続・三美姫が斬る
「これは、不味いですね~」
矢継ぎ早に指示を飛ばす。それでも彼我の戦力が覆ることはない。
蜂蜜色の髪をした少女が乱戦の中、思案するも妙案など浮かぶはずもなく。
「風!稟!このままではジリ貧だ!」
「分かっています!星は一旦左翼に移ってください!」
眼鏡の曇りを拭いもせず、郭嘉は戦局を立て直そうと尽力する。
圧倒的に不利な状況。辛うじて、危うい均衡を保っているのは彼女ら三人の尽力あってのこと。
別に彼女らは襲われている商隊の護衛という訳ではない。
ただ、この零細な商人複数からなる商隊を組織したのは彼女らの功績である。単独では護衛を雇えないような商人に声をかけ、各人の出費を抑え、賊が襲いづらいほどの集団にする。規模の拡大は利潤をもたらす。
某商会で学んだ知識を遺憾なく程立は発揮し、郭嘉と趙雲がそれを運用して上手くいっていたのだ。誤算があったとしたら、それなりの集団になった彼女らを襲うほどの規模の賊がいたことであろうか。
「ちいっ!きりがない!」
襲いかかる賊を次々と蹴散らす趙雲とて単独で商隊すべてを補うなど出来るはずもない。
「せめて馬があれば頭を討ち取れるものを……」
だがこの場にあるのは精々荷馬。戦場を駆けることのできるような馬など個人で所有できるわけもない。
秣の費用だけでもとんでもない維持費がかかるのである。
軽やかに、舞うように賊を討ち、兵を鼓舞するも士気は下がる一方。いつ逃散してもおかしくないほどに追い詰められている。
いや、既に一部荷駄に賊が取りつき、兵は散じつつある。
自分たちのみが生き残るのであればなんとでもなろうが。常に見せている余裕などそこにはなく。
「ええい!稟!吶喊するか?」
「いけません!星が賊将に到達する前にこちらは壊滅してしまいます!」
趙雲の武、郭嘉と程立の指揮でもってなんとか互角――やや不利めの――に持ち込んでいるのだ。
趙雲が切り込んでいる間に軍師二人は討ち取られてしまうであろう。
時間は賊に味方し、もはやこれまでか。
郭嘉と程立がこの場よりの撤退を検討し始めたとき。
「ヒャッハー!汚物は消毒だー!」
事態は新たな局面を迎えることになる。
◆◆◆
「ヒャッハー!汚物は消毒だー!」
響く剣戟の音、悲鳴。それらを察知した俺は即座に吶喊していた。
「義を見てせざるは、勇なき、なりってなあ!」
別に勇とか義が俺にあるとは思わんがね。
それにしたって賊は俺の敵だ。敵なのだ。
俺の戦意に烈風は見事に応えてくれる。
「オラオラオラオラオラー!」
蹂躙の一言である。徒歩で騎馬に敵うと思うな。
その突進で賊を文字通り蹴散らし、切り捨てる。
「かたじけない!」
槍を振るっていた美少女が声をかけてくる。
「俺、参上!
助太刀するぜ!」
馬の足を止めずに隊商周りの賊を蹴散らす。ほんとなら賊将を討てればいいんだがどいつがそれかってわかんねえし。
「右翼に向かってください!そこに賊将がいます!」
眼鏡の、これまた美少女が俺に叫ぶ。あっち?マジで?馬上から見てもよく分からんのだけんども。
ま、男は度胸。やってみるさ!
「死ぬぜぇ、俺を見たやつはみんな死んじまうぞーー!」
蹴散らし、迫る。
が、どいつが頭だ?わかんねえ。マジわかんない。
「左斜め前、髭の生えた大男です!」
「応よ!」
俺の惑いに応えるように声が響き……あいつか!
あいつでいいんだよね?
