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黄色い不穏


 さて。見守られている幼女たちはまた、とてとてと移動を再開する。

 屋台の大して美味しくない食べ物ですら袁術にとっては好奇の対象であり、未知との遭遇であった。


「うむ、なんというか、残念な味じゃのう……。

 塩味が効きすぎておるわ……」


 店から離れたところでこそっと感想を述べる。

 幾度か正直な感想を店主の目の前で漏らして怒鳴られ、彼女にも思うところがあったようだ。


「んー、でもお塩をふんだんに使ってるって良心的ですよ?

 こういうとこではお塩なんて入れないお店の方が多いですから」


 塩というのは戦略物資として官が専売をしている。そのため価格も高騰しやすい。

 といって生きていく上で必須の物資であるため、味が濃いというのはそれだけで評価されるのである。


「ま、こっちの味なんてない汁物と合わせたらまあまあいけるかな?

 ついでにあの串焼き食べようよ!」


 孫尚香は特に不満を感じることもなく次々と買い食いを楽しむ。いや、もちろん袁術も楽しんではいるのだが。

 そんな彼女らを苦笑しながら典韋が見守るのが三人の関係であった。


「わ、すごい、にぎやか……」


 呟く典韋の視線の先には様々な芸人がその業を見せるエリアが広がっている。

 どうやら区画が変わったらしい。歌舞楽曲が入り乱れ、なんとも混沌とした雰囲気である。

 それすら、いやだからこそ彼女らは楽しげに出し物を冷やかして回る。


「ふうーん、それなりだけど、これなら美羽の方が断然上手だよねー」

「そ、そうかや……?」

「ぜったいだって!美羽ってばすっごく歌上手いもん!」

「そうかや!もっと誉めてたも!

 じゃがの、シャオの舞踊も負けてはおらんぞ、のう流琉よ」

「ひゃい?!も、もちろんです。お二方はほんとにお上手と思います」


 急に話を振られて慌てる典韋だがその言は本音である。

 袁術が戯れに歌う声は美しく優雅に響き。孫尚香がそれに合わせて舞う姿は正に天上の芸術。

 特に芸のない身としては一生懸命に拍手するのみである。

 賞賛の語彙の少ない自らが悔しいほどに彼女らは芸事の神に愛されていた。


 と。


「ほ!ほわー!」


 一際大きな歓声が聞こえる。

 あれほどに大きな歓声を受ける芸人など滅多にいない。


「ほう、なんぞ騒がしいのう。あちらに行ってみんかえ?」


 袁術が視線を向ける。


「美羽、駄目だよ、あっちはよくない。きっと、ううん、絶対によくない」


 きっぱりとした声で孫尚香が否、と応える。

 彼女が袁術の言にこうまで言うのは珍しい。


「ふむ……そうかや?ま、シャオの勘は馬鹿にできないからのう。

 よかろ、あっちも面白そうじゃ。波斯ペルシャの音色が聞こえるしの。滅多に聞けんし、あちらならいいかや?」

「うん!シャオ波斯の人って初めて!」


 向かう方向を変え幼女たちは歩を進める。

 彼女らは知ることもない。ある意味これが外史の転換点ターニングポイントの一つであったなど。


 そして彼女らが進もうとしていた方向からは変わらず奇声が響いていた。


「うん、今日も大入りだったね!

 流石私たち!いい感じ!」

「姉さん浮かれすぎ。まだまだ理想には遠い。

 まだまだ、もっとできるはず」

「ごめんね、ちぃ、足引っ張ってるよね。

 次はもっと頑張るから……」


 疲れ切った表情で張宝が漏らす。


「そんなことないよ?おねーちゃん今日も楽しかったもん。

 あんなにお客さんが私たちに声援してくれたんだよ?」

「そうよ。これまででは考えられなかった。

 確かに向上の余地がある。でもそれはもっとたくさんのお客さんを虜にできるという意味。

 だからこそ休息はきっちり取ってほしい」


 姉妹の言葉に張宝は思わず漏れる涙を隠す。


「うん、ちょっと休んだら大丈夫。夕方の舞台には回復するから……」


 そう言って意識を手放す。


「うーん。よくないなあ。ご飯くらいはきちんと食べないと……」

「そうね。ここで姉さんが、ううん、私たちの誰か一人でも倒れたらこれまでの積み上げが瓦解する。

 だったら、夕方の舞台は取りやめた方がいいかもしれない」

「え?でもみんな私たちの舞台を楽しみにしてくれてるんだよ?」

「それは分かってる。でも中途半端なものを見せるくらいなら、きちんと休息を取った方がいいと思う」


 張梁の言葉に張角は黙り込む。彼女とて分かっているのだ。彼女らの人気は張梁の演出に……妖術によるところが大きい。

 ここ南皮の見世物小屋で、或いは劇場での演出は彼女らにとって衝撃であった。旅の空で彼女らに突き付けられた課題、あるいは飛躍のための足掛かり。

  それがそこにはあった。だが、彼女らに南皮の……照明や音響を考えられた劇場でその芸を披露するだけの人脈などなく。

 自然、張梁の妖術……さらには太平要術の書に頼ること大であったのである。


 だが、それでも。

 それでも日毎に、日を追うごとに彼女らの支持者は増えている。

 或いはこの人気と資金力をもってすればあの、南皮の劇場……漢帝国の誇る劇場に立つことも視野に入るのである。

 しかし、それでは報われない。


 彼女らの芸に見向きもしなかった士大夫などに見せるためにどうして苦労せねばならないのか。

 彼女らをここで応援してくれている人たちのために彼女らの芸はあるのだ。きっと。

 苦しい生活のであっても欠かさず駆けつけてくれる彼らのために。


「よろしいのではないですかな?」


 葛藤する彼女らに声がかけられる。

 彼女らの相談に乗ってくれる頼もしい声……。


「波才さん!どうでした?」

「無論、最高でございましたよ……。

 嗚呼、貴女たちこそ聖処女ラピュセルの名に相応しい……。

 この波才め、感服いたしました。しました、とも。

 そして愚考いたします。します。ここは安らかにした方がいいか……と……」


 ギョロ目の男……波才が恭しく跪く。

 波斯ペルシャより至ったというこの男との出会いは間違いなく彼女らの運命を変えた。

 時折波斯の言葉で訳の分からないことを呟くが、それ以上に益が大きかった。


 では、張宝様はわたくしめが介抱いたしましょう。

 お二方につきましても、くれぐれも、ご無理などされぬよう……。


「相変わらず、不気味」

「駄目だよ、波才さんのお蔭で助かってるんだから!」


 実際、彼女らは助かっているのである。実務面。収入、支出、上納金。将来への投資。

 いずれは専用の劇場を持つという夢に向かうにあたり、彼は大いに役立っている。

 更には波斯よりの、秘伝の妖術すら伝授しているのだ。


「うん……。そう、だよね?そうだよね!」

「そうよ姉さん。あの男を見返せるくらいにならないと」


 旅先で彼女らに適切ながらも辛辣は意見を述べたあの男。彼奴を跪かせるくらいになろう!


 彼女らの熱意。そしてそれを実現できる才能。後押しする奇才。

 どれが欠けても。どれかが欠けてさえいればあるいは歴史は変わっていたろうか。

 だが、奔流はここ南皮を起点とするのである。

 外史幕開けの序章。それがここにはあった。

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