凡人と地味様 その弐
さてさて、宴もたけなわではあるが、終わる気配などないところが局地的にあります。
「だからさ、私だって結構頑張ってるんだよ。でもさあ、そりゃさあ、至らないってのは分かってるんだよう。
それでもこう、もうちょっと言いようとかあるんじゃないか、って思っちゃうんだよな」
たはは、と苦笑とため息を同時に。器用だね。
「なあ、二郎、聞いてるか?聞いてるよな?」
「ああ、聞いてるからほら、これでもお飲み」
杯に酒を注いでやる。
いや、絡みモードだけど慣れてるしな。また白蓮ってばきっちり翌日覚えてるんだわこれが。
醜態を晒せば晒すほどに、乱れれば乱れるほどに翌日が楽しみになるのだ。うけけ。
「いや、すまないな。
あー、そんなふうに気を使ってくれるのは二郎くらいだよ」
「それは流石になくね?」
これで太守様である。ぐでんぐでんに酔っぱらって愚痴を大量に生産していても襄平の太守様である。
えらいのである。
「いやだってさあ。結構いい条件で人材を募集してもさっぱりだしさ。
むしろ桃香の姉妹なんてすごいぞ?関羽とか張飛とか、二郎だってあの二人をみたら私の気持ちも少しは分かると思う。
あれは本当に英傑だよ。無位無官の桃香にはあの二人がいるのに、私ときたら、なあ」
とほほ。
全身でそんな雰囲気を醸し出す白蓮だがちょっと待てい!
「関羽、張飛、だよな?」
「そうだ。
いや、正直矛を合わせてやりあって勝てるとは思わないな。
……それに引き替え私ときたらさあ……」
関羽、張飛……。
改めて思う。マジか。いや、必然か。
ぐちぐちといつもの白蓮のぼやきも耳を素通りする。
ま、まあしゃあない。黄巾の乱さえなけりゃ、あいつらの活躍の機会もないし。ないはずだし。
「ほらー、二郎ー。わたしの酒が呑めないのかー?」
「んなこたぁない」
どば、と注がれる酒を一気に呷る。
くらり、と酩酊した意識が心地いい。くらくら、と舞う大地がいとおしい。
「ほら、返杯な」
白蓮にも注いでやる。
ごくり、と。飲み干す喉が艶めかしい。
「あー、でも。
はー、久しぶりだなあ、こんな楽しい酒は」
だらしなく卓に寝そべりながらにんまりと白蓮は笑う。
上気した頬。
なんだね、酔っぱらった女の子って、かわいいよね!でも心配しちゃう!
「白蓮ちょっと飲み過ぎじゃね?」
「だとしたら二郎のせいだな」
にし、と笑い合う。大概俺も酔っ払いである。
「二郎もすぐに帰っちゃうだろ?だったらさあ、ここで酔っぱらわずしていつ酔っぱらうのさ!」
「はは、そこまで覚悟してくれてるのがありがたいって」
「や、最近はほんと仕事ばっかで潤いのない生活だったからなあ」
はい、ここから俺も愚痴モードに切り替わります。と思ってたらもっとすごかった。
「もう、寝ててもさ、夢の中でも仕事してるんだよ。
それを韓浩や魯粛に差し戻されてさ。
文面に頭を捻って、ようやく仕上がる!ってとこで目が覚めてさ」
大概あれだな、頑張りすぎだなおい。
「処理したつもりの案件が机の上に鎮座してるのを見た時の絶望といったら。
なんだかなー、って思うよ」
ぐび、と勢いよく杯を干し、おかわりを無言で要求する。
注いだ酒がどんどんと呑みこまれていく。
「こう、なんだろうな。思ってたのと違うなあ。
もうちょっと、こう。こうな。
まさか、こんなに忙しいって、なあ」
もう、何か月も愛馬に跨っていないと嘆く。
手ずから世話をするなどありえない、と。
「何だなあ。州牧になったらもっと、もっと忙しいんだろうなあ。
想像していたのと違うよな。もうちょっとこう、優雅なもんかと思ってたんだけどなあ。
仕事仕事仕事。いや、ほんと忙しいよ」
ぐったり。
そんな感じの白蓮はぼやく、ぼやく。
「思えば匈奴や賊を相手に駆け回ってた時は気楽だったなあ。
やったことはすぐに目に入るしさ、でも今はこう、何だろう。
やり遂げた感がないんだよな。報告書を見ても今一つぴんとこないし。
かといって現場に行ってたら日が暮れるしさ。
何か、何やってんだろうって、思っちゃうよな」
これは結構追い詰められてるか?まあ、韓浩とか追い込んでそうだしな。
「え、えと。生活に潤いとかねえの?」
暫し瞑目し。思案する模様。そして。
「ないな」
ないんかい。
「最近は食事も仕事しながら摂ってるから味とか気にしたことないしなあ。
うとうとしても夢の中でも仕事に追いかけられてるし」
思ったより重症っぽいでござる。乾いた目でこれはまずいですよ!
