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地味様の憂鬱

地味様メイン回です。

 公孫賛は控え目に言ってその光景に圧倒されていた。袁家の隆盛を知ってはいたものの、だ。親友である――真名を交わしたのだからそうに違いない――袁紹の誕生祝いということで、公孫家としても贈り物を用意してきたのだ。・・・袁家であってもあれだけの名馬は中々手に入らないであろう。そのくらいとっておきの名馬を贈ったのだ。袁紹もそりゃあ喜んでくれたのであるが。

 返礼の贈答品に圧倒されてしまった。馬車に積まれた金銀財宝。ちなみにあの豪奢な馬車も含まれるそうな。倍返しどころではない。のだが。


「あら、わたくしは白蓮さんのお気持ちが嬉しかったのですわ。

 あのお馬さんたちは貴女の領内でも出色なのでしょう?それくらいはわたくしにだって分かりますもの。

 だったら、あれくらいお返ししませんとわたくしの気が済みませんわ!」


 そう言って高笑いをする。いや、おーほっほという笑い声なのはどうなんだと公孫賛としては思うのだが。だがまあ、実際助かったのは本当である。袁家領内から安く食料が流れてくるのはいいのだが、肝心の財政が心許ない。手元不如意という奴である。切実に。正直、今回南皮に来たのは借金を紀霊の仕切る商会に打診しに来たというのもあるのだ。

 うう、匈奴の侵入さえなければなあ。と内心滂沱の涙を流しながらも公孫賛は応える。


「ま、まあ、ありがたく受け取っておくよ、実際助かるしな」

「それはよかったですわ。・・・これでも頼りにしてるんですわよ?

 北方が安定しないと、わたくし達も困りますし」

「そうだな、頑張るよ」


 袁家が北方の三州――幽州、冀州、青洲――を治めるのには北方の匈奴への盾としてというのが大きい。実際、大規模な匈奴の侵入に際し、袁家の総力を挙げて戦ったこともある。


「あら?そういえば華琳さんはどちらにいらっしゃったのかしら?」

「ああ、市街に出てったぞ。視察だそうだ」

「せわしいことですわね。優雅さが欠けていますわ」

「は、ははは・・・」


 本当は賓客として武術大会に顔くらいは出したほうがいいと思うんだがなあと公孫賛などは思うのだが。そういったことに無頓着のようで、さっさと街に行ってしまったのだ。

 或いはそれでも南皮の街を視察したいということだろうか。発展した町並み、軒を並べる商家。そして卓越した治安に街の活気・・・。公孫賛から見ても学ぶべきことはたくさんある。まあ、公孫賛は地理的に近いこともあって度々来ているからそこまで今回街を巡る必要もないのだが、曹操はそうも言ってられないのだろう。学ぶことに貪欲なのは相変わらずである。

 むしろそういった催しの運営なんかの方に興味があるしな、と観覧した後で裏方を覗くことにした。まあ、多分袁紹のことだから二つ返事で承諾してくれるに違いないと公孫賛は思う。ただし高笑いが漏れなくついてくるであろうが。


「むう」


 圧巻。であった。武術大会の優勝者のことだ。名を黄蓋と言うらしい。他の参加者と比べても頭抜けていたと言ってもいいであろう。此度の武術大会は慣例通りの射に加え、木剣を使用した白兵戦も――民草の娯楽のためであろう――実施されていたのだが、見事二冠達成である。


(射ではとても敵わないな)


 公孫賛とて馬上からの射を得手とする――匈奴の技、騎射である――のだが、それにしたって格が違うというものだ。まったく天下は広いということか。少々気落ちしながら席を立つ。本来の目的であった運営について多少なりとも視察しようというのである。大会の終わった今ならば然程迷惑になるまい、と考えるあたり知人たちと比べて良識というものを弁えている。

 適当な官僚に声をかけて実行委員会なるものに通されたのだが、そこの一番偉い席に座っている人物が意外で、歩みを止める。


「じ、二郎?二郎が武術大会仕切ってたのか?」

「ん?白蓮じゃん。そういや招待状出してたっけか」


 そして驚いたことに、目の前に積まれた書類の山を実に見事に処理していくのである。常々「働いたら負け」とか「晴読雨読が俺のやり方」とか「さっさと隠居してえ」とか言っていた人物の働きようではない。これは本物か?と若干失礼なことを公孫賛が思ったのも無理からぬことである。


「あー。二郎、忙しそうだな」

「ん?まあそうだな。白蓮、せっかく来たんだ。お茶でも淹れてってくれ」

「それ、普通は招待された私がすることじゃないよな」

「いいじゃん、白蓮が淹れるお茶、俺より美味いんだし」

「まったく、仕方ないなぁ・・・」


 ああ、こいつは本物だなと内心ぼやきながら二人分のお茶を淹れる。その間にも紀霊は着々と書類の山を片付けていっている。やる時はやる。そういうことなのか。公孫賛は内心で紀霊の評価を是正する。――まあ、実際は誰に案件を投げるかという識別だけやってるから仕事が早いように見えるのであるが、流石にそこまで見抜くことはできない。いや、それを看破したとして仕事の振り先があるのかと落ち込むこと間違いないのではあるが。


「はぁ」

「どした?」

「いや、なんかさ、南皮に来るたびに自分の至らなさを思い知ってるなーと思って」

「白蓮はよくやってるだろ」

「ん。二郎はそう言ってくれるし、私なりに頑張ってるつもりなんだけど、さ。もっともっとやりようはあるのじゃないかって思ってしまうんだよな」


 通常の三倍くらい愚痴っぽくなってしまっているなあと紀霊は思う。それくらい公孫賛は次々にまくしたてる。それを時に苦笑し、時にフンフンと頷き、にかり、と笑う。


「いいことじゃないか」

「なにがいいんだよ」

「来るたびに思うところがあるんだろ?

 つまり、そのた度に白蓮は前に来た自分より成長してんだよ」

「な――。何を、言うんだ」

「いや、実際白蓮はよくやってるよ。少なくとも、俺はそう思ってる」


 狼狽、してしまう。自分が言ってほしい言葉をくれたことに。そしてその言葉でまた頑張れる、と思う自分に。先ほどまでは下向きであった視線は紀霊を真正面から捉え、更に目線を上げる。歯を食いしばり。


「なあ二郎。この際だからちょっと相談なんだけどな」

「ほいさ」

「為政者にとって、一番大事なことってなんだろう」


 きっと正解なんてない。それでも公孫賛は問わずにいられなかった。袁家の中枢で、自分に見えないモノを見ているであろう彼が見ている景色が見たくなったのかもしれない。


「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり・・・」


 借り物の言葉だけどな、と言いながらも紀霊の表情はいつになく真面目で。こいつはこんな顔もするんだな、なんてどうでもいいことを思ってしまう。


「ありがとな、二郎」

「べ、別に白蓮に助言を与えたわけじゃないんだからねっ!」

「はいはい、そういうことにしとくよ」


 でも、また借りが増えたな、と公孫賛は思う。その心理的負債は結構積み重なっているのだが、生真面目な公孫賛にはそれを踏み倒すという発想はないのであった。


無印の地味様の扱いには文句を言っていいと思う。

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