統率双方を存分に振るい関羽は目前の敵を押し返す。


 その美しい黒髪を翻しながら戦場を存分に駆ける姿はまるで舞台で舞う美姫のようであった。


◆◆◆


 戦場を舞うように駆ける関羽に曹操は満足そうに笑う。


「言うだけのことはあるようね」


 この瞬間も最前線で剣舞を披露する彼女は返り血の一滴すら浴びていない。驚くべきことである。

 ……もっとも関羽にしてみれば血の汚れなど受ければ纏う衣装が駄目になるか、相当苦労して汚れを落とさなければならないという切迫した事情によるのではあるが。

 義勇軍の懐事情、推して知るべし。


 荀彧は不機嫌に黙り込む。

 数という、どうしようもない要因をその個人の資質で跳ね返す一因となっている関羽の武威に関しては認めるのに吝かではない。

 ただ、気に食わないだけだ。あの、贅肉の塊をぶら下げた女に自分の最愛の主が興味を持っている。

 それがひたすらに気に食わないだけだ。


 内心を関羽への嫉妬と言う黒い嵐が吹き荒れようとも彼女は曹家軍の軍師。

 機を見るには敏。


「華琳様、そろそろよろしいのではないでしょうか」


 数を頼みに押し寄せていた黄巾。その数実に三万。

 曹家軍の三倍である。

 その勢いは完全に止まっている。切り札を切るのは今であろう。


「そうね、桂花。その通りね。合図の銅鑼を」


 そして満足気に笑う。

 如何に曹家軍が精鋭で将帥が猛将夏候惇、軍師が荀彧であってもここまで損害を軽微に戦線を支えきれなかったであろう。


「いけない子ね、桂花。雑念が見えるわよ?」


 腹心たる軍師にくすり、と笑いかけ、抱き寄せる。


「か、華琳様……?」


 軽く唇を合わせ、耳元に囁きを。


「今日の戦が片付いたら可愛がってあげるわ。春蘭と一緒にね」

「……!は、はい!」


 喜色満面な腹心をくす、と笑う。

 嫉妬という負の感情を掻きたてて、部下にいつも以上の能力を発揮させるというのは思いの外上手くいった、と。


 誤算はただ一つ。


 関羽が、自分をこれほどまでに惹きつける、ということである。


「ふふ、いけない子ね……。本気になりそうよ」


 艶然と笑う曹操の言は次々と指示を飛ばす荀彧には届くことはなかった。


◆◆◆


「ほー、中々やるやんけ」


 曹家軍が三倍の黄巾賊の突進を受け止めつつあるのを見て張遼は感嘆の声を漏らす。

 数は力。いくら将兵の質に差があろうともそれを埋めるのは容易なことではない。

 なるほど、自分をこき使おうとするだけのことはある、とニヤニヤと嬉しそうに笑う。


「こりゃ、ほんまにウチの出番かもしらんなあ」


 張遼が率いるのは騎兵。ただその数は五百程度である。

 そしてその任は現在のところ黄巾との衝突などではなかった。


「賈駆っちが聞いたら怒るかもしらんな」


 あくまで偵察。黄巾賊のみならず、官軍との接触もその任であった。

 そういう意味では曹家軍を発見し、連携に値するか見極めるという名目で接触するのも任務のうちであった。

 のではあるが。


「あら、貴女が神速たる張遼ね。ちょうどいいわ」


 などと言って、いつの間にかその軍略に自分を組み込んでしまった。

 抗議の声を上げようとした張遼に曹操は艶然と笑う。


「出番になったら合図をするわ。勢いの止まった黄巾賊に背後から突撃するだけの簡単なお仕事よ。

 貴女が本当に『神速』の名に相応しいというならば、ね。

 勿論、貴女がまずいと感じたらさっさと帰ってくれて結構よ。

 でもまあ、私としては見てみたいわね。音に聞こえた涼州騎兵の実力を。

 匈奴に伍し、寡兵で長安にまで迫った武威。まさか虚仮脅こけおどしじゃないわよね?」


 くすくすと笑う曹操に張遼は笑い返す。この上なく獰猛に。


「ええで、そこまで言うんやったら見せたろやないか。ウチらの実力をな。

 アンタがどんだけ用兵に自信あるか知らんけどな。

 ああ、安心してええで。どんだけ不味い指揮でもきっちり突破したるさかい、な」

「ふふ、楽しみにしてるわ」

「は、楽しみにしとるがええわ」


 ……実際大したものだ、と張遼は思う。

 巧みに黄巾の無秩序な勢いを押さえ、受け止めきっている。これならば戦線を突破されることもなかろう。

 なるほど、いいように挑発に乗って利用されてしまったような流れではあるが、得るものも多かった。実に見事な指揮だ。

 だが、それだけではない。鷹の目を持つ張遼は最前線を縦横無尽に駆ける一人の武将に惹かれる。

 時に単身で突撃し、時に周囲の兵を率いて崩れる兆候のある戦線の維持に努める。

 ここまで完璧に戦線が維持されているのは彼女の勇戦が一因となっている。

 何より、その黒髪は美しく、武技は色香すら感じるほどに艶めかしく、それでいて放たれる清冽な気迫には感動すら覚える。


「あら、ただもんやないな。まあ、素性は直接聞くっちゅうことで」


 ニヤ、と猫科の肉食獣の笑みを浮かべる。曹家軍の指揮官に戦局を見る目があれば自分の出番はそろそろだ。

『神速』の二つ名にかけて、せいぜい賊を圧倒してやろう。涼州騎兵が五百もいるのだ。戦局を左右するには十分な戦力である。


 と、合図の銅鑼が鳴り響く。


 ニヤリ、と張遼は笑みを深める。黄巾賊の勢いが止まる寸前。逆算すれば勢いが止まった瞬間に後背を衝ける最善の勝機。今こそ。


「いっくでー!」


 張遼の率いる騎兵は一つの生き物のように黄巾賊の背後から襲いかかり、蹂躙する。

 その動きは曹操をして感嘆の声をあげさせるほどに猛々しく、それでいて洗練されていた。


 手ずから飛龍偃月刀を振るい、黄巾賊を切り裂く。


「死にたい奴からかかってこんかい!」



 遼、来来。


 これ以降、その言葉のみで黄巾賊が潰走すらしたと言われる張遼の武威。それはこの時確立されたのである。


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