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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
188/350

凡人と大徳

「だからさ、俺は言ってやったんだよ。『悪党の泣き声は聞こえんなぁ』ってね」


 目を丸くして聞き入る流琉にあることないこと馬鹿トークの俺です。二郎です。

 楽しい食後のお茶の時間。美味しいご飯をありがとね、流琉。

 そんなまったりとした空間を、これまたまったりとした声が切り裂く。いや、塗りつぶす。


「お楽しみの所申し訳ないのですが、来客なのですね~」


 のんびりとした風の声に頭を仕事モードに切り替えていく。可能な限りオンオフについては、はっきりさせるのが紀家軍の伝統なのだから。


「今日は俺の出番ないはずだけど?」

「公孫からのご紹介だそうです~

 袁紹様からご指名ですよ。今は星ちゃんがお相手をしてます~」


 ふむ、白蓮からの紹介か。

 俺が出張るということは、白蓮からの紹介状はないってことだな。

 うむ。上下関係はあっても友誼は大事にせんとな。まったくもって喜ばしいことだ。


「で、誰が来てるの?」


 くふふ、と僅かに笑う風。


「劉備、諸葛亮、張飛……北郷一刀だそうですが?

 旧知の方もいらっしゃるでしょう?」


 あちゃあ、あいつらかよ。って。


「諸葛亮……だと……?」

「ええ、水鏡女学院を首席で卒業した英才とのことですね~」


 待て待て待て待て。

 おかしいだろうそれ。諸葛亮とかありえんだろ。まだ黄巾の乱だろ、慌てるような時間じゃあないはずだろうが。

 それがなんでもう劉備とセットなんだよ。おかしいだろそれ。なんだってんだよ。おい、どうなってんだよ。大体、酔狂じゃない水鏡先生とか星と同年齢くらいじゃなかったっけか?


「はい、とんとんしましょうねー。とんとーん」


 くす、と。

 ほんわかした風の声、手の温かさに俺は意識を取り戻す。そうだ、呆けている場合じゃない。

 俺の悪い癖だ。三国志の予備知識故に差異に自失してしまう。

 そのために中華を彷徨ったというのに。

 そうだ。何が起こっても不思議じゃないし、起こったことには対処せんといかん。


「すまんな、風」

「いえいえ、これもお役目ですし~。

 それに謝られるよりは感謝が欲しいというのは風の我儘ですかねぇ」


 目を細める風が頼もしい、ありがたい。


「や、ありがとう。風がいてくれてよかったよ、本当にな」

「くふふ、早速のお言葉。おねだりしましたが、いざ頂くと照れてしまいますね~」


 いや、ありがとうな。

 

 ん。


 ん?


「北郷一刀……だと……?」


 その名に遅まきながらも気づく。

 これ、おかしくね?


 北郷一刀。明らかな異質。それはその名前だけで明らか。

 ごくり。

 生唾を飲み込もうとするも口の中はカラカラだ。


「風よ」

「なんでしょか」

「北郷一刀とか言ったか。何者だ」


 くすり、と笑みを浮かべながら。


「さあ?ですが劉備さんは『ご主人様』と呼んでいましたね~」


 ふむ。

 英傑たる劉備がそう対応するか。

 急速に構築される推論。

 きっと彼は俺と一緒、いや、厳密には違うか。

 奴は、彼奴は、『異物』だ。


 俺がこの世界……というか、この、二度目の生で思ったことは一つ。


「俺だけか?」


 ということ。


 だから、商会は母流龍九ボルタック、雑誌は阿蘇阿蘇アソアソ、書物は農徳新書。

 いずれもひっかかりを覚えるネーミングだ。その網に引っ掛かるのを待っていた。

 だが、幸か不幸かそれらしきものは網に引っ掛からなかった。

 ひっそりとその生を終えたのか、今でも潜伏しているのかは知らんが。

 それでも、俺の。俺の三国志という知識を持っている俺を脅かすのはきっと同じくその知識を持つ人物なのだろう。

 だが、これまでそういう奴はいなかった。

 ……まあ、相手にするにはしんどい相手ばっかりなんだがね。何進とか華琳とかさ。他にも色々。


 まあ、いいさ。

 三国志の一角に食い込む劉備一党。

 そしてこの段階で参画する超絶軍師諸葛亮。

 全ての逆境、不幸。言葉一つで片付けて莞爾と笑うしかないのさ。

 それがどうした、とね。

 高らかに唱うそれは反撃の狼煙だ。

 だから、声に出そうよ、それ。


「それがどうした!」


 肺腑から振り絞り、五臓六腑を引き締める。何もかもを台無しにする魔法の言葉。宇宙最強のそれを腹の底から叫ぶ。

 俺はここにいる。袁家に忠誠を誓っている。抗うぜ。

 むしろこれまでが順風すぎたのだろうさ。


「うし、行くぞ、風」

「そですね。行きましょう」


 覚悟はいいか?

 俺はできてる。


◆◆◆


 歓談の室に入る。

 そこは戦場。それを認識しているのはきっと俺と風と、あのちまっこい幼女だろうな。

 まさか、諸葛亮という三国志トップの人材と張り合うことになろうとはね。

 つか、俺の迂闊さが悔しいね。思い込みで荊州放浪しなかった。

 ま、相性的に仕官してくんなかった可能性が高いという言い訳そのいち。


「主よ、こちらは劉備殿だ。……面識があるのであったかな?

