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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
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地味様の憂鬱~寄って生きるもの~

「浜の真砂まさごは尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ 、かあ。

 二郎が言ってたのも、納得するしかないのかなあ……」


 はあ、とため息を一つ漏らす。その嘆息の主は襄平の太守たる公孫賛その人である。

 なお、本人は州牧に推挙されるのが既定路線で、それも間近であるということを知り戦々恐々な毎日ではあるのだが。

 閑話休題それはさておき、彼女が話題にしたのは最近急激に発生している乱について。である。


「同意する。ただし。どうにも解せない点も多い。単なる賊と断ずることはできない」

「そうだなあ、村落丸ごと無人、かぁ……」

「労働力として拉致されたのではないかと推察する。殺戮して益することなどない。

 ただし、逃げ延びた民がいないというのが……解せない」


 淡々と応じるのは韓浩。

 軍事、民政、幅広く公孫賛を補佐する秀才である。紀家の幹部候補生筆頭であるのだが、本人の希望により公孫賛の補佐を継続している。

 そして、だ。

 とっつきにくいその人格、物言いについても、だ。公孫賛は慣れたものである。


「ま、そこら辺をあれこれと考えても仕方ないよな。今できることをするだけ、さ」


 何せ、袁家も賊が黄色の頭巾を被っているということしか情報を掴んでいないのだ。


「同意する。下手の考え休むに似たりとはよく言ったもの。

 領内の警戒は常備軍の半数を充てている。急報あれば白馬義従の動員もする。した。

 あとは村落に自警団の組織化とここ襄平への急報、場合によっては逃散。事後の援助の凡例まで衆知させている」


 公孫賛は満足げに頷く。

 どだい、急襲された村落に援軍が間に合うはずもないのである。

 物資を献上して済む相手ならばそれを推奨する。が、村民皆殺しとあらばそうもいかない。

 一人でも逃げ延びてもらうしかないのだ。

 治安維持、乱の鎮圧というのは後手に回らざるをえないのだ。

 ただ。


「ただの賊までもが黄巾を纏っているみたいだからな。

 厄介なことだ」


 こくり、と韓浩は頷く。限りなく無表情な彼女すら忌々しげに。

 湧き出る賊。それはいい。いつの世も犯罪者というのは御器被ゴキブりのごとく根絶できないものだ。

 だが、ここまで漢朝に敵意を向けることもなかったはずである。


「ま、背後とかどうあっても私たちはできることをするだけさ。

 韓浩、頼りにしてる」

「承った」


 にこり、と公孫賛は満面の笑みを浮かべる。

 思えば最初はどうなることかと思ったのだ。この、何とも無表情だが有能な少女とどう付き合うかと。

 今では掛け替えのない存在だと言える。

 遠慮のない苦言、諫言もありがたい。だって的確この上ないのだから。

 信頼関係だって結べている……と思う。

 一言希望を漏らせば南皮に帰還できるのだ、この少女は。

 それなのに未だに襄平に留まってくれているということの意味が分からないほど鈍感じゃない、と思うのだ。

 面と向かって言うことはないけれども。


 くすり。


 微笑む彼女はきっと魅力的であり、どこぞの凡人も見惚れること受け合いではあったろう。

 が、配下より来客が告げられる。


 劉備。


「大徳」と異名を持つ公孫賛の食客である。


◆◆◆


「うん、だからね。やっぱり黙って見てられないの!

 わたしにだって、できることがあると思うんだ。

 愛紗ちゃん、鈴々ちゃんっていう私の妹たちってすごいんだよ?

