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真・恋姫無双【凡将伝】  作者: 一ノ瀬
黄巾編 決起の章
180/350

蹂躙

「うわあ……すごい……」


 張角は感嘆の声を漏らす。妹たちに至っては声も出ない。

 背徳の都市、南皮より馬車で数日。あるいは数月ほどだったろうか。

 そこに理想郷は、あったのだ。


「はい……。これこそ貴女達にふさわしい舞台……」


 ギョロ目の異相。その双眸を見開き悦に入るのは波才。


「この舞台は貴女達の神聖なる歌声を響かせるに相応しい箱ですとも……。 

 求めて得られなかった舞台、それがここにあるかと……」


 うやうやしく跪き、浮かべた表情は恍惚そのもの。


「うん、……そうね。これなら、もっともっとうまくできる」


 張宝はあちこちを確認し、自らが演出する光、音響、それを増幅する妖術を想定する。そして、にまり、と笑みを深める。

 これならば、効率よく運営できる。舞台の途中で倒れるなどという無様はせずに済む。


「おお……。聖処女二の姫よ……私としたことが言い忘れておりました……。

 ここは貴女達を祀る神殿に等しいのです……。

 故に、迷える羊たちの信仰は、熱狂は、残さずに貴女達に捧げられますとも……。

 休みなく、昼夜を問わず歌ってください、踊ってください……。

 歌うほどに、踊るほどに、それは奇跡を呼びますでしょう、文字通り、神楽、として……」


 そう、ここは神殿。巡礼者が祈りを捧げる神殿。

 祈りは力に、力は神秘に。積み重なる神秘は奇跡を顕現させるだろう。

 気づけば熱気は、信仰は籠り。昇華されずに場に揺蕩たゆたい、飽和寸前。


「さあ、あの声が聞こえるでしょう。求め、訴える声が聞こえるでしょう……。

 ここは大聖堂……。思う存分に歌いなさい、踊りなさい……」


 声が響く。とどろく。


「ほ、ほ、ほあー!」


 力が漲る。歌が溢れる。肉体は躍動し、舞いを重ねる。

 かつて道端で、歌舞の度に全力を尽くし心身を消耗していたのが嘘のように身体が軽い。

 唄うほどに、踊るほどに、力が湧く。舞い踊る、舞い踊る。歌う、唄う。今ならば中華の果てまで響くだろう。いや、響かせよう、歌声を。

 そして、言の葉は紡がれる。


「みんなー!愛してるー!」


 熱狂は爆発し、光輝すら幻視する。


「ほ、ほ、ほあー!」


 渦巻く熱気に波才は破顔する。


「す、ばらしいいいいいいいいいい!

 奇跡は顕現し!救い手は降臨した!我が宿願は果たされた!

 救いあれ!栄あれ!栄光よ!君の手に!」


 狂乱は誰の耳に届くこともなく、波才の熱狂すら、場に吸い込まれていくのであった。


◆◆◆


 さて、あれよあれよと袁家の武門最高責任者になってしまった二郎です。

 いや、ねーちゃんとか師匠には散々そうあれかしと仕込まれてたからね。覚悟はしていたのよ。準備だってしてきたよ。

 ただまあ、できるだけその日が来るのを引き延ばしていたと言うだけで。円滑な引き継ぎのために、ね。

 ……いざ権力継承に備えて、できるだけ袁家領内の不安要素は排除したよ?

 だってなんかあったらこっちに矛先来るのはわかってるからね。

 だから袁胤様も隠居させたし、権力も背負った。やるならとことん。そいつが紀家の生き様。なんつって。

 ちなみに如南は……どうしたもんか。

 生半可な人材じゃあ治まらないだろうしなあ……。


 よし、雷薄!君に決めた!

 だって匈奴大戦生き残りの古参兵出身ベテランだし、確か如南に娘さん嫁いでたしね。

 いや、実際雷薄くらい武威がないと一緒に派遣された奴らが拗ねかねん。逆に奴を出したらだいたい解決。

 一応の協力体制ができていることになっている張家からは、恐らく張郃あたりが出張るであろうことを考えたら雷薄くらいでないと押さえが効かないだろうしな。 


 ま、当面の敵は十常侍。これについて、実は勝ちは見えてるのだ。いやマジで。

 適度に勝って何進に恩を売り、宦官勢力は華琳に預ける。

 何進と華琳が協力するとかマジありえんだろうし、火花を散らしてくれるだろうて。ククク。


 深刻なとこは取りあえず置いておく。置いておこう。こういう棚上げは大事。


 まあ、三国志をいざなうであろう黄巾の乱、その元凶の食糧不足は解消できている……はずだ。

 南皮に流入していて治安の悪化の一因となりかねない流民。それだって最近は減少の一途だ。

 最近は、増大するであろうことを想定していた流民相手の、最低限の商売が滞ってすらいるが……。


 まあ、土木工事への公共投資を増やしたらそこらへんも元通りになるはずである。ケインズ先生もそう言ってるしな!


