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続続・三美姫が斬る

「そういや三人は何で旅してんの?」


 襄平への道すがら、ある程度気心もしれたころに自然とそんな問いが出ていた。


「ほほう、それを風に聞くとは~。

 これはいよいよ三人まとめて美味しく食べちゃおうという決意表明ということでよろしいですか?」

「なんでそうなる。

 いや、そりゃ三人とも美少女だけどね」

「おうおう、兄ちゃんお目が高いねえ。

 そういうことならこの宝譿が一肌脱ごうじゃねえか。

 気になるあの子の口説き方、聞いて損はないぜ?」


 マジか。それはちょっと聞きたいかも。


「おやおや~。何と、身近に裏切り者がいたとは、迂闊でした~」

「いや、そうじゃなくって。いやいや、お三方ともに十分に魅力的だけどね、こう、そうじゃないのよ。

 容色だけでなく、その才にお兄さん興味があってね。

ってか宝譿も混ぜっ返さないでくれよ」

「しゃあねえ、お邪魔虫は失礼させてもらうぜ。お二人さん、あとはしっぽりとやんなよ」

「あら~、これは気を使われてしまいましたねえ」


 ふ、腹話術……なんだよな?でも風の頭の上に鎮座している宝譿。なんか微妙に表情が変わったり動いたりしている気がするんだが。

 ま、結構でたらめなこの世界。そういうこともあるさ。

 深く、大きくため息を一つ、特大のものを。


「いけませんね~ため息すると幸せが逃げてしまうそうですよ~?」

「それ思うんだけど因果関係逆じゃね?幸せを逃がしたからため息が出るんじゃね?」

「おお、これは一本取られてしまいました。中々に賢者の言ですね~」

「よしてくれよ。おだてても何も出ないぜ?」

「……ぐぅ」


 おい。


 おい。


「って寝るな!」

「おお!寝てました」


 どうも風相手だとこう、ペースを握られっぱなしな気がするね。

 ま、上手いことはぐらかされたのかな。言いたくないならそれでもいいやね。


「三人とも究極的には目的は一つ。仕えるべき主を探しているのですよ」

「なるほどねえ。仕官、か……っていきなり普通に答えるんかい!最初からそうしろって!」


 いや、楽しいけどさ。

 しかし三人とも就職活動まっただ中ってか。


「くふ、二郎さんは真面目さんですねえ」

「それはないだろう」


 どっちかっつうと極楽トンボ枠であると思う。俺が真面目だとしたら各所に申し訳ない気がする。


「いえいえ、こう見えて風は一流ですから~。まるっとお見通しなのですよ~」

「そうかい?でも真面目ってんなら戯志才ちゃんの方がよほど真面目だろ」

「稟ちゃんはそうですね。わざわざ素性を隠して自らの才覚のみで大成しようとしてますからね~。

 彼女の才をもってすれば。まあ、風は心配してませんが~」


 なるほどなあ。あれこれと同行者に対してもその目は注がれているのだなあと思ったり。


「なんつーか、星と対照的だよね」


 あの人を食った態度、いつも真面目な戯志才ちゃんはおちょくられている。あれで仲いいんだから分からんもんだ。


「星ちゃんもああ見えて真面目さんですよ?

 槍一本で天下に名を響かせるべく武者修行も兼ねての旅だそうで」

「ふーむ。なるほどなあ。風が言うならきっとそうなんだろね」


 短い付き合いながらこのつかみどころのない少女の才知には舌を巻く。

 実際只者ではないのである。


「くふ、お褒めいただいて光栄なのですよ」

「や、ほんとそう思ってるぜ?

