表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
190/350

昼風温く、夜風冷たく

「ゆうべはお楽しみでしたね~」


 くふ、と笑いながらそんな声をかけてくるのは風しかいない。


「……俺にゃ勿体ないくらい佳い女だよ、星は」

「おやおや、あてられてしまいそうですね~。

 ま、星ちゃんも幸せそうですし、終わりよければ全てよし、でしょうか?」

「いや、別に終わってないから」

「これは一本取られてしまいました~」


 まだ始まったばかりだ、この……って。なんで坂を登らんといかんのだ!

 

「ま、風もありがとな。あれのおかげで義勇軍なんてものをある程度は制御できそうだ」

「いえいえ、お安い御用です。一応、南皮に入る時は武装解除もさせるようにしましたし」


 うむ。パーフェクトだ。


「助かる。頼りにしてるよ」

「いえ、ご主人様のためならえんやこら、です~」

「やめてくれ、頭痛が痛くなるわ」


 くすくす、と風は笑うけどなあ。実際その呼び方よ。まともな羞恥心があったら耐えられないと思う。というか俺にはそんな性癖はないわ。

 せめて閨だけにしてくれっていう。


「東夷、と。そして倭国とおっしゃいましたね?あの人を」

「ん?おう。だからまあ、中華の儀礼に詳しくなくてもしゃあないだろ……」


 肩をすくめる俺を風はにこり、として見つめる。

 ん?

 ……何か間違えたか?


