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豪と剛

「これで一応完成と言っていいのではないかしら」


 蔡邑が差し出した分厚い紙の束を何進は満足げに受け取る。


「ご苦労」


 一瞥すら蔡邑に与えず、紙の束に目を走らせる。

 微苦笑を浮かべて蔡邑はその場を後にする。


「……随分と熱心に見ておられるが、それは?」


 華雄が訝しげに尋ねる。

 既に蔡邑が室を辞して半刻は経っている。

 無言でひたすらに紙をめくるなど、短くはない付き合いでもついぞなかったことである。


「……ん。気になるか?」


 ニヤリ、とした笑みが自分を見下しているようで反発を覚えるが、興味があるのは確かなので無言で是、と応える。

 ニヤニヤとした笑みはそのままに、手にした紙の束を無造作に放り投げてくる。

 手にした、紙面には。


「──人名?」


 ずらり、と人名が列挙されている。見れば優、良、可、不可と甲、乙、丙、丁が組み合わされている欄もある。

 目を走らせると、幾人かは知った名前も見受けられる。


「それも……宦官?」


 ほお、と言った風の何進の表情に華雄は自分の呟きが正鵠を射ていたことを知る、が。


「なぜ、こんなものを?」


 それに、記号の意味も分からない。


「フン、まあ、言ってみれば閻魔帳のようなものか。

 袁家のたすけもあり、士大夫層で使い物になる奴らは……ほぼ取り込めているからな。当面の敵は十常侍を筆頭とする宦官というわけさ。

 とは言え、宦官にも色々いるからな。そこで、だ。

 能力と人格を格付けしたもの。

 それがお前の手にしているものさ」


 政務のかたわらでまとめるのは大変だったみたいだがな、と何進は笑う。

 彼らとて政敵を前に手をこまねいていたわけではないが、如何せん政権運営が最優先。

 故に士大夫層が多少は協力するようになるまではそのようなものを作成する余裕もなかったのだ。

 ふむ、と納得し華雄は大いに頷く。


「つまり、能力が低く、人格が卑しい奴を誅滅すればいいということか」


 腕が鳴る。

 華雄は獰猛な笑みを浮かべて血を滾らせる。

 が、応える声は無情。


「お前は阿呆か」


 心底呆れた、という風な声がかけられ華雄は混乱する。


「な、何か間違えた、か……?」


 溜息と苦笑。


「いいか、国を動かすのは、そしてそれを変えるというのは硬い岩を少しずつ削っていくようなものだ。

 お前の手にしている斧ならばな、岩を砕くこともできるだろうさ。

が、それでは国も砕けてしまう。

 水滴が岩を穿つがごとく、静かに、だが絶えることなく動くこと。

 それに倦まずに継続することこそが強さ、というものさ」


 華雄にはそれがどうにもまどろっこしく感じてしまう。


「フン、お前にはこう言った方が分かりやすいか。

 弁が継ぐ禁裏を血で汚すわけにはいかん。そういうことだ」

「それならば私にも分かる」


 うむ、と納得したように華雄は頷く。

 だが、と思う。


「ここの評価をどう使うのだ?」

「ふむ。地位が低く、人格が卑しく、能力が高い順に放逐、左遷していく。

 頭のいい阿呆ってやつだな」


 その言葉に華雄は首をかしげる。


「だが、ここには地位なんて書いていないぞ?」

「……官位、役職を見れば一目瞭然だし、地位は変動するからな……」

「しかし、地位が低い者をどうこうしても大勢に影響はないのでは?」


 やはり首魁たる十常侍を除くべきではないかと華雄は思うのだ。


「言ったろうが。岩で言えばそれは中心。

 まずは周りから、だな。将を射んとすれば、という奴だ。

 いなくなっても気づかん奴らから手を付ける。

 気づいた時には手遅れ、というのが理想だな。

 ま、十年か二十年もあれば大丈夫だろうさ」


 その言葉に華雄は瞠目する。


「勝てない戦はしない。確実に勝てる戦しかせんよ、俺は。

 だからこうして今ここにいるのさ」


 クハ、と笑う何進が華雄には理解できない。そして思うのだ。


「どうして私などを側に?」


 その言葉に何進は大笑する。

 む、と逆立つ柳眉にもおかまいなしに。


「お前には分からんだろうし、それでいい」


 愉快に、愉快そうに何進は笑う。

 華雄は不機嫌そうに黙りこくるしかなかった。

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