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凡人と地味様

「「かんぱーい」」


 ちん、と器を打ち鳴らして。

 ぐびり、とな。美味い。


「いや、ほんとお疲れな」

「ありがと、二郎」


 乾した杯に酒を注ぎ合う。

 楽しい楽しい、二次会である。


「はー。

 実際ね、疲れたよ」


 はあ、と深くため息を。

 白蓮には、ため息が似合うなって言ったら怒るかな?

 結構苦笑だけで終わりそうな気もする。などと本当にどうでもいいことを考えてしまうくらいにリラックスな飲み会である。


「何だよ、二郎。何か言いたげだな」

「はは、白蓮にそんな顔は似合わんぜ?

 ほら、酒が足りてないんじゃない?ぐーっといっとこ、ぐーっと!」


 まだ乾してもいない杯に酒を注いでやる。ほら、イッキ、イッキ!

 

「ふう。ありがとな。

 でも、来てくれてよかったよ。

 会えて嬉しかったのもそうだけどな。ほんと、助かった」

「ほう」


 律儀に注がれた酒を、今度はちびちびと舐めながら白蓮が語る。


「いや、やっぱり二郎が来てくれると違うよ。

 いくら私が麗羽や二郎と知り合いって言ってもなかなか、な。

 それがどうだ。実物が来たら、どうだ。

 いや、驚いたよ。ほんと。思い知ったよ。

 こんなにも私に威、というやつがないのだな、ってね」


 たはは、と愚痴る白蓮。

 が、中身は中々に流せない内容である。容易に解決できない内容でもある。


「まあ、散々に韓浩には言われてるけどな。

 地味だの、威がないだの、普通だの」


 か、韓浩……。少しは言葉を選べよ……。

 仮にも上司なんだからさ、もうちょっと、こう……。


「いや、いいんだ。私だって自覚はしているからな。

 それをきちんと諫言してくれるということの貴重さだって分かってる。分かってるのさ。

 ……でもまあ、な。ちょっとくらいは、へこむけどな」


 たはは、と笑いながら項垂れる白蓮。


「でもまあ、ほんと、韓浩も魯粛もよく私を助けてくれてるよ。ほんと。

 ……本当に。

 ありがとな、二郎」


 ……満面の笑みでそれを言えるというのは凄いことなんだと俺は思う。

 ほんと、凄いことなのだと思うのだ。


「だから、さ。二郎がわざわざ襄平まで来たってことの意味も分かってる。と、思う」

「ん?」


 つくづく、俺は白蓮の評価を誤っていたのではないか。そう思う。

 だって。


「魯粛と韓浩。二人を引き揚げに来たんだろう?」


 さらり、とそんなことを言うんだもの。


「あー、分かる?」

「そりゃ、な。わざわざ二郎が足を運ぶんだから。

 よほどのことっていうのは流石に分かるさ」


 たはは、と白蓮は苦笑する。


「まあ、なんとか太守としての仕事は目処がついてきたし、な。

 そりゃ、さ。不安はあるけども、いつまでもおんぶにだっこじゃいけないだろうし。

 ……でもまあ、もうちょっと、猶予は欲しかったかなあ」


 深く、深くため息をつく。正直、そんくらい落ち込むならもうちょっと食い下がってもいいと思うの。思うの。


「ええと、韓浩は置いてくぞ?」


 ぽかん、とした白蓮の表情は……あんまり珍しくないか。

 いや、あまり勿体ぶってもアレだしね。


「ほ、ほんとか?」

「ほんとだけど、いらないなら持って帰るよ?」

「いらないわけないだろうが!

 至らない私をどれだけ補佐してくれてると思ってるんだ!

 どれだけ助かっていると思うんだ!」


 激白。

 あんだけアレでもきっちり評価されてるんだな、韓浩。


「いや、茶化すつもりはなかった。すまん。

 まあ、当面の間、韓浩は白蓮専属にするんで、よろしく」


 さて、本人の意向というのを伝えるかどうか。

 いいや、言っちゃえ。


「ちなみに韓浩は随分熱心に残留を志願してきたからな。

 いや、あの鉄面皮がと驚いたぜ?」


 驚いたのは白蓮も同じのようだ。口をぱくぱくさせている。


「え、じ、二郎、ほんとか?」

「まあ、こういうことで嘘つくほど趣味が悪くはないつもりだ」


 まだ混乱しているようだが、徐々に喜色が。やべ、かわいい。


「いや、そっか。そうか。いや、ありがたい。うん。助かる」


 白蓮の喜び具合を韓浩が見たら何と言うかな。

 あいつはあいつで人にどう思われるかとか興味ないというか、超越してるからなあ。


「州牧になってある程度仕事に目処がつくまでは預けるから、よろしくな」

「ああ。ありがとうな、二郎。ほんと、ありがとう。

 その期待には応えるし、私にできることがあったら言ってくれな」


 そんなこと言わんでもいいのに。

 満面の笑みの白蓮を見てると、こう。

 ほっこりするね。


◆◆◆


「いやー、ここんとこで一番いい知らせだ。いや、ありがとうな、二郎」

「さよか、それはそれでよっぽどだな」


 韓浩が残るだけでこんなに喜ぶなんて、どんだけこの子辛い人生なの。

 いや、韓浩はそら有能だけどね。実際コミュ力以外は割と万能で有能な軍官僚なのである。


「いやー、だってさ。最近襄平でも影が薄くてさー」

「そんな馬鹿な」


 流石にそれはありえんだろう。

 白蓮ほどの実力で、それはないだろう。


「そうでもないんだよー。

 聞いてくれよ二郎ー」


 あ、こいつ深酔いしつつあるな。まあいい。付き合うさ。


「どんとこい。聞かせろよ、その話」


 白蓮は酔っぱらうとしつこく愚痴るけど、俺は結構それが嫌じゃあないのだ。

 心根の奥底まで晒してくれる、というのを俺は嬉しく思うのだ。

 まあ、本人はどんだけ酔いつぶれて何を口走っても、翌日に記憶は残されていて煩悶するらしいが。


 ああ、蓮華の絡み酒よりよっぽどいい。あれはあかん。お前は昭和のサラリーマンか。

 しかもタチの悪い、な。

 アレに比べたら白蓮の酔い方にはむしろ共感というか、便乗してやれという思いが強い。


「いや、な?