「成敗!」
◆◆◆
指揮系統を失ったら後は殲滅あるのみ、である。
「オラオラ!死にたい奴から前に出ろ!」
結構討ち漏らしたがまあいいや。
軽く追撃した後に商隊に戻る。
それなりに被害はあったようだがそこに悲壮な空気はなく、被害が抑えられたことを感じさせる。
いや、よかったよかった。
「だいじょぶー?」
「ええ、貴方のおかげですね」
「まあそれほどでもあるとも」
つってもね、この子たちの尽力あってのことってのは流石の俺にも分かる。
「よろしければここからご一緒できませんか~?
けが人も出ましたので、お兄さんがいてくれたら心強いのですが~」
「まあ、別にいいけど」
急ぐ旅でもないしね!
旅は道連れ世は情けってね!
かくして最寄りの宿場町に隊商を送り届けることになった。俺一人加わったところでそこまで戦力に変化はないと思ったりもするのだが、騎兵があるのとないのとでは大違いだそうで。
◆◆◆
「かんぱーい!」
で、俺は美少女三人と祝杯を。やっほい。
「いや、助かりましたぞ。それがし一人では流石に防ぎきれぬところでした」
「あ、そう?いやー、照れるなあ」
蒼い髪の美少女が俺に酌をしてくれる。密着してくる身体の柔らかさよ。
「さて、危機を救っていただきましたが名乗りが遅れました。
私は戯志才、と名乗っています」
うわあ。名乗っていますって、偽名だって明言してるよね。でも、キリ、とした表情がとってもイイネ!クールビューティーってやつだな。
「あー、そうね。二郎って呼んでくれ」
まあ、こんな場末で紀霊つってもあれだしねえ。
素性名乗っても胡散臭さがすごいだろうからなあ。
「くふ、よろしくです。程立と申します。風と呼んでくださいね~。
こちらは宝譿です~」
「おう、兄ちゃん、よろしくな!」
こいつ……喋る、ぞ……?
「お、おう。よろしくな。風、宝譿」
うろたえない!ダイヤモンドは砕けない!
「いや、あの時は助かった。いや、あの時は助かった。恩人に真名を預けないわけにもいかんだろうな。
趙雲と申す。星と読んでくだされ」
「え」
まままま、まだあわわわわわてる時間じゃない。
落ち着け!こういう時は素数を数えるんだ!2.4.6.8.10……!
「な!いきなり真名を預けるというのですか!」
戯志才ちゃんが驚愕の声を上げる。俺もびっくりだよ。真名ってそんな軽いもんだっけか。
「くふ、稟ちゃんがそうじゃなくて風は安心したのですよ。
二郎さん争奪戦の相手が星ちゃんに絞られましたし~」
「ふむ、友誼があるとはいえ、座して譲る気はないぞ?」
俺が置いてけぼりな件について。も、もしやこれがモテ期という奴なのか?
ってんなわけねーーよ!
「おう、兄ちゃん!別に真名を預かったからって気にするこたあないぜ。
こっちの二人が好きでやったことだからよう。
ま、笑納するのが大人ってこったね」
「宝譿が言うならそれでいいけどさ」
なんだかなあ、である。
「それはいいとして、二郎さんはこの後どうするのですか~?」
「俺?んー、襄平に向かおうと思ってるんだけどね」
白蓮の陣中見舞いである。魯粛や韓浩も久々だし、そろそろどっちかは南皮に呼び戻さんとね。
まあ、白蓮の施政の成果を目で見たいってのもあるし。
「おお、それは奇遇ですねえ。風たちも襄平に向かうつもりだったのですよ~。
よろしければご一緒しませんか?」
「ん?別にいいけど」
袖振り合うも多生の縁、である。それがこんな美少女達ならばなおさら。
星とか気になるしな!
「ですが二郎殿は馬をお持ちでしょう。大きく速度を減じてしまいますが?」
戯志才ちゃんが淡々と問いかける。これは圧迫面接より迫力がありますね。
「ま、徒歩の旅もたまにはいいやね。急ぐ旅じゃないしね」
俺の言に三者三様な表情を浮かべる。
つっても読めないけどね!星がニヤニヤしてるくらいよ、俺に分かるのって!
ま、その場はそれ以上深い話もなく、馬鹿トーク(俺が一方的に馬鹿)で終わった。
一足先に失礼したのは単に眠かったから。
早寝早起きが健康のコツです!