「東の海上にある島、倭国。それはあの方たちの前で言わなくて大正解ですね~」

「ふ、風。何を言ってる?」


 俺を見透かすような目線で。いや、俺の心胆など見抜かれて当然か。


「倭国、本当にそうでしょうか?あの白き衣、その不可思議な光沢。

 むしろ、東の海上にある島、仙境。かの方士、徐福が向かったという……」


 風はくすり、と笑っているのだが俺の内心は氷点下。

 目線で風が追求してくる。分かっているのだろう、と。


「蓬莱、か」


 観念して俺は白状する。西の崑崙、東の蓬莱。

 いずれも神仙が住まう神域だ。

 現代日本。それをこの時代、この世界で当てはめればそれは蓬莱だ。

 つまり、そこから来たということは。


「さすれば。天の御使い、その論拠になってしまいますね~。

 蓬莱から、となればその呼称も天子様の権威を侵すものではない、と解釈できなくもないですし。

 なかなかに、やり辛いですねえ」


 くすくす、と楽しげに笑う風が今は頼もしい。


「そうだ。だから彼奴きゃつらには倭国という言葉すら使わせない。そこに気づかれたら厄介だ。

 彼奴には神仙の、所謂いわゆる神通力などないだろうさ。

 だがそれでも人心を乱すには十分だ」


 現代知識とかいくらでも汎用性あるしな。他ならぬ現代知識の恩恵を受けている俺が一番知ってる。


「くふ、そですね。たとえば曹操殿、何進様がその風評を耳にして手中に収めたらと思うと、どきどきしちゃいますね~」

「やめて。冗談でもやめてくれ。本当に、本当に対処に困るわ」


 華琳とか搾りつくすぞ。

 現代知識チートな華琳とかマジでやばい。どれだけやばいかと言うと世紀末覇王が超野菜サイヤな異星人だったくらいやばい。


「くふふ。でも、ありがとうございます」

「何が?」

「こんなにも心胆を明らかにしていただけるとは、予想外でした~」


 いやいや。風に隠し事しても百害あって一利無し、と断言できるね。


「よせやい。

 ほんと。頭もそんなによくないし、腕っぷしもそこそこ。そんな中途半端な俺に付いてきてくれたんだ。

 俺にあるのは金と地位、それに膨らんだ風聞のみさ……」


 言ってて悲しくなってきた。なんという上げ底。

 笑えるっての。笑うしかないっての。

 それでも、配られたカードで勝負するしかないのさ。


「まあ、何やら劣等感にまみれているようですが。

 家柄、それに伴う権限など望んでも得られないと思うのです~」


 だから、それだけっぽい自分がアレだなあ、と思うのよ。


「くふふ、その生まれ持った特権。そこに胡坐あぐらをかかないというのはそれで凄いことだと思うのですけどね。

 もうちょっと自信を持ってもいいのかと思うのですが~」


 自信持つってなあ。俺の周りは化け物チックな人材ばっかりだしなあ。


「まあ、そこまで風を評価してくださるのはありがたいのですよ。

 結構好き勝手やらせてもらってますし」

「おうよ、どんどんやってくれ。

 いくらでも追認するし」

「くふ、ありがたくその信頼を受けるのです~」


 とて、と急ぎ足で去る風。 

 いや、頼りになるなあ。

 文武に俺、恵まれたなあ。

 ありがたや、ありがたや。


◆◆◆


 日は落ち、下弦の月と星のみが光源たる夜道。そこを少女は歩く。いや、夜道と言うよりは庭園、と言った方が適切。


 整えられた石畳をやや頼りなく少女は歩く。


 蜂蜜色の髪は長く、緩やかに胡乱な影を引いて月明かりに光輝を残す。


「少女よ、どこへ行くのかね」


 声の主はそれまでいなかったかのように突如として姿を現す。

 ここは張家、その本宅。無数の結界があるにも関わらず、この少女は歩みを止めずに来たのだ。それ  易々と。

 警戒して当然である。

 誰何すいかの声に、歩みを止めて少女は答える。


「おお、数刻ぶりに人の姿を認めましたね~。

 さて、ここはどこで、これからどこへ行くのでしょうかね~」


 くふ、と笑む彼女に男は興味を抱く。


「さて、どうしたものかな。お望みの答えなぞ、ここいらにはないと思うがね。

 まったく、ここにどうやってたどり着いたのやら。幾重にも人払いの結界が張られていたはずなのだがな」


生憎あいにく、そういう手妻の類いは風には通じませんので~」


 くふふ、と笑みは深まる。


「なるほどな。君が、君こそが怨将軍の懐刀。

 流離さすらいの賢者たる程立、か。

 それとも、怨将軍に見いだされた隠者の方がお好みかね?」


 淡々とした声に皮肉を含ませる。それに程立は反応しない。ただ瞑目するのみ。

 不審に思い張郃が口を開こうとしたその刹那。


「おお、寝てました!」


 流石にその言は想定外。さしもの張郃も言葉を失う。

 くは、と軽く欠伸あくびする程立に投げる言葉を探すことになってしまう。


「さてはて、帰り道も分かりません。これは困りました~」


 全く困った風もなく程立はうそぶく。


「おお、目の前に親切そうなお兄さんがいたのです。

 これは行き倒れなく済んだかもしれませんねぇ~」


 暢気な少女の物言いに張?は苦笑する。柄にもなく。

 あの好漢とはまた違った意味で調子が狂うな、と。


「さてさて。この場でご迷惑をおかけしました。程立と申します。お見知りおきをくださればありがたいですね~」


 この面の皮の厚さよ。


 張郃は湧き上がる感情を持てあまし、対応が遅れる。

 だから対応が後手。


「お兄さんは?」


 問われてしまう。汚泥に沈んだこの身を晒してもいいものか。そんな惑いすら。


「ふむ。この身は暗殺専門の飼われ狗。

 君のような、春風のような少女が気にすることはなかろうよ」


 くすくす、と少女はおかしげに笑う。


「これはこれは。如南に張り付いているかと思えば……。

 張家は神出鬼没とは、色々と納得ですねえ。

 これは僥倖。お姉さまがいらっしゃったら取り次いでいただきたいものですがねえ。 

 いえ、お忙しいとは分かっているのです。

 会えないならそれで動きようもありますし」


 くふふ、と可笑しげに笑うこの少女に張?は底知れないものを感じる。

 もしやこの少女は義姉に匹敵する英傑ではないかと。


「おう、兄ちゃん。考えすぎてもいいことないぞ?」


 少女の服飾と思った人形が喋り、張郃は惑いを深める。


「いけませんよ、宝譿。出過ぎてしまったら二郎さんに迷惑がかかるかもしれませんし~」


 ふむ。張郃は頷く。


「正直、護衛とかは粒ぞろいですし、無用と思うのですね」

「無論。任せてもらおう」


 くふ。

 その笑みに含まれてしまいそうになる。

 そしてその問いに揺れる。


「黄巾、徒労どころか摩耗していますね」


 違う、と即座に答える。

 これは間違えてはいけない問答である。

 ゆるく笑む。

 彼女の笑みの裏の苛烈さ。


「黄巾の背後をつかめていないのは確かだとも」


 負けを認めるに等しい言葉。それすら甘く響いた。


「その言葉が聞きたかったのですよ」


 くふふ、と笑みが深まる。


「そですね。……劉備。

 ここに草を根付かせてほしいのですよ~」


 ふむ、と張郃は頷く。ここまで言われて否やはない。

 だが。


「いえいえ、精鋭など送らずとも結構ですよ。

 第三者的な感じでお願いしますね。

 余り密着しても……取り込まれるかもですし」


 なるほど。


「ええ。またお会いする機会もあるかと。

 ……次もまたお味方であればいいですね。

 いえ、風は主に従うのみですし」


 くふふ、と笑う程立。

 張郃は苦笑する。

 ふむ。どうやらこの世は思ったよりも。随分と面白そうではないか。


 歪めた口唇は笑みの形。それは彼が浮かべる自然な笑み。

 それを自覚するのは致命的に後のことである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