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凡人と三羽烏

「だからね、沙和は言ってやったの、『お嬢ちゃんたちにはちょっと早いんじゃないかなー』って」

「せやなあ、いくら背伸びしたいお年頃やからってちょーっと。ちょっとばかしおませさん過ぎやわな。

 つ、艶本はなあ。流石にあかんやろ。

 あ、お姉ちゃん、こっちにお酒と料理追加なー」

「ま、真桜。少しは遠慮というものをだな」

「ええやんええやん。お大尽様のありがたい。ありがたーいお下知があったんやし、遠慮なくご馳走にならな失礼にあたるって」


 はい、女という字を三つ重ねればかしましくなるというわけで。

 最近影の薄い二郎です。

 でもね、それでいいのだ。美少女たちにたかられるくらいでいいのだ。

 なので一言。


「ああ、遠慮せんでいいからね。俺がお邪魔してる立場だしな」

「流石二郎はん!太っ腹!男前!」


 いや、せっかくのご飯なら一人で食うより美少女たちと食う方が楽しいしね!


「でも、相変わらずなの。

 ふらふらしてて羨ましい身分なのー」

「わはは、妬ましかろう、羨ましかろう」

「開き直るにもほどがあると思うのー」


 わいのわいのと賑やかな会話。それをさりげなくリードするのは沙和である。

 会話をしながらも料理を取り分けたり、空いた杯に酒を注いだりと気遣いも欠かさない。こういう存在って結構貴重なのよね。

 そういや、近頃はファッションリーダーとしてもその地位を高めつつある。

 最近は麗羽様をコーディネイトしたりもしているらしい。今度、どう褒めたらいいかとか相談しようかとも思っている。


「しかし今更だけどよかったの?三人で休み合わせてのお昼だったのに」


 偶然街で出会ってごらんの有様かつ、ごらんのスポンサーなわけである。


「ええねんええねん。二郎はんとも久しぶりやしなー。

 さぞかし旅先でも相当はっちゃけてきたんやろ?そこらへんも聞いといて損はあらへんし」

「そうなのー。二郎さまの土産話は皆興味津々なのー」

「二人とも、不躾すぎだろう!」


 凪がかばってくれるのだが、さて。


「や、別に隠すことは……」


 別に、ないよな?何かオープンになって困ることってあったっけか?


「なんや後ろ暗いことあるんかいな?」

「いや、隠した方がいいことあったかなあと。正直よく分からん」

「なんやそれ」


 呆れてますね。うん。俺も自分でどうかと思う。


「や、ほら、結構色々あったし、割と皆に手紙で近況報告とかしてたからさ。

 誰に何を知られてるとか正直よくわからん」

「……それ、威張ることじゃないと思うのー」


 ぐうの音も出ない正論である。これには俺も苦笑い。


「せやけどうちは近況報告の便りとかもらってへんで?

 あれせい、あんなん造ってみろ。

 みたいな思いつき全開な書き付けしかもらってへんで」

「沙和はそもそも一通も貰ってないの……」


 そうだっけか。


「おや~?凪、どしたん?顔が、赤いで?」

「な、なんでもない!」

「これは怪しいのー。きっと二郎さんからのお手紙を結構な頻度でもらっていたに違いないのー」


 あー、こん中じゃ凪に一番出していた……気がする。


「ぐ……。いや、その……。あ、二郎様、お返事も出せませんで申し訳ありませんでした!」

「いや、返事は流石に無理だろうさ」


 俺の方は旅の空であったからして。

 なんで凪テンパってんの?


「ふぅ……。ご馳走様、なの」

「ほんまやわー。もうお腹いっぱいやわー」

「あらま、もういいの?もっとガンガン食っていいのよ?」

 

 え、何で呆れたような目線が来るの?

 溜息とか、どしたの?幸せが逃げるぞ?


