また又、三美姫が斬る
「早い方がいいと思うのですが?」
まあ、そうよね。
風が袁家に仕えると決まったことをいつ二人に伝えるかということを相談したのだが、風の意見は至極 まっとうなものだった。ぐうの音も出ないほどの正論である。
「一度打ち明けるのをしくじったら、きっかけに困るしな」
俺の素性とかな!自分で言うのもなんだが……ものっそい嘘くさいしな!
「そですね。では風から二人に告知するということでよろしいですか?」
「いい。いいんだけどさ。むやみやたらと騒動が起こらないように。
穏便に。
穏便に頼むよ?」
心からの願いなんです。
「おうおう、兄ちゃん。心外極まるぜ!
一体全体どうして不安を感じてるってんだい!」
いや、お前のように混ぜっ返す存在にだよ。とも言えず。
「なんだろう。このもやもやをどう表現したらいいの」
「いけませんね~。思ったことはきちんと言語化しないと」
「少しは俺の思いを察してくれてもいいと思うの」
くすん。口で勝てる気がしないってばよ。
「くふ、ご安心を。
風は身も心も二郎さんに捧げていますから。
悪いようにはしませんよ~?」
マジで?
でもその笑みに不安しか感じないのはなぜにWHY?!
「まあまあ、どうせ稟ちゃんや星ちゃんに報告しないといけませんしね。
二郎さんはどっしりと構えてて頂ければよいかと~」
「そ、そう?じゃあ風に任せよっかな」
くふふ。
口元に手を当てて風が笑みを深める。
「お任せください~。
風の忠勤、ご覧に入れます~」
一抹の不安と、それに勝る頼もしさ。
加えて、風ってばどうするつもりなのかという好奇心。
まあ、なんだ。
きっと俺がどうこうやるより上手いことまとめてくれるさ。
そう、俺は能天気に信じていた。
◆◆◆
「くふふ。稟ちゃん、星ちゃん。お二人にご報告があります~」
さて、戯志才ちゃんと星の前で風が勿体ぶる。
ほお、と言った表情の星に全く反応のない戯志才ちゃん。
なんとも対照的ですね。よし、風、任せた!
「風は二郎さまのものになってしまいました~」
なにい!
「ほう、風は身持ちが堅いと思っていたのだが」
「くふ。二郎さんの情熱的な言葉にほだされてしまいました~」
ちょ、待てよ!
「ほほう、それは興味深い。
では我らの目を盗んで二人は情を通じていたのか。
いや、これは気づかなんだ」
「いえいえ、風と二郎さんが特別な関係になったのはつい最近ですから~。
星ちゃんが気づかなくても無理はないかと~」
おい。おい。
「な、なんと破廉恥な。旅路の中で男女が親しくなり情を交わすなどそんなことが……」
ぶぴ。
えらい勢いで紅い血流が宙を舞う。
「おお、稟ちゃんには刺激が強すぎましたかね~」
「っておい!結構な出血だぞ!大丈夫なんか?」
「はいはい、稟ちゃん、とんとんしましょねー。とんとん」
慌てる俺に対して風と星の落ち着いていることといったら。
解せぬ。
さくさくと宿の寝台に運びこむ手際よすぎだろ。
呆然としていた俺なのであるが。
「さて、改めて話を詳しく伺うとしますかな」
「えー」
俺の心がぽきりと逝っちゃいそうなんだが。折れかけているんだが。
と、風に目をやると意外と真剣な目でこちらを見ている。気がする。
なんで?
まあいいか、仕切り直しだ。
「えっとね。星にもごめんね」
「はっはは!素性を隠していたことですかな?