 ……で、風はどんな主を求めてるの?」


 風の求める主の資質とか想像もつかんわ。


「くふふ。他ならぬ二郎さんですからね、お教えしましょう。

 ……夢を、見たのです」

「夢?」


 相変わらず掴みどころのない表情、そして茫洋とした目付きなのだが。……きっとそこには常にない真摯さが含まれている。そう感じた。


「日輪を、支える夢です。

 風は泰山に登り、この両手で日輪を支えていたのです。

 日輪とは、この世に輝く英雄のこと。

 私はその英雄に仕え。

 この手で日輪を支えたいのです――」


 ぞくり。

 背筋に冷たいものが走る。これは、この話は聞いたことがある。俺は知っている。

 程昱。

 魏の重臣、類稀なる智謀の士。その逸話だ。仕官時に曹操に語ったという逸話だ。

 そしてこの、この少女の言のなんと危険なことか。

 いや、危険とも違うな。なんというか、ギリギリ、なのだ。限りなく黒に近いグレーとでも言うか。


 この時代に生を受けた俺だから分かる。

 天の御使いの噂、なんてものと戦う俺だから分かる。


 天とは言わない。天を支えるのであれば漢朝に仕えればいい。

 それを日輪と言うのだ。

 なんとも巧妙で、確信犯なのだろう。

 天よりも日輪、英雄に仕える。この、のんびりと見える風貌に似合わず挑発的な……。


 そりゃ華琳ならば喜ぶだろうさね。天より自分に仕えると言っているんだから。そしてそんな謎かけを。危険極まりない謎かけをあくまで夢と主張する繊細さ。あるいはふてぶてしさ。

 寓意に溢れたこの話。きっと華琳ならば我が意を得たり、と思うはずだ。

 流石は曹操の悪名の八割を担う英傑……。これは華琳の下でも問題なくやってけるメンタル鋼の軍師ですわ。


「二郎さん、どしましたー?

 お顔の色がすぐれませんが」


 くふ、と常の含み笑いのこの少女。

 この子は危険だ。ありえないほど危険だ。


「いけませんね~。風一人で語ってしまいました~。

 さて、二郎さん。

 二郎さんはどして旅路に?」


 俺を覗き込む顔には笑み。

 深く、底知れない、笑み。

 試すわけでもなく、心底の好奇心という顔。


「あー」


 ばりばり、と頭をかく。

 そういや、七乃とか穏もこんな感じで笑みに真意を隠してたなー。

 ふと、そんなことを思う。


 まあ、それでも風は風で神聖なものを俺に打ち明けてくれたのだ。

 ならばそれに応えねばなるまいて。

 俺の底なんて浅いけどな!


「えーとね。

 見聞を広めるためってのが一番だな。

 俺はそんなに頭よくないから。風評から真を見抜くなんてできないから。

 だから、この目で見てみたかったんだ」

「ほほ~。一番ということはほかにも目的が?」


 正しく言葉の裏を読んでくる風は容赦がない。

 いや、口調も表情も相変わらず柔らかいんだけど。


「うん。傑物を知り、できればよしみを。

 そして、できたら俺の。俺の主家に推挙したいって。

 黙ってたのはごめん。悪かった。

 俺が仕えるのは――」


 くす。

 ぴとり、と細くたおやかな指を俺の唇に寄せて、塞ぐ。

 可憐な笑みと共に俺の言葉を遮る。


「北方三州を治める袁家。

 二郎さんはその袁家に仕えるお武家様。

 それも、紀家が当主。

 ――紀霊」


 ですよね?と小首をかしげる。


 唖然。


「え。いや。そう。なんだけど。

 えっと」


 くすり。


 狼狽する俺の唇にそっとその白魚のような指先を這わせて。


「いいですよ?私は二郎さんにお仕えします」


 ですから、と。

 風は言葉を続ける。艶然としたその姿は別人のよう。


「可愛がってください、ね?」

「は、はい」


 どういうことなの……。

 急展開に思考回路がショート寸前である。


「つうか何で俺が紀霊って分かったの?」

「くふふ。そですね。種明かしといきましょうか~。

 こう見えて、風は一時ですが。

 ……張紘さんにお世話になりまして~」


 あー。

 なるほど。そういうことか。こりゃまいった。


「あー。なんちゅうか。これから、改めてよろしくな」

「こちらこそですね~。

 宝譿ともどもお世話になります~」

「おう、兄ちゃん!よろしくな!」

「へいへい、宝譿もよろしくな」


 なんかこう。

 なんかこう、なんだろう。

 釈然とせんけど。

 

 ま、いいか!

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