凡人と孫家の邂逅
孫家は袁家の滅亡フラグです。
麗羽様誕生祭は尚も盛り上がり、続いている。膨大なヒト、モノ、カネが南皮に集まり、動いている。乗数効果により、その経済効果についてはもう正直把握できないくらいである。というかそれが主目的じゃないし、いっかなーってこれ以上考えないことにした二郎です。そこらへんは沮授とか張紘があれこれ考えてくれるだろうし。
しかし通常の業務に加え、麗羽様誕生祭の計画。運営と業務は多岐に渡り膨大である。前例もないのにこれを短期間で計画し――原案は麗羽様である――実施した袁家家臣団には頭が下がるのだ。恐るべき袁家の官僚集団である。改めて袁家という組織の強みを見た気がする。
戦時においても、同様に種々のオペレーションがどれだけ円滑に運営されることか。他陣営の追随を許さないだろうことは確定的に明らかである。
「しかし、こう言っちゃなんだが斗詩が裏方に回ることなんてないんだぞ?」
「そうですか?」
目の前で次々と持ち込まれる案件の処理をてきぱきとさばいているのは控えめ美少女の斗詩である。麗羽様と俺、あとちょっとだけ猪々子が無責任に立ち上げたイベントや思いつきを実際に形にして運営している官僚集団の指揮を執っているのは沮授だが、運営にはかなり顔を出したりするのだ、斗詩は。
いざ祭りが始まると斗詩も出番が多くて時々進捗状況のチェック等しかする暇はないのだが、それでもちょくちょく顔を出しては事務処理を手伝っている。
「いや、ほら、割と麗羽様と猪々子って企画の思い付きだけで後は知らんぷりじゃん」
「そうですねえ。だからあの二人の後始末してるの、大体私なんですよ。はぁ」
「それはご愁傷様だな。貧乏くじにもほどがあんだろ」
「ええ、そうですね。でもまあ、悪いことばかりじゃないですよ?」
そう言ってにこり、と笑みを浮かべる。うむ。花に例えたいのだが俺にそんなスキルはなかった。だけんども、ものっそい可愛かったということは断言できる。
「あー、それならいいんだが。ま、後はやっとくから麗羽様のとこに戻っとけ。
護衛が本分だからな。あと少し休憩もしとけよ?」
「ええ、この書面に返信したら失礼しますね」
まったく、真面目でいい子だなあ。こういう気質は顔家特有のモノなのだろうか。先代も兎角生真面目だったと聞くし。
――過労死は防がなきゃ(使命感)。
と、斗詩の護衛対象があっちからやってきた。
「あら、斗詩さん、こんなとこにいましたの。
そろそろ大会が始まりますわよ。
……それにしても二郎さんが真面目にお仕事してると雨でも降るのかと思ってしまいますわね」
「ひどい言い草ですが、俺だってやる時はやるんですよ?」
……別にいつもサボっているわけではない。最近俺が積極的に動くと色々勘ぐる奴が多いからあえて普段は仕事をしていないのだ。ということで一つご理解願いたい。
ただまあ、今日はそうも言ってられないのでメイン指揮をしているのだ。なお、案件を人に振るのがメイン業務である。これはこれで難しいんだけどね?