 その軍師の諸葛亮殿、そして北郷殿だ。中々の人物だぞ」


 うるせー、そんなん知ってるわ。


「で、一度手放した剣を返してほしい。ということだったっけか」


 精一杯冷然と放った言葉に臆することなく劉備は答える。


「そうなんです。白蓮ちゃんに預けたんだけど、やっぱり私のことを信じてくれるみんなに恰好がつかないかな、って。

 でも、白蓮ちゃんも袁紹さんにあげちゃったって言うから、来たんです」


 意味が分からん。なんで頭のいい諸葛亮まで頷いている?

 ええい、めんどくさい。


「一度手放した宝剣をどうしようと関係ないだろう。なんでここにいるの?」

「はい、思ったんです。やっぱりあの剣は必要だったなって。

 だから、返してほしいんです」


 ……満面の笑みでそんなことを言いやがる。正直、知るかよ、というのが本音だ。

 白蓮の知己だからといって優遇されると思ったら大間違いだぜ。


「返すもなにも、関係ないから。君らの都合とか関係ないから」


 ばさり、と切り捨てる言葉に諸葛亮とか言う幼女が口を挟む。

 そこは黙ってて欲しかったなあ。ほんと。


「大将軍である何進様により黄巾討伐の令は中華全土に発せられています。

 義を見てせざるは勇なきなり。ですが応じるは諸侯のみ。

 そのような風潮は悲しいと思いませんか?」

「知らんよ。諸侯は世に対する責任があるし、問題なぞないさね。

 つか、それ今上陛下への進言ディスのつもり?」

「これは失礼を。

 無位無官の非才たる身で僭越でした。

 ええ、僭越でしたとも」

「そうかい」


 むー。流石にこれでは諸葛亮の目論見が見えないなあ。うざいだけで。


「すみません。お二人の議論を遮るようですけども、わたしの剣ってどうなるんでしょう……」


 割と本当にどうしたもんかね。


 マジで……困ったものです(沮授風)。

 剣を返してくれと堂々と言ってくるその神経に眼前の美少女(巨乳)はやはり劉備なのだなと再認識する。警戒心のレベルを引き上げる。

 ただ、裸一貫からのし上がるにはこういうふてぶてしさが必要なんだろうなあ。

 ちら、と眺めると可愛く小首を傾げてくる。あざとい。実にあざとい。可愛いけど。

 まあ、こいつらが求める剣なんてどうだっていい。さっさと渡してお引き取り願うのが一番簡単ではあるのだ。

 だが、それだと白蓮の面子が台無しになる。

 友誼の証に贈られた剣をその元の持ち主が取り返しに来るなんざ赤面で済む話じゃあない。

 下手すりゃ白蓮と麗羽様の仲だってぎくしゃくしてしまう。ただでさえ州牧と太守という関係なのだ。

 ……それ狙ってるんじゃねえだろうな。

 ぎろ、と睨みつけるがにこにことした表情は些かも揺るがない。まあ、そこまで考えているとしたら横の幼女か。と。

 そして、俺の視線を受けてだろう。幼女状態の諸葛亮が口を開く。


「紀霊殿が逡巡されるのも無理からぬこと、と存じます。それほどに貴重な、価値のある剣なのですから。

 お返事は後日でも結構です。お待ちしますから」


 いや別に、本当にそんな剣どうでもいいんだが……ってあの剣にそうやって付加価値を付けるのか。こん畜生。

 一旦言葉を区切って更に言葉を続ける。


「しかし我らは世の乱れを憂いて義勇軍を興した者です。

 今こうしている間にも無辜の民は苦しんでいます。

 しかし我らは手元不如意……。

 便宜を図ってもらえないでしょうか?

 我ら義勇軍はしがらみなく自由に動けます。ええ、見事働いて見せましょうとも。

 悪い話ではないかと思いますが?」


 こいつ、これが本命か!剣の話は袁家と接触する方便。

 経緯はどうあれ組織の上層部が下した決定には従わんといかん。その譲歩を引き出すのが目的か!

 義勇兵などという、漢朝の埒外の存在でありながらそれを組み込んで駆使するが目的かよ。


 ぎり、と噛みしめる俺を見る諸葛亮は相変わらずの笑みで、ああ、俺など眼中にないのだろうな。実際怖いくらいだわ。


 激昂して咆哮をあげる、寸前。


 つん、とつつかれる。

 我に返ってその手の主を見ても、素知らぬ顔で風は。


「ぐう」

「寝るな!」

「おお、寝てました!」


 言われんでも分かるわ!

 ……ってそうか。助かる。


「あのなあ、緊張感なさすぎだろうが」

「いえいえ、公孫賛様のご学友が訪ねてこられたというだけですし、緊張する必要もないかと~」


 はあ、と大げさにため息を。


「まあ、そうだな。んじゃ、風。

 この場、任せるわ」


 風なら俺の意を汲み取ってうまいことしてくれるはず。頼んだ。

 頼んだぜ。

 頼んだよ。


 ……頼んだよ?

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