であれば無用の謝罪ですぞ。
われらは庶人。士大夫が素性を秘することはおかしくもなんともありませぬ。
むしろこれまでのご無礼を寛恕願いたいくらいで」
そんな殊勝な星とか。
こいつ偽物とかじゃないだろうな。
「いや、真名まで預けられた身ですまんかった。
この身は袁家に仕える身なれば。
袁家旗下の紀家。当主の紀霊。」
一旦言葉を区切る。さて、天下の趙子龍をどうやって勧誘したもんか。
「あいや、待たれよ。」
「へ?」
なんざんしょ。
「この身は一介の浪人に過ぎませぬ。
さて、二郎殿の器を見込んでこの槍を預けたいと思うがいかに」
え。マジで?
いやいやいやいやいや。
これはきっと罠かなんかだろう常識的に考えて。星みたいな英傑が俺を見込むとかありえんだろってばよ。
「えーと」
「ふむ、わが身、我が武は二郎殿のお目に敵わぬかな?」
「それはない。逆に星みたいに凄い武人がなんでかなって、正直混乱しているくらいさ」
いや、これドッキリとか夢オチじゃねーの?
「くふ、二郎さんはちょっとご自分の立ち位置をよく分かっていないようですねえ」
黙っていた風がそんなことを俺に言ってくる。
「や、立ち位置もなにも」
「おう、兄ちゃんが自分で言ってたじゃねえか」
宝譿までなんなの。
「く、はは!いや、つくづくその態度。知らねば怨将軍本人とは思えませぬな」
何がおかしいのか星は笑い始める。
何だってのさ。ほんと。
「だってさ、星みたいな武人が易々と俺みたいな凡人相手にって。考えられんだろ、常識的に考えてさ」
ありえん。
「過分なる評価はありがたいが、この身は言ってみれば一介の浪人ですぞ?」
だって天下の趙子龍じゃん。
「だって結構あちこち放浪してんだろ?よっぽどの人物じゃないとお眼鏡にかなわないんだろう?」
くっくっ、と。星は、さも可笑しげに笑いながら応えてくる。
「それはまあ、一介の雑兵から、というのは本意ではありませんからな。
ですが特に頼るべき人脈もなくいきなり兵を率いる身分を求めるのは……中々難しくて、ですな」
まあ、そりゃ、そうかな?まあ、そんなもんかもしれない。
「しかるに、二郎殿は紀家の当主。
まさかに、それがしを兵卒扱いはしますまい?」
「そりゃあね、そんな勿体ないことはしないよ」
あ、なるほど。
それはつまり風にも当てはまるわけで。
そうよね。いきなり重用されようと思ったら華琳とことか劉備みたいなベンチャーブラック君主のとこ じゃないと無理よね。
「ま、望外の縁を結べたというわけですな」
なるほどね。だが、やられっぱなしは性に合わない。少しはやり返してやろう。
「存分にその槍を振るってもらおう。星はその槍一本で天下に名を馳せたいんだろう?」
「左様」
ああ、家柄、身分。大いに結構。それも俺を構成する一部分である。
だが、それだけじゃねえぞ。
それだけじゃねえって思い知らせてやるぞ。
「なら、俺を主に選んだことを誇ればいい。後悔はさせん。
中華一の武人。それがお前だと名を轟かせてやる。
常山の昇り竜だなんてけちなことは言わせん。
一騎当千、いやさ。天下無双と人は言うようになるだろうよ。
この出会いからお前の伝説は始まるんだ。だから。
……黙って俺についてこい!」
かの趙子龍を唖然とさせたというのは結構な武勇伝になるんじゃないかなあ、なんて思う。
「く、くははは!これは大きく出ましたな!なるほどなるほど!
流石に怨将軍は器が大きい!
いや面白い!改めて我が忠誠を捧げましょうぞ!
この身を如何様にもお使いくだされ!」
言ったな?
よろしい。ここに契約は成立した。
「ふん、大言壮語と思うなよ?
名が知れる喜びも、苦しみもまとめて味あわせてやんよ」
「是非に。楽しみにしておりますぞ、主殿」
不敵で無敵。
そんな彼女がいつまで俺の傍らにいるかは正直分からん。
だが、彼女が俺の横にいる限り、退屈だけはさせんさ。
愉快そうに笑う星を見てそう思うのだった。