 だから、みんなが笑って暮らせる世の中のために、頑張りたいな、って思うんだ」


 常ならぬ、憂いを込めた表情に関羽は内心臍を噛む。嗚呼、この主人にこのような表情をさせてしまった自分が情けない、と。


「それはいいが、どうするつもりなんだ?」


 決まっている。乱を平定するのだ。そのために兵を募るのだ。


「うん、悪いことしてる人だって事情があると思うんだ。

 だからね、私にもできることないかな、って」


 嗚呼、大徳という二つ名は伊達ではない。

 改めて忠誠を、赤心を誓う関羽。


「はは、桃香は昔からそうだったよな。

 いつだって皆のことばかり気にしてたもんな」

「やだ、白蓮ちゃん、やめてよぉ。 

 でもね、やっぱり私は思うんだ。

 皆が笑って暮らせる世界を作りたい、って」


 その言に公孫?は苦笑する。流石に話が飛躍すぎて。


「ま、私は襄平の太守だからな。

 まずは襄平を安寧とせんといかんから」


 何と志の小さいことよ。

 関羽は嘆く。勿体ない、と。

 かの白馬義従が自らの掌中にあれば、如何程に成果を導いたであろうかと。


「うん。それはしょうがないよ。でもね。だからね、皆に聞いてほしいの、私の想いを。

 争いのない世界のために一緒に頑張ってほしいって」


 そう、これこそが本題である。大徳たる劉備。彼女の声を届ける機会。


「論外。却下。そろそろ室から退出すべきと進言する」


 淡々とした声が水を差す。


「世を憂うならば公孫賛殿の配下に収まればよい。

 無位無官の浪人の立場よりよほど民の為に働ける。

 如何に」


 劉備は小首をかしげる。


「でもね、それじゃ皆を助けられないじゃない?

 中華全土で乱は起こってるんだよ?

 今、みんな困っているんだよ?今、みんな泣いているんだよ?」


 だったら、今動くしかないではないか、と劉備は真摯に訴えるのだ。

 その勢いに公孫賛は押し切られそうになる。が。


「ま、まあ、民のために動くのも太守の務めだし……な」

「流石白蓮ちゃん!だいすき!」


 盛り上がる二人に冷水を浴びせかける如く、韓浩は淡々と言葉を紡ぐ。


「ここ襄平から出ていくのはいい。貴君らの奮闘に期待する。これは餞別。

 なに、路頭に困ったらまた帰ってくればいい。貴君らくらいの食い扶持ならばなんとでもなる」


 どこからともなく差し出した金子。それは確かに多額である。三人が動く軍資金とすれば、だが。


「それでね、愛紗ちゃんと鈴々ちゃんはすっごく強いんだけどね、それだけじゃ駄目と思うの。

 やっぱり二人は将としてこそ輝くと思うんだ」


 だからね、と劉備は訴えるのだ。


「一度、一度でいいの。白蓮ちゃん。兵士のみんなに私の言葉を、思いを伝えたいな、って。

 きっと分かってくれる人もいると思うんだ」


それは、とっても素敵なことじゃない?と満面の笑みを浮かべる。


「――」


 公孫賛が発そうとする言葉を重ねて遮り、韓浩はあくまで淡々と述べる。


「却下する。太守の務めを疎かにせよとは笑止千万。

 そもそも身の程を弁えるべき。

 食客ごときが兵権を口にするなど、僭越の極みというもの。

 いつも通り、そこかしこで油を売るのがお似合い。

 いつでも仕入元は紹介する。

 ……油の品質についても保証するが如何に」


 関羽は激昂し、公孫賛は流石に口を挟む。


「韓浩、言い過ぎだ!」

「では要点のみ。

 戸籍のある正丁の勧誘は認めない。

 定職に就いている者の勧誘も認めない。

 領内での食糧他物資の徴発、募集も認めない。略奪とみなし、討伐の対象とする。

 ……ただし、当面の食糧のみ貸与する。如何?」


  ここで初めて韓浩と公孫賛の視線が合う。交わる。


「……まあ、妥当じゃないか?」


 向けられた視線を逸らさずに公孫賛は頷く。先ほどまでの激情は嘘のように霧散し、淡々と告げる。

 領内が荒れるとなれば話は別だが、そうでない限りは余剰のある食糧くらいならば、と思う。

 目の前の難題への対処の対応能力こそ彼女の真髄の一つ。


「うん、ありがとね、白蓮ちゃん」


 満面の笑みで公孫賛に抱きつく劉備を微笑ましく思いながらも関羽の心は苦い。

 これではつまり流民くらいしか動員できない。

 多少なりとも兵卒を引き入れたかった、と。

 主と、自分ならば千とはいかずとも、近い数字を動員できたはずだ。

 それだけにあの、韓浩というちんちくりんの小賢しさが際立つ。


 それでも、数は力だ。精々彼奴らが思う通りに踊ってなるものか。


 関羽は決意も新たに主の下に向かう。


 なに、獅子が率いる羊百頭は羊が率いる獅子百頭に勝つのだ。

 自分が獅子であればいいのである、と。


 関羽と韓浩。冷ややかな視線は交わることはなかった。



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