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凡人と万夫不当 その弐

「じゃあまあ、よろしくお願いしますっと」

「ん」


さて、目の前には飛将軍と異名を持つ呂布。つまり地上最強の生物がいる。

 日ごろは眠るか食べるかしかしていないという。それってまんま野生の肉食獣の生活サイクルだよね!なるほど、虎はなにもせんでも強いとか不変の真理であるよ。

 などと茶化すわけにもいかず、あれやこれやと調整してどうにかこの場を調えたのだ。

 三本勝負。そして特賞として俺に勝ったら食べ放題ということになった。恋の家族の食費もな!

 安いものだよ。実際ね。多分。俺がここにいる間限定だし。


「とはいえ、不埒なことはさせませんぞ!」

「しないってば」

「ふん、自分の胸に手を当てればいいのです」


 ぷんすかと怒気をあらわにしてるのは陳宮だ。だが彼女――もはや驚きもないけど彼女でございました――の言が何を意図しているのか。うん。詠ちゃんとのことがばれてるってことよね。


 まあいい。それは主眼じゃない。この世で最強であろう呂布。

 それに俺がどこまで通用するか。いやまあ、普通に考えたら手も足も出ないと思うんだけどね?


 内心ぼやきながら円を描く。

 土俵。

 その円環の中で俺は地上最強と向かい合う。


 いや、恋だから威圧感とかまったくないんだけどね?

 こんなんでもいざ実戦になったらどうしようもなく最強なんだろうなあ。


「じゃ、この円から出るか、膝より上が地面に触れたら負けな」

「ん」


 分かったのかどうなのか。

 とりあえず一本目だ。

 モンゴル相撲のように組んだ状況から開始する。


「くお!内股!からの内無双!」


 ちーん。


 小揺るぎもしないわ。普通に押し出されてしまったよ。技が通用しないよ!驚きのフィジカルである。

 ええい、次だ!


 さて、今回は外周にほど近いところに立つ。

 ええと、推進力は距離の四倍になる……だったかな?某技のデパートと異名を取った人が言ってた。


 まあ、それはいい。どうせ恋の筋力には敵わないというのは確定的に明らかなのは先ほど証明されてしまったのだぜ。

 だから次は……!


 全力で突進する。そしてぶつかり組み合う寸前。

 ぱしん!

 と猫騙しを決めつつ俺は恋の懐に潜り込み、タックルを決める。

 柔道で言う双手刈り。古代ローマからの伝統芸、俺の初見殺し。なにせタックルそのものが五輪競技で規制されるくらいに有効なのだ。普遍的に有効な技巧なのだ。だから。

 掴めた!

 と思ったら切りにくる。脚を伸ばしてその拘束を解こうとする。だが、離さない!


 タックルで地に這いつくばらせることができない。中々ない状況である。流石は恋だ。

 ならば、掴んだ上半身!膂力で持ち上げる!体勢バランスを崩して!


 ぐおん、という勢いで恋の足を掴んだ手を上にやるのだが……。


 驚くほど手ごたえがない。そして恋は自ら俺の上で、俺の肩に手をやり。見事な倒立をしていた。そして伸ばされた膝関節が折りたたまれて落下してきてこれはいけません……。


 ごちん。


 脳天に走る激痛に意識を手放しそうになる。

 くそう。猫だましからのタックルも無意味とは。


「じゃ、最後な」

「ん」


 彼女の勝ちは確定しているのだが、なんとも親切なことだ。だがまあ、その善意につけこむとしよう。


 三尖刀を大上段に構える。

 なんちゃって示現流。蜻蛉の構えだ。日々、練り上げたものだ。


 ぼーっとした恋を見据える。

 武神。そこにぶつけるのであれば俺の最高でないと。

 これがラストの一本。俺の全力全開。


「ちぇ、すとおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 叫びの瞬間に三尖刀を発動させて!

 これが俺の!ぜんぶ!

 既にこの一撃で恋が傷ついたらとか、もし殺してしまったらとかなんて思う暇もなく。

 無防備な恋の脳天に三尖刀を叩きつける!


 ド!と地響きで大地が揺れる。

 ひらり、と数本赤い髪が舞い散る。


「少し、びっくりした……」


 それは評価としてどうなのだろうなあ。


 へにゃり、と脱力してしまう。まあいいやね。無知の知と思おう。

 ここいらへんで幕引きかな……。


 と、思ったら吹き飛ばされてた。そういや勝敗はまだでした。

 こらあかんわ。

 あくまで無言の恋の表情は見えず。しゃあない。俺は頑張ったし収穫はあったぞっと。


 などと言い訳しながら……俺は意識を手放すのである。うぼあ。


※最大限やさしくしてくれたそうです(後日譚)。


 ひんやりとした感触。俺が目を覚ました時に感じたのはそれ。心地いい、それ。


「あら、気が付いたの?」

「詠ちゃん?」


 うう、頭がズキズキする。


「大丈夫?」


 あんまり大丈夫じゃないけど、命に別条はない。それくらいはわかる。

 しかし。


「ん。ここは?って俺は?」


 俺の問いに応えてくれるのも詠ちゃんである。そのいらえは随分と苦いものを含んだ笑みでもたらされたのであったのだが。


「恋との手合せで盛大に気を失ったのよ。

 ねねが慌てて知らせてくれてね」


 ふむ?


