凡人と五斗米道
「必察!必治癒!
はああああああ!」
さてみなさんこんばんわ。二郎です。
俺の目の前で赤髪を逆立てて金色のオーラに包まれたイケメンが叫んでます。えらい気合で。
必殺、必中ってなんぞ。
あれか、病魔に必殺で必中ってことか。
つーか光り輝く針がなんかこう、あれだ。
俺の知ってる鍼となんか違う。なにこのコレジャナイ感。などと思っていたらさらに叫びが響き渡る。めっちゃいい声である。
「元・気・に・な・れ・ええええええええ!」
オイオイオイ。
「よし、これで大丈夫。
頑張ったな」
にこやかに患者の少女に微笑むイケメン。
何がすごいってこいつの名前がすごい。
華佗、って知ってるかい?三国志演義でなんか高名なお医者さんだ。
曹操の頭痛を取り除いたとか、麻酔使って外科手術したとかそんなお人だ。お正月に飲むお屠蘇なんかも華佗が由来と言われてるな。病魔を払い魂がうんたらかんたらとか。
「紀霊!待たせたな」
それが爽やかに笑いかけるイケメンだなんて。
どうせなら妖艶な女医さんがよかったよ。胸部装甲も分厚い感じの!
「紀霊?どうした?」
白い歯がキラリと光る。沮授がクールなイケメンならこいつは暑苦しいイケメンだ。
「や、なんでもない。しかし、なんちゅうか、凄いな」
「うむ、修行の成果だ」
「五斗米道……恐るべしだな」
「違う!ゴッド!ヴェイドゥだ!」
その違い、俺にはさっぱりわかんねえよ!
まあ、凪とかに気のあれこれを見せてもらってたからそういうこともあるのかなあと納得している俺なのですが、疑問はある。
「しかしまあなんですねえ。
何で光るの?」
とりあえず聞いてみよう。
あれ光ってたよ。間違いなく光ってたよ。
人って蛍とかヒカリゴケみたいに光る機関なかったと思うの。凪だって光ってなかったの。
「うむ!修行の成果だ!」
「修行の一言で済ませるな!わかんねえよ!」
思わず全力で突っ込んでしまう。
お前の保持するミトコンドリアは熱だけでなく光さえ生成するのか?
でもそれって人類やめてなくね?
「むう、そうだな。一言で言うと、明鏡止水、というやつだな」
「はい、まとめすぎてさっぱり分かりません」
「虚心坦懐、風光霽月、心頭滅却。なに、表現は色々あるがな。
要は、一切の邪念を失くし、集中するということさ」
「分かるような分からんような……」
いや、言葉の上では分かるよ?分かるよ?
でも、人って集中したら光るんか?お前は蛍の化身か?
それとも太陽の子か?その時ふしぎなことがおこってしまうんか?
「まあ、考えるもんじゃないからな。そのうち感じ取れるさ」
どこのジェダイだ。暗黒面に墜ちてコーホー言うぞオラァ。
……まあ、詠ちゃんと別れて漢中を目指す道中も色々あったのよ。
山賊団を壊滅させたり、幽霊騒ぎでぼろもうけしようとしてた悪徳商人とそれを利用していた県令を誅滅したり。
拾った汚い餓鬼が実はどこぞのVIPの令嬢だったり。
そんなあれこれの中で疫病はびこる村落。そこでこいつ……華佗と出会ったわけよ。
何でも、意外にも漢中に本拠を置く五斗米道に所属してるらしく、同道することにしたわけだ。
まあ、道中でさらにあれこれ巻き込まれたのもいい思い出だ。いい思い出だ。いい思い出になってくれるはずだ。
今は漢中まであと二日、といったところらしい。いやあ、水先案内人がいると旅って楽ですね。
いや、地図って最高機密だからさ。領内以外で入手できたやつは割とざっくりしてるからなあ。
赤い街道を広めなきゃと決意する俺なのであるが、とりあえずは抱いた疑問をぶつけてやろうそうしよう。
「しかし。ゴッド!ヴェイドウ! の人らって華佗みたいにぴかぴか光るん?」
「うん?そんなわけないだろう」
「あ、光らないんだ」
なんとなく安心してしまう。
「一体何だと思ってるんだ。
あくまで、世の為人の為、医をもって尽くしているだけだぞ?」
「まあ、ひとまずはそれで納得するさ」
さてはて。
一応、華佗はゴッドヴェイドウの中でもそれなりの地位にあるらしい。
指導者である張魯への面会もどうやらなんとかしてくれるようだ。つか、そこは普通に張魯なのかよと思った。いや、ここでなんか知らない人が出てきても困るのであるが。
閑話休題。
なんつーか、治療の場面と無駄に暑苦しいとこを除けば、間違いなく好漢なんだよね。
無駄に暑苦しいしよく叫ぶけど。
◆◆◆
さて、五斗米道とは何ぞや。俺の微妙な知識ではなんかこう、おとなしい宗教団体というイメージがあった。
黄巾もまた宗教組織だけどあいつら叛乱したよね。
でも五斗米道は漢中で平和に暮らしていたというイメージ。
でまあ、実際を知ると、何と言うか、医療組織というか国境のない医師団というか。五斗米道の名前を冠するに至った、「報酬米五斗」というのが先行しているみたいだな。
むしろ、医療報酬の方がお金かかったりするみたい。まあ、医療ってお金かかるからなあ。
いや、俺は医療知識とかないからなんとも言えないのだけんども。
以上現実逃避でした。
さて。俺の目の前には五斗米道のトップの張魯さんがいたりします。
華佗の人脈半端ない。半端ない。ありがとう。
「で、私に何の用だね。これでも忙しい身なのだが」
それでも会ってくれたことに感謝ではある。
だがここからは公務。
「督郵の紀霊だ。漢朝の枠からはみ出している五斗米道という集団の監査に来た」
上から目線全開である。なにせ督郵にはそこまでの権限があるのだからして。
ぶっちゃけ俺が奏じれば討伐も可能ではある。
どっちかというと職責よりも人脈によるところが大きいけどな!