 桃香の人望がすごくてさあ。『大徳』って異名まで出てさー。

 正直、私より人気あるよ」


 なん……だと……。


「おい、それってまずくないか」

「いやー、まずいもまずくないもね、そうなっちゃったら仕方ないしさ。

 正直桃香のなんというか、包容力は凄いと思うしさ」


 とほほ、と言った風に涙目ではあるが、そこは納得していいのか、というか。


「桃香って何さ」

「あ、そか。劉備と言ってな、一応私の食客ではあるんだ。

 無給で民の声を吸い上げてくれてるんだけどな」


 いつの間にやらすっごく人気が出てな、とまた涙目。

 っておい、それどうなのよ。


「義姉妹の関羽と張飛も猛者でさ。

 桃園の誓い、って知ってるか?

 いや、二郎たちの梨園の誓いよりは知られていないと思うけどさ」


 なんとも。既に手遅れか。あわよくば関羽とか張飛はスカウトしてみたかったんだけんども。


「いや、ほんとになー。桃香がきちんと部下になってくれたらよかったんだろうけどなあ。

 あいつもなあ。地位に興味がないとか言われたらなあ」


 食客、なんとも曖昧なポジションだな。きたない流石劉備きたない。

 暫し、自失、である。


◆◆◆


 たはは、と苦笑する白蓮の吐息がいよいよ酒臭い。杯を重ねるペースも右肩上がりである。

 それでも我を失わない白蓮。太守として相当揉まれたのであろう。それとも覚悟の違いであろうか。


 いや、そりゃ場数をこなせば結構乱れないけどね?まあ、以前がひどかったと言うべきであるのかもしれない。


「それはそれでどうかと思うんだけど」

「え。あー、二郎もやっぱそう思う?」


 韓浩も結構気にしてたんだよな、と呟く。

 ほう。


「地味だの普通だのって、太守の評判としてはちょっと駄目だよな」

「おう、駄目だな。ああ、駄目だ。全然駄目だぜ」


 声望というのは、名声というのは馬鹿に出来ないのである。だからこそ俺は無謀にもこの身を民衆の前に晒した。下駄を履いて背伸びをした。

 ああ、まともな羞恥心を持っていたら耐えられんだろうよ。

 だからこそ、白蓮の思いを手助けしてやりたくなるんだ。いや、それが最善かどうかは分からんのだけ ど、それでも俺の考える最善をやろうと思う。やろう。

 だって白蓮だから。


「威、名声。それを得るなら自分の強みをまず認識しよう」


 白蓮は万能の秀才だ。

 だから、一つ。たった一つでいい。皆が納得するようなセールスポイントを造ればいい。そうすりゃ、目立った穴もないし、普通に声望は高まるはずである。


「え、私の、強み……?」


 小首を傾げると、いつになく可憐に思える。その仕草が、いつも通り無防備で。

 ほっとけない。のである。


「地味、な、とこ?それとも、普通な……」

「違うっての」


 こんなにもほっとけない。つか、ちょっと。もうちょっとこう、自分に自信持とうね!


「あるだろが!公孫の強みと言ったら精強な騎馬軍団だろうが!」

「え?え?いや、でもそれって普通だし。馬家とか北方だと当たり前だろ?」


 いや、馬家と並びたてるってほんと、すごいことなんだぞ!


「いや、中華全土からしたらすげえことだし」

「でも、別にそれって私がすごいってことじゃないし」


 ……それを率いるのって普通にすごいと思うけどね。

 そう言ったらまた揉めるから言わないけど。まったく、この子は……。

 ん?


「なあ、公孫の騎馬軍団って、どんくらいいる?」

「ん?精鋭ならまあ、五千ってとこかな。

 いや、二郎たちのお蔭でいい馬が供給できてるよ。ありがとな」


 え。

 それって結構半端ないんだけど。つまり、いける。俺の思いつきはいける。いや、剽窃だけどな。


「ならば、最精鋭、いやさ親衛隊。まあ、20騎でも100騎でもいいけど、周りを白馬で固めよう」

「へ?なんで?」

「言ったろ?威とか、結構そういうのが必要なんだよ。

 自然と威とかが醸し出されるわけじゃないんなら、そうやって差別化するのさ。

 そう、白蓮の親衛隊、直卒は白馬のみの騎兵。名付けて!

 白馬義従!」


 いあ、公孫賛と言えばやはり白馬義従っしょ。


「白馬、白馬義従か」


 満足気に頷く白蓮。

 しばしその名前を反芻しているようだ。

 いや、気に入ってくれたみたいでよかった。


「うん、うん!

 ありがとうな、二郎」


 満面の笑みでそんなこと言われて、ほ、と安堵する。

 互いの酒器に酒を注いで、乾す。

 ご好評みたいでなによりさね。


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