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はわわとあわわ:すれちがい

加筆して再投稿となっております。再読いただければ幸いです。

「ま、くつろいでくれ。茶くらいは淹れよう」


 二人が案内されたのは見廻り組の屯所だった。

 ひょっとしたらどこか馬鹿高いぼったくりの店に連れ込まれることすら想定していたのであるが。


「ね、雛里ちゃん、ひょっとして楽進さんって」

「うん、朱里ちゃん。すごくいい人なのかもしれないね……」


 こそこそと話し合う二人の前に湯呑が置かれる。


「ま、粗茶だがな」


 そして。


「はわわ……?」


 置かれたのは茶だけではなかった。

 皿に盛られた料理……。どうやら炊いた米の上に餡を絡めた具材をかけた料理が供される。


「お昼もまだだったんだろ?ま、賄いだから味には期待しないでほしいかな」


 にこり、と楽進は笑う。

 そして自分の眼前の料理を食べていく。

 その所作につられて、二人は料理を口にして。


「はわ、なにこれ……」

「あわわ……お、美味しい……」


 感嘆の声の後は無言。咀嚼し嚥下する音のみが響く。


「はわわ……ご馳走様でした……」

「あわ……とっても美味しかったです」

「お粗末様。おかわりはいいか?」

「はわ……おなかいっぱいです……。ほんと美味しかったです」

「あわ……本当に美味しかったです……」


 その声に楽進は頬を染める。


「そう言われると嬉しいものだな。そんなに手間はかけてないんだが」

「あ。ひょっとして楽進さんが……?」


 こくり、と照れくさそうに頷く。


「その、なんだ。部下や同僚たちは何も文句言わないからな?

 できれば改善点とか、要望とかあったら言ってほしい……」


 頬を染め、ちらり、とこちらを見る姿はとても恋する乙女で。

 ああ、きっとこの人はそれを伝えられないのだな、と。


「はわわ……。では、お礼に。

 貴女がお弁当を渡す方の中で一番失望されたくない方。

 その方にお弁当の批評をお願いするのです」


 その言葉に目に見えて楽進は狼狽する。そんなことがお願いできるものなのか、と。


「はわ……。食事は兵の士気に直結します。

 で。あるならば、より多くの人の、より信頼できる人の言葉を聞くのは当然ですよね。

 貴女が大事に思うその方はきっと誠実に、忌憚のない意見をくれると思います。

 さすれば、その方との接点や打ち合わせの機会も否応なく増えるかと……」

「な、なるほど。打ち合わせは大事だな。うん。大事だ」


 くす、と諸葛亮は笑う。

 なるほど、道理は通用するのであるのだな、と。ちら、と鳳統に目をやると同様の感想。

 そして。


「私たちが南皮にいる間はいつだってご相談に乗ります!