 そんなことを思っていたら急報が。

 暴動?略奪?


 複数個所からの深刻な報告に浮かれていた、お気楽だった頭が冷え切る。


「馬ひけ! 星はどこだ!星を呼べ!

 流琉!流琉はいるか!」

「はい!ここに!」


 応える流琉に改めて命じる。馬引け、と。


「主よ、趙子龍ここに」


 やや遅れて俺の前に立つ星に指示を飛ばす。

 賊なぞ、蹴散らせ。討伐しろ、と。


「ふむ、了解した。

 そして魅せてやろうとも。主が俸禄の全てを以てしてまで抱えた我が身の真価を、な」


 にやり、とした星のかんばせに俺は見とれてしまう。

 が、それも刹那のこと。


「ああ、やってやれ!趙の子龍の武威。示してくれ!

 先行してくれ。委細は任せる」

「心得た!」


 瞬き一つの間に星は視界から消え失せ、馬蹄の響きが俺を苛む。

 俺の一言で人が死ぬ。人を殺す。民が消えうせるのだ。


「二郎さま!烈風はここに!」


 流琉の言葉に前を向く。

 放浪期間モラトリアムを共に過ごした相棒に身体を預ける。

 紀家軍の皆が、俺を見る。引き絞られた弓から放たれようと俺を見る。

 放て、と。紀家が武家筆頭であることを示せと俺に促す。

 無言でも高まる士気。


 風がにこり、と。


「ぶわっと、いっちゃってくださいなー。そう、遠くはないようですしー」


 何より、何より士気を高めるべし。

 貫くべし。一撃で敵を貫くべし。


「進軍、せよ!」


 俺の言をきっかけに、怒号は地に満ち、進撃は始まる。

 誓う。ここで断ち切る。断ち切ってやる。乱世なんぞ、三国志なんぞ、願い下げだ!

 ここで元凶を断ってやる!


 やってやるぜ!


◆◆◆


 到着した村落はまあ、端的に言ってひどい状況だった。家は焼かれ、あちこちに略奪の様子が見て取れる。

 最大戦速で急行したものの、間に合うはずもないのだ。事後なのだから。

 叶うなら生き残りに対する治療とケアができれば、といったところである。残敵があれば、と思うがそこまで間抜けでもないようだ。

 しかし、ひどい。そして、違和感。


「人の気配がしないな……」


 兵たちには生き残りがいれば保護するように指示するも、そのような存在はいないのではないかと思われるほどだ。不気味に静まり返っている。

 血だまりも黒く乾き、あったであろう惨劇を思わせるのだが。


「ん……?」


 違和感が強まる。


「風!」


 頼れる参謀がとてり、と近づいてくる。


「これ、どうにも妙じゃねえか?」

「そですね。血だまりの量に比べて、死体が見当たりません。

 これは尋常ではないですね~。

 二郎さん。今のところですが、ここで死体は……一つとして発見されていません。

 生き残った方もおりません。風達を除くと、この村落には誰一人いない様ですね」


 生き残りも、死体も、発見できない……?