本当は天下一武道会と銘打った――無論命名俺である――武術大会とか観覧したり有望な武官にスカウトしかけたりしたかったのだよ。おろろろーん。
「はい、駄目でしたー」
「どうしたんですか、いきなり」
お茶を淹れてくれる陳蘭にぼやく。
「いや、天下一武道大会、そう。俺が銘打った武術大会を見たかったなーと思ってさ」
「すごく、盛り上がったそうですよ」
み、見たかった。くそう。武官としての飛躍のフラグを一つ折ってしまったのではなかろうか。まあ、ここは切り替えよう。今この時点でスカウトできそうな人材の情報が入ったと考えるべきだ。ポジティブにいこう。
「で、優勝者は誰になったんだ。
まさか猪々子とか出てないだろうな。本人出たがってたが」
「あはは、流石に止められたみたいですよ、勝っても負けても角がたつ、って」
「まーなー。勝っても八百長の噂は出るし、袁家筆頭の武家の次期当主が負けるわけにもいかん。妥当な判断だな。
で、誰が優勝したんだ?」
「それが、ですね。」
陳蘭が口にした名前は黄蓋。呉の、孫家の忠臣である。
「ご存知なんですか?」
その名前を耳にして狼狽えてしまった俺に陳蘭が問いかける。黄蓋ね。ゲームとかではよく知ってるよ!めっちゃ呉の名将じゃねーか。在野なら是非とも勧誘したいとこだけどな……。
将来、歴史どおりに進むなら孫家とは敵対する。なんとかその前に唾つけときたいもんだ。が、黄蓋は既に孫家に仕えているとのことで、俺は大いにがっかりしたのだった。
そしてその夜、俺は意外な来客を迎えることになる。俺が勧誘を諦め、孫家に対する警戒心をマシマシにする切っ掛けになった黄蓋その人である。
え、マジで?マジなの?マジだった!
目の前には見事なおっぱいがその存在を高らかに主張している。それは大地の豊穣を象徴するかのような双丘。しかも、その頂には何かを主張するぽっちのようなものが服の上からでも認識できる。ありがたや、ありがたや。正直、もう黄蓋が女性でしたとかどうでもよくなっている。慣れた慣れた。もう慣れたわ。
「というわけで、沮授殿に紹介いただいたというわけじゃ」
何でも、武術大会での優勝商品とかの代わりに孫家の使いとしての面談を申し込んだらしい。しかも袁逢様に、だ。内容を吟味した沮授がこっちに振ってきた、と。全権委任という名の丸投げは俺の必殺技のはずなんだが、やられたね。まあ、いいおっぱいを拝めたからよしとするか。ふぅ。
いや、孫家との縁をどうするかの判断を沮授が俺に委ねてくれたってことだとは分かってるんだけどね。そんな判断しとうなかった。
「で、江南の孫家に援助をして欲しい、と。
随分率直だな」
「腹の探り合いは苦手でのう。時間の無駄じゃろ?」
黄蓋のその笑みは満面。だが背負っているものがあるのだろう。凄味を内包しているのに気付かないほど鈍感じゃあない。でも美人って凄んでも魅力的だよね。
まー、このおねーさん、こんなこと言っといていざという時には苦肉の策とかしやがるだろうからその覚悟たるや推して知るべし。つまり。
「そこまで水害の爪痕はひどいのか」
「うむ。恥ずかしい話じゃが、手が回っておらんのが現状よ」
数年前の水害。張紘から聞いた災害。その影響がまだ残っているという。駄目になった農地、民は流れるか賊となるしかない。そして賊を討伐することでめきめきと影響力を増したのが孫家。
が、江南は豪族が割拠している治めにくい土地だ。勢力を伸ばす決定打に欠けていた孫家の一手が袁家への援助依頼というわけか。物資と権威。なるほどそりゃあ欲しいだろうよ。
というか、黄蓋クラスの武将がいなかったら統治に支障をきたすだろうに。いや。それでも黄蓋を派遣せざるをえないほどに孫家は逼迫しているのか?
まー、いずれにしてもそれだけ本気でこの交渉に臨んでいるってこったろう
「そういう訳での、余り長居もできん」
「お帰りならあちらへどうぞ」
江南の勢力争い、それに迂闊に介入はできるものかよ。そんな案件を持ってきた沮授め。今度なんか奢らせてやる。そう思いながら俺は気を引き締めなおしたのだ。
いや、江南への援助については前向きなんだけどね。それにしたって孫家はちょっと……。俺の将来の死亡フラグ的に、さあ。ほら、袁術って孫家を子飼いにして裏切られるやんか……。鬼門なんやって、ほんまに。
ぼすけてー。
本人武家だと思ってるけど政治ずぶずぶです。沮授君の意図についてはお察しですね。
※苦肉の策は割とえげつない策略です。詳しくは検索ください。