「凪ちゃん、応援してるの……」

「難敵やな。ここは一服盛るしかないんちゃうかなあ」


 何かぶつぶつ言ってるし、凪は顔赤いままだし。

 どういうことなの……。


 ◆◆◆


 ある晴れた昼下がりのことである。市場へと続く道。

 常ならば徒歩か騎馬にて向かう公孫賛は馬車の揺れに身を任せていた。


「お、落ち着かないなあ……」


 もぞ、と幾度目か座りなおす。上質の敷物で振動は吸収されており、常のものとは違った快適な乗り心地なのだが、それすらも文字通り尻が落ち着かない要因であるらしい。

 手元の書類に目を通しながらもどこか落ち着かなげにきょろきょろとする。


「な、なあ、韓浩」


 無言で書類を渡してくる腹心――ただし借り物だが――に声をかける。

 声をかけられた相手は無言で続きを促すという器用なことをする。このあたりの呼吸はもう阿吽と言っていい。


「やっぱり私にこういう大仰なのは合わないから、さ。外出てもいいかな?」


 淡々と韓浩はその問いに応える。


「少しはわきまえてほしい。政務は最近滞りがち。魯粛が帰還したからそれはいい。正直公孫賛殿の手際。その進歩は賞賛していいと思う。

 だが、市場の視察、民の慰撫を強く望んだのは貴女。それはいい。が、この段階での実施には制限が付くのは当然。

 こうして移動時間を政務に充てるべき」

「ま、まあそうだよ、なあ……」


 がっくり、と肩を落としながらも書類に目を通す様子は生真面目そのもの。ここらの態度の違いは実に興味深いな、などと韓浩は内心で思ったりしているのだが無論そのような素振りは全く見せない。


「移動にしても、もう少し威儀について考慮すべき。貴女は余りにも気安い」


 続いて出る苦言に公孫賛は苦笑する。

 が、彼女はそれを尊いものとする。だってこの、目の前の鉄面皮で遠慮の欠片もない少女――無論韓浩のことである――は本来他人に興味など示さない。言われたことを淡々とこなすだけの存在だったのだ。

 それが今では自主的に苦言をくれるまでに自分を気遣ってくれる。苦言を呈される度に緩む頬を引き締めるのが大変なほどだ。

 亀裂を生まないであろうじゃれ合いだと思っているのは自分だけだろうか。


「そうは言ってもさ、こう、書類を見てばっかりじゃあ民の顔も見れないじゃないか」

「必要ない。民が満足しているかどうかは犯罪の件数、納税の進捗しんちょくを見ればいい。数字は嘘をつかない」

「ふふ、相変わらずだな」


 不思議そうな韓浩に口元が緩む。そして、彼女が口にしたことを茶化すつもりも否定する気もないが、いささか極端だとも思うのだ。

 だからまあ、自分みたいな甘ちゃん、為政者初級者にはちょうどいいのであろう。

 それがいいか悪いかを判断する材料すら公孫賛は持ち合わせてはいない。が、施政に破綻の兆しすら見えない現状を鑑みればこの無愛想な腹心の言は尊重すべきであろう。


「……貴女はいずれ州牧になる。もう少し自らの威、権威について真剣に吟味すべき」


 ちらりと視線は公孫賛の剣に。


「んー、韓浩が言うのはこの剣か?まあ、確かに普通の剣だよ。それこそうちじゃ兵士が使ってるような、ね。

 でも、私はこれでいいと思ってる。実用一辺倒で装飾の欠片もない剣だけど、だからこそ、さ。

 私はこれを持ちたいと思ってる」


 笑うその顔には普段の彼女が求めても得られないであろう威厳すら漂って。


「……了解した。そこまでの覚悟であれば私から言うことは何もない」

「うん、すまない。苦労をかける」

「認識しているのであれば改善を願いたい」

「すまん!無理だ!」


 呵呵大笑。


 これはこれで一つの在り方であるのかな、と韓浩は思う。

 思えば自分も少々毒されたのかもしれない。


 不思議なことにその認識は不快ではなかった。


 微かに、ほんの微かに韓浩は唇の両端を吊り上げる。無意識に。

 それは世間一般的には「笑顔」と言える表情である。が、それを観測する存在はその場にない。


「韓浩の笑顔」


 黒い白鳥と並んで、この世にないもの、と例えられる言葉である。

ちなみに黒鳥は近代になって、ニュージーランドで発見されています。

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