 私たちも応援したいな、って思ってるんです。

 ですから、長期逗留で楽進さんが出入りしても問題のない宿を紹介してくれたらな、って」


 その言葉に楽進は頷く。


「うむ、では参ろうか」

「はい!」


 朗らかな笑みを張り付けながらも二人はこの上なく、そう。満足であった。

 だって、こんなにも話せば分かるのだから。


◆◆◆


「ふむ、世のためにその智を役立てたい……」


 楽進は宿に案内する二人の幼女の話に感服していた。感動していた。

 思えば、自分が村を出て旅路に流離さすらった理由はとてもそのようなものではなかった。


「はは、立派なものだな。私が君らくらいの年には食べることしか考えていなかったよ」


 故郷の寒村を思い出して自嘲気味に苦笑する。いやはや、なんとも浅ましいことであったと。

 だがまあ、そのおかげで現在の自分があるのだ、と思い直す。

 あの人に会えたのだ、と。

 賢明にも楽進はそこで思索を打ち切る。それ以上は頬が上気してしまうであろうからに。


「はわ……。いつかご一緒できれば、と思います……」


 諸葛亮の言は本音である。出会ってそれほど時は経っていない。が、楽進という人物の善良さ、生真面目さ。何より有能さには疑う余地はない。

 彼女のような誠実な人材が配下にいたらどれだけのことができるだろうか、と夢想する。


「む、そうだな。私としても心強い」


 本心から楽進は言う。この幼女たちの利発さと言ったら。

 だが、自分の口利きでは彼女らを相応しい地位に押しやれないであろう。所詮自分は流れ者である。

 名門袁家においてはその地位は低く、繋がりを持つあの人は旅の空だ。


「あわ……」


 楽進の誠実さは彼女らにも伝わってはいるのである。だが、所詮袁家の配下。相容れない。


 権勢を誇る袁家。

 彼女らから見て、袁家という名門はその身を肥大化させているように思われるのである。

 なれば精々、有効活用して、搾り尽くすべきであろう。


 だが、と思う。

 このように善良な人材は掬い上げて用いるべきである。

 思えば袁家の隆盛はその人材によってもたらされているはずだ。で、あるならば。


 駑馬にも使い道はあるはずである。


◆◆◆


「あわ……、昼間から凄い人だよ……」

「はわ……。これはすごいね……」


 彼女らが迷い込んだのはけして上品とは言えない街角。そこは昼間からにぎわっている。酒を呑み、笑い、争い、燻っている。

 それはまさに背徳の光景であったろう。


 そこは流民さえもが集まる掃き溜め。本来彼女らのような存在は足を踏み入れないような場所である。

日雇いの仕事に身をやつし、その日暮らし。決して勤勉でない彼らは恐怖と利により管理されている。そこには袁家の政策の問題点が内包されてはいる。

 が、進んだ第二次産業、第三次産業が彼らの雇用の受け皿となってはいるのである。

 そこには人への諦観と希望、あるいは絶望が共存してある。


「どうせもう、土地を耕すことなんて考えてないだろうさ」


 かつて苦笑した声。彼は人というものをとことん信じていなのかもしれない。人は楽を覚えたら戻れないのだ。

 だから、この街は雇用と食糧と娯楽を供給するのである。


 ただまあ、そのような思いとは関係なく人の日常は流れていく。

 その賑わいは二人をして戸惑わせるものですらあった。


「はわわ……」

「あわわ……」


 そんな彼女らの後ろを同じような年恰好をした幼女たちが通り過ぎる。


「あっちあっち!あっちに美味しそうな屋台が出てたんだよ!」

「シャオ!そのように急がんでも屋台は逃げんじゃろ?」

「お二人とももう少し落ち着いてくださいってば!」


 身なりこそ粗末ではあるが、内包された輝きは隠しようもない。


「美羽!流琉!もう!そんなにのんびりしてたら日が暮れちゃうよー!」

「何を言う。急いては事をし損じる。いいから少しは落ち着いてたも」

「あの、ここらへんは危ないですからもうちょっと、大人しくしましょうよ……」


 三人寄れば姦しいのか文殊の知恵か。

 二人連れの幼女たちに興味を覚えることもなく、三人は笑い合う。

 その笑みには翳りなど微塵もなく、陰鬱であった少女たちと対照的で。


 彼女らの笑顔には夢と希望と、何より明るい明日が感じられた。


「次あっち!あっち行こう!」

「うむ、シャオの勘は適当じゃが妙に当たるからの。なんぞ面白いものが見れるかもしらん」

「えー、あっちはお勧めしないですよ?」


 わいのわいのと姦しく歩を進める三人。

 うち二人はここ南皮でも有数の重要人物である。

 それがこのような流民すらがたむろする地域に遊びにこれたのには典韋の存在が大きい。

 何せ彼女と武でまともに張り合えるのは袁家を見ても五指に満たないのだからして。

 典韋がいる、ということを聞いたからこそ陸遜はGOサインを出したくらいである。


「あ、あれかわいい!ねえ、美羽、あれいいよね!」

「む?おお。これは中々……」

「もう、お二人とも、無駄遣いは駄目ですよ?」


 それでもちら、と小物に視線をやりながら典韋が自制を呼びかける。


「流琉よ、それは違うのじゃ。妾がお金を使うことによって領民が潤うのじゃ。

 さらにそれによってぜいしゅうがぞうかするのじゃ」


 えへんとばかりに胸を張る。


「……美羽、それあんまりわかってないでしょ。

 でも、お金を使ったら領民が潤うってのはいいよね!

 よし!今度おねいちゃんにそう言ってみようっと!」


 にしし、と笑う孫尚香はそれでも周囲の警戒を緩めない。

 ……彼女はこの上なく自分たちの価値を理解している。故に不埒者が彼女らを狙うことも想定している。

その際には自分が囮になっている間に典韋が袁術を抱えて脱出するであろう。

 なに、流民程度が相手であればなんとでもなる。仮に彼女の手に余る刺客が相手であった場合……。


 それでも構わない。いや、望むところである。

 権謀術数渦巻く袁家の中において袁術は何かの奇跡のように善良だ。きっとこの上なく自分のために心を痛めるであろう。


 なれば、孫家の安泰は保障されたようなものだ。周瑜、陸遜といった智謀の士が袁家の勝利を予見している。

 十常侍ごときでは相手にならぬ、と。

 もとよりこの身は人質。その身命の使いどころとしては最上と言えるであろう。双肩に背負うは孫家の運命。江南の安寧。


 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。


 小なりと言えど虎の娘はやはり虎であるのだ。


◆◆◆


「ああ、美羽様かわいいなあ……」


 現在の袁家ナンバー2たる袁術が無法地帯に近い地域を出歩く。当然身の安全には最大級の配慮がなされている。

 張家でも最上級の人材が惜しげもなく投下されているのは当然のこと。


「姉上、よろしいか」

「はいはいなんですか?」


 張家当主たる張勲、それに実行部隊を束ねる張郃までもが出張るなど本来はありえない。まあ、彼は如南での活動が多く、単に今回は偶然でしかないのだが。


「あの周泰という娘、相当できます」

「あら、そうですか。どれくらいです?」

「穏行ならば姉上を、個人戦闘においては私を凌ぐやもしれません」


 張郃の言葉にも張勲は慌てる素振りも見せない。


「流石は孫家と言ったところですか。侮れませんねえ」

「或いは、そう思わせるための手駒やもしれませんが」

「ま、いいでしょう。きっちりお仕事さえしてくれればとりあえずは問題ありませんし」


 孫家の三の姫。その護衛として周泰は張家の指揮下に収まっている。が、彼女の間者としての優秀さはこの上ない牽制となっていた。

 あるいは孫家がその気になれば当主の暗殺すら可能となるかもしれない。そんな危惧すら覚えるほどに周泰は傑出していた。


「よろしいので?」


 或いは排除すらやむを得ぬと張郃は思っていた。扱いきれぬ駒など不要。今の状況であれば周泰を殺すだけであればなんとでもなる。


「かまいませんよ。今は孫家より優先すべきことがありますし」

「は……」


 にこにこと自然な笑みのまま張勲はいくつか指示を出す。

 その笑みが張り付いたものなのか、心からの笑みなのか張郃にすら読み取ることはできなかった。


 そして思う。

 この姉の顔が歪むのを見たいと熱望する自分はどこか壊れているのであろう、と。



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