「ふむ、漢朝の枠に収まってはいないが、叛くつもりなどない。
……私は、私たちはただただ、目の前の患者を救いたいだけなのだが」
隠しきれない苛立ちを含ませて張魯は言い募る。
だが待ってほしい。政権にとって、自らの管理下を離れた集団なぞ粛清の対象なのだ。
いわんや、そいつらが武力を持っているのであれば。
「じゃ、なんで兵を蓄える?」
「患者を守るためだ!確かに我らは貴君の言う通り漢朝の枠外だ。ならば自衛するしかあるまい!」
怒気を含ませて張魯はきっぱりと告げる。
でもまあ、中央からすると兵を蓄えるというのは、まずいのよね。
だからまあ、こうなるわけで。
「まあ、そうなるよね。
じゃあ、枠内に入る気はあるのかな?」
「どういうことだ?」
訝しげな言葉を半ば遮るように俺は言う。
「漢中の太守となり、漢朝の柱石となれ、と言っている」
「……。……な、なんと。本気か?」
いっそ正気か?と聞きたいんだろうけどね。
まあ、こっちきて本当に領土欲とか権力欲とかないっての分かったし。
だったら組み込むしかないじゃない!
「ま、その方が色々と上手く回るのさ。
実際、損はないと思うけどね」
俺の言に目を白黒させながら、張魯は唸る。
「……と言うか、私を太守にという発想がありえないと思うのだが。
これまで政とは無縁であったしな」
「それはまあ、今後ぼちぼちやってけばいいし、もちろん補佐する人材は派遣するよ」
猫の首にはきちんと鈴を付けるべきなのである。そして、ここの地域で組織をきちんと運営してたのは実績になるからね。がんばれー。
「……なるほどな。我らを取り込むか」
「別に五斗米道のやってることに口出しする気はないし。
むしろ、その蓄積しているものを共有化してほしいくらいだって」
「ふむ……。前向きに検討しよう」
考え込む張魯をその場に残して室を後にする。ひとまず漢中はある程度安定しそうだ。
こんな要衝が独立勢力に治められるとかありえんし。医療知識とか垂涎だし気とかすげえし。
怪しい宗教組織って感じでもないし、いやあ、よかったよかった。
軽く伸びをして宿に向かう。
華佗とももちっときっちりお話ししたいしね。
◆◆◆
残念ながらしばらく華佗は捕まらなかった。
どうも本当に多忙なようで、あちこち飛び回っているらしい。
あいつのことだから本当に飛んでても納得してしまいそうだ。舞空術みたいな。あれはなんだ?鳥か?飛頭蛮か?
まあ冗談はさておき、漢中が漢朝の枠内にないというのはまずいのだ。涼州、益州、そしてそれらと長安を結ぶ要衝なのである。
ここがフリー都市のままだと、どっかの勢力に攻められてもいまいち手の出しようがない。
万が一群雄割拠になった時にここが敵対勢力に占拠されたら厄介極まりないのだ。
正直張魯を太守にってのは俺の独断もいいとこだけど、麗羽様や何進も別に反対はしないだろう。
つーか、ここ漢中、五斗米道はさっさと確保すべき。
張魯もなんというか馬騰さんを思わせる器の大きさというか、なんか安心感があるというか。人物的に信用できる。と思う。
でもまあ、ね。そこらへんの政治周りの話もあるのだが、それだけではない。
この漢中の雰囲気を見たらこう、ほっとけないのよね。肩入れしちゃう。
基本病人とその周辺を養う街なんだけど、こう、ね。
ホスピタリティというか、基本善意で回ってるなあというのをひしひしと感じるわけで。
武力接収だってできるけど、穏便にいけたらいいなあ、と。
うーん。
もっと、こう、ストイックにいかんとあかんのかね。
俺ってやっぱり甘っちょろいのかねえ。でもさ、ここ漢中の雰囲気が嫌いじゃないのだ。
できるならば、このままにあってほしいなあ。なんてのは。やっぱり甘っちょろいのかなあ。華琳ならば笑って接収するだろうなあと思ったり。麗羽様はそんなことしないと知ってるが。うむ。
ま、それはそれとして張魯からの呼び出しである。
さてはて、どうなることやら。