「賊が埋葬……するわけねえよなあ」

「考えづらいかと~」


 まあ、そうだよな。


「生き残りがいないのはまだ分かる。こっちの追跡を躱すための口封じと言う奴だな」

「とはいえ、略奪が目的であれば多少は逃散も可能かと~。

 それに死体が見当たらないのも謎ですねぇ」


 むむむ。なんともすっきりせん。


「だが、袁家領内でここまでのことをやる勢力……」

「そですね。しかも痕跡を残したくないとすれば、過去の実績から言ってまず疑うのは黒山賊でしょね~」

「まあ、そうなるか。またぞろ十常侍に焚き付けられたか?それとも……。

 いや、ここで考えても休むに似たりだな。

 いっそ張燕を呼びつけるか?」


 これが黒山賊の仕業だとしたら俺も舐められたもんだ。

 俺が袁家の軍権を握ったこのタイミングで仕掛けてくるというのは俺の武威を貶めるということ。

 だからこそ、いい手ではある、か。


「離間工作という可能性もありますが、まずはそこからですかね~」

「そうだな。商会と張家の情報網も動かそう。

 おそらくまた起こるだろうから、自警団への指導、援助。紀家軍にも領内の巡回をさせよう」


 訓練とかしてる場合じゃなさそうだ。大げさくらいに動こう。下手にまた義勇軍とか発生されても困る。

 袁家は領内の治安に力を注いでいるということを内外にPRせんと。


「二郎さん、二郎さん。それじゃ足りないと風は思うのですよ」

「む。現状これくらいしか思いつかんからな。補ってくれるなら助かる」


 にこり。

 その普段は茫洋としている表情を引き締めて。

 ぴし、と俺を指さす。


「二郎さんと同じく、風もこれは大げさでも全力で当たるべしと思います。

 ですから、きっちりとその権限は使っていただかないと」

「え?紀家軍動かすし商会や張家の情報網も……」


 くふ、と笑みを含みながら。風はやや大げさに両手を広げて主張する。


「そですね。二郎さんは袁家の軍権を握っておいでですから~。

 ですから。

 文家、顔家も動員すればいいのですよ。ちょうどいいではないですか。

 きちんと二郎さんの指示に他家が従うか、また円滑な連携ができるかの試金石にもなりますし~」


 む。


「事象については変えようもありません。であるならばこの状況を活かすことを考えるべきかと~。

 情に棹差して流されるようなことが許されるお立場ではないのでしょう?」

「……そうだな。そうだったな。

 事後に慟哭するのは俺の役目じゃないな。ありがとな、風」

「いえいえ、これもお役目。お気になさらず~」


 ふわりとした笑みに癒されている自分に気づく。

 泣くのはいつでもできる。今は前に、前に進まないと。ちり、とした焦燥を押し殺し、悠然と兵たちに指示を飛ばす。

 大丈夫、大丈夫だ。俺は独りじゃない。何とかなるし、なんとかするさ……。


◆◆◆


「物資がないならば……あるところから持って来ればいいのです……」


 波才のその言葉によって編成された物資調達班。南皮から遠きにありて。かの大聖堂はじり、とその物資の欠乏に怯えていた。焦りすらあった。

 十万からの群衆──なおも増えつつある──を食わせるというのは大変なことなのだ。


「あの天上の歌声を響かせる、あの方たちが餓えに苦しむなどあっていいのでしょうか……いや、そんなわけありません……」


 それはそうだ。天上の歌舞楽曲もかくやという彼女たちの歌声。それを聞くだけであらゆる悩みは消え去り、その動き一つに絶頂すら覚えるのだ。


「彼女らに供物を捧げるのです。彼女らの歌声を守るのです。彼女らには笑顔こそが相応しい……」


 その通りだ。悲しげにしているなんて考えられない。いつだって笑っていてほしい。笑顔で歌ってほしい。


「彼女らに捧げる供物は神聖なもの。捧げれば救いはもたらされるでしょう……」


……農家の三男、四男。全く人生に意味がない自分。それが生きる喜びを、生きる楽しさをもらったのは彼女らから。

 僅かな仕送りを手に、学問を修めようとするも先の見えないわが身に漲る力は彼女らのため。


「さあ、目の前にいるのは蒙昧。怒りなさい、昂ぶりなさい……憎みなさい!」


 手にした武器を構える。


「これまで我(汝)らは収奪されるだけでした。が、これからは……我らは収奪する側なのです……。

 奪いなさい、犯しなさい……殺しなさい……」


 どく、と心臓が高鳴る。視界は赤く染まり、獣性が解放される。

 気づけば雄叫びが肺腑から絞り出されて、昂ぶりが止まらない。


「幻影兵よ……蹂躙なさい……」


 ついには防壁を突破し、そこは草刈り場。

 手近な家の戸を蹴破り、抵抗する女を殴りつける。

 髪の色だけはあの美姫たちと一緒。だから服を剥ぎ取り、犯す、蹂躙する。

 嗚呼、奪うというのはこんなにも快楽なのか。知らなかった。素晴らしい。

 組み敷かれた女を救おうというのであろうか。幼児が殴りかかってくるのを蹴り飛ばす。

 人体がはじけ飛ぶ感触に絶頂すら覚える。


「クク、素晴らしい……素晴らしい。素晴らしいですよ!

 もっと奏でなさい!人の業と、絶望との狂騒曲を……!」


 波才は息絶えた村人に慈愛の籠った視線を向ける。


「嗚呼、人とはなんと儚いのか……。だからこそ素晴らしい……。

 無念だったでしょう、悔しかったでしょう……。ご安心なさい。皆、すぐに後を追いますとも……。

 そして貴方の無念は無駄にはしませんとも……」


 波才は懐から取り出した呪符を額に張り付け、命じる。


「急急如律令!」


 むくり、と起き上った死体であったものに指示を飛ばす。


「生者は死者に、死者は僵尸キョンシーに……。

 その祈りは聖処女に……。

 ええ、背徳の限りを尽くしましょうとも……。熱狂を捧げましょうとも……」


 地獄絵図がそこにはあった。


 だが、それでもこれは始まりに過ぎないのだ。いよいよ始まるのだ。

 英傑が舞う時代が来るのだから。

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