袁家二の姫と女郎蜘蛛
「つ、疲れたのじゃー」
べたり、と卓に上半身をだらしなくたれているのは袁術。
幼くとも、袁家の序列第二位である。
「ほらほら美羽様ー。蜂蜜水をお持ちしましたよー?」
「おお、七乃!でかしたのじゃ!
やはり妾のこの疲労はこれでないと癒せんの」
こく、こくと蜂蜜水を飲む袁術。それを愛おしそうに見つめる張勲。
「ぷはー。やはり勉学の後の蜂蜜水は格別じゃのう」
「流石美羽様!先ほどまでの疲労困憊さが嘘みたいにご機嫌ですね!
よ!田豊様すら欺く名女優!」
「もっと誉めてたもー!」
まあ、袁術の憔悴にも一理あったりするのである。田豊の本気の教育を一身に受けるという試練を乗り切ったのだからして。まあ、それが貴重かつ実態を知らない関係各所からしたら垂涎の機会であるのは置いておいて。
「今日はシャオも流琉も来れんかったからのう。
ずっと田豊と相対するのは疲れるのじゃ……」
むしろ、袁術のような幼い身にして田豊と差し向かいでやり取りができるということ。それはそれで凄いことなのである。
それを過不足なく張勲は理解している。
だから、主の成長に打ち震える。笑みがこぼれる。
「さすがは美羽様ですー。あのヒゲじじいと差し向かいで疲れるくらいで済む神経の図太さ。
これは他の人は無理ですよー。
よっ、精神無敵な女神様!」
「そうかや?そうかや?
もっと。もっと誉めてたも?」
無邪気にはしゃぐ幼子の可愛さよ。
くす、と張勲は笑みを深くする。
「でも、美羽様。
……二郎さんがいないと、やっぱり寂しいですか?」
ふと。
そんなことを聞いてしまう。
「うむ……。
そうじゃの……。
二郎がおらんとのう。なんというか、昼でもの?
どこか薄暗い気がするのじゃ……」
くすり、と張勲は静かに笑う。
なんとこの、ちっちゃい主君は可愛いのであろうかと。
「あらあら、美羽様は二郎さんがいないとやはりつまらないですか?」
くすくす、と張勲は微笑む。貼り付いたいつもの笑みを再生する。
「そうじゃのう。二郎がおらんとやはり物足りんのう」
「それは二郎さんも罪作りですねえ」
くすり、と張勲は笑みを深める。どうやらあの青年は予想以上に主君の心に巣食っているようである。
かすかに漂う、もやもやとしたものを張勲は無視する。
「やはりの、二郎がおらんとつまらんのぅ」
「おやおや、二郎さん愛されてますねえ。妬ましいなあ」
くすくすと張勲はその笑みを更に深める。
「七乃も寂しそうじゃし。
二郎。はよ帰ってきてくれんかのう……」
その言葉は雷鳴がごとく轟く。
「え。え?美羽様、何をおっしゃってますか?
やだなー、七乃は美羽様命ですよ?二郎さんなんてどうでもいいですし!」
「む?」
心底不思議そうに袁術は小首をかしげる。
「何を言っておるのじゃ?
七乃こそ二郎がおらん時にはつまらなさそうにしておるぞ?」
「へ……?」
間の抜けた声を発した張勲。
袁術は本当に不思議そうに。紡ぐ、言の葉を。
「何じゃ何じゃ。気づいておらんかったのかや?
七乃はの。妾の大好きな七乃はの。
二郎と戯れているときが一番楽しそうで、きらきらしとるのじゃぞ?」
無垢なる言葉は蜘蛛を穿つ。穿った。
「美羽様……?」
「なんじゃ?」
つ、と滴る水滴、ひとつ。
「美羽様。七乃は美羽様に色んなものを頂きました。
受けた恩を返せる自信はありません。
でも。
いつだって七乃は美羽様のことを想っています」
「うむ。妾も七乃が大好きじゃ!
無論、二郎も同じくの!」
その言葉に、張勲は袁術を抱きかかえる。常より僅かに力を込めて。
笑みを浮かべて。涙を浮かべて。
解き放れたかのように笑う。そう、蜘蛛の巣は彼女の領域にして、彼女を封じるものでもあったのだ。
暫しして。
すう、と寝息を漏らす袁術を抱き抱えながら張勲は笑みを再び浮かべる。
「もとより二郎さんに賭けてましたけど。
賭けてましたけど。
本気でしたけど。ええ、本気も本気でしたけど。
でも、美羽様がこんなに肩入れしてるならなー。仕方ないなー。
守りたいものなー、この笑顔」
浮かべる笑みは常と同じく。貼り付いたようなもの。
「誰かある!張郃君を呼んでください」
そう。本気の本気。
張勲のがんばり物語はここからが本番なのだ。
七乃さんがこっからはガチの本気なので難易度が落ちてしまいます。
鬱ルートがお好きな方にはごめんなさいということでひとつ。
※ご存知の方も多いと思いますが、七乃さんが本気になったら恋姫時空で勝てるくらいの有能です