どうにもワーカーホリックな白蓮である。大丈夫かいな。
「ま、いいんだよ。私が頑張ったらその分領民が潤うと思えばさ。
だから私に潤いなんていらないんだよ」
大体潤いってなんだ!と叫ぶ。
「浮いた話なんて生まれてこの方ないしさ、いいよもう。
仕事が恋人!それでいいよ!」
「なんつーか、溜まってるなあ……」
がーっと爆発する様子を見てちょっと心配になる。
だって白蓮は酔っぱらってもこう、静かに一人でどんどん落ち込んでいく感じが多かったからさ。
「いいんだよ。どうせ出会いとかないしさ。
素性もアレだからロクな縁談だって来ないってのも分かってる」
んー。白蓮の場合、出自と地位が見あってないからなあ。更にこの上州牧となったら、なあ。
急激な出世も考え物、という感じか。
「だからさ、もういいんだって。公孫の後継は適当に養子でもとればいいさ」
なんともこう、現実的だがアレだな。後ろ向きにポジティブだな。
無駄に先を見据え過ぎだろう……。
何かこう、ね。アレだね。そんなに不幸そうに儚げに笑われると、こう、ふつふつと腹の底から湧き上がるね。
「なにしょぼくれてんだってばよ」
「え?だってさ、どうしようもないじゃないか。
いいんだよ。私が頑張って襄平に、州に平穏がもたらされるならそれでいいんだよ」
「よくないって。よくないってば。
白蓮がそんな、自分を犠牲にとか見てらんないって!」
きょとん、とした顔の白蓮。きっとこの子は本当に、本当に。
「なに、州牧になって、それでも貰い手がないくらいだったらさ、俺が貰ってやるって」
地位的に釣り合わないけどな!
「へ、じ、二郎?
ほ、本気、か?」
「まあ、州牧様とじゃあ釣り合わないにもほどがあるけどな!」
かあっ、と白蓮は頬を上気させて。
ん。これは怒らせたかもわからんね。
「し、信じないぞ。二郎はいつも適当なことばっかり言ってるからな!
ああ、信じないとも。騙されないとも!」
えー。信用ないなあ。不本意の極み。
そういう視線を向けると白蓮はたじろいで。
「だ、大体どうせ酒席での冗談で済ませるつもりなんだろう」
ツン、とした素振りがちょっと、かなり不本意で。
「あ……」
唇を奪ってやった。
「これで、信じたか?」
きゅ、と抱きしめて耳元でささやく。
「し、信じない……。信じない……。
こんなんじゃ、信じない……。信じないぞ……」
むう、強情な。
だったら。
「本気だって思い知らせてやるよ」
唇を再び重ねる。
「ん……」
目を閉じ、くたり、と力を抜く白蓮。その咥内を蹂躙し、寝台にその身を押し倒す。
「あ……」
どこかうっとりとした声が、俺の獣欲をこの上なく刺激した。