「まあ、普通に考えたら一大事よね。

 査察に来た督郵をこてんぱんにしちゃったんだから」

「ああ、そういう捉え方もあるか」


 そらそうか。道理で、あわただしく駆け回る文官たちの顔色が青いわけだ。


「ボク達に敵意を持つ勢力ならそれを利用してくるでしょうね。

 ただでさえ韓遂や十常侍に睨まれてるし。

 ねねが慌てたのもそのせいよ」


 なるほどねえ。


「個人的にはあれほどの強者と手合せできたのは僥倖だと思ってるけどね」


 いや、強いとか言うレベルじゃない。まさに次元が違うわ。

 この先生きのこるには、恋とガチでは矛を交えないってのが第一条件だね。


「まあ、二郎がそう言ってくれるならいいんだけどね」


 そう言いながら俺の頭に乗っかってる手拭いを落ちないように押さえてくれている


「あのさ。もしかして、詠ちゃんが看病してくれてたの?」

「ほ、ほっとくわけにもいかないでしょ!」


 何でか微妙に顔が赤い気がする。


「ありがとね」

「も、もう!いいのよ!いちいちそんなこと言わないでよね」

「へーい。

 でもさ、いいの?お仕事とか」


俺の言葉にきょとんとした顔をした後、くすりと笑みを漏らす。


「いいのよ。月とねねがあらかた引き継いだしね」

「なんで?」

「なんでって……。ボクが馬家に行くからじゃない」

「ああ、そういやそうだっけか」


 そりゃ仕事してたらあかんわな。

 ん?


「ひょっとして今ヒマなの?」

「怒るわよ」

「ごめんなさい。でもお腹すいたし、あれこれ誤魔化すために呑もうよ。呑もう」


 そういうことになった。


 なんだかんだいってずっと付き添ってくれてたっぽい詠ちゃんには感謝の俺である。

 つーか、美少女に看病されるとか、最高のシチュエーションだよね!

 などと思っていた俺に声がかけられる。


「よかった、大丈夫そうで……」


 可憐。

 この少女の印象を一言で語ろうとすればそれに尽きるであろう。

 俺を気遣う菫色の瞳は淡く濡れており、儚げなその所作は芸術品と言っていいと思う。

 憂いを帯びたそのかんばせは絵になるものであるが、俺は思う。

 こういう子にこそ笑顔でいてほしいってね。


「んー、だいじょぶだいじょぶ。

 ほら、月ちゃんも呑んで呑んで」

「へぅ……」


 頬を赤らめながらも、ちびちびと杯を舐める彼女はどうして董卓だってことだよ。これが董卓とかどういうことなのか、これが分からない。


「こら、二郎!月に無理やり飲まさないで!」

「いいの、詠ちゃん。無理なんてしてないから……」

「ああもう!二郎、ちょっと!聞いてるの!」


 いやあ、美少女たちがキャッキャウフフと戯れる図には癒されますなあ。眼福ごちそうさまである。

それはともかく。


「しかしまあ、なんだな。

 俺は月ちゃんにはごめんなさいしないといけないね」

「な、何を言うの?!」


 詠ちゃんがなんか混乱してるけどどうでもいいや。


「と、おっしゃいますと?」

「いや、詠ちゃんは翠のとこ行くじゃん。

 そのきっかけを作ったのは俺だからして」

「いえ。いいんです。私たち、馬騰様にはお世話になりましたから」


 ふむ。馬騰さんに取り立ててもらったんだっけか。

 詠ちゃんが翠に厳しいのもそこいらへんが関係してるのかな。


「そうなの?」

「はい。ほんと、感謝してるんです。

 太守という今だっていいのかな、って思うんです」

「いや、そりゃいいだろ。領内の民は歓迎してたしね。

 それに、逸材が集まってるじゃん」


 誰か一人ちょうだいよ!ってレベルだ。具体的には詠ちゃんをだな。

 万夫不当?扱いきれないからパス。扱いを間違えたら指先一つで俺はあぼんである。

 遠い目の俺の耳朶に尊い言葉が届く。届いた。


「ほんと、私には過ぎてるんだって思うんです」


 なんとも謙虚なことよ。

 だが、癖のある面子をまとめてるってのは、正直凄いことだと感嘆するのですよ。マジで。


「ちょっと、そこらへんでいいんじゃない?」


 ここで詠ちゃんのエントリーである。大丈夫。別に月ちゃんを口説こうとか思ってないから。ね。


「あら詠ちゃん。今まさに歓談のいいとこなのにどうしたのさ。

 この、話題が盛り上がる直前で口を挟む。その意図。

 これが分からない」


 じろり、と俺を見る目線には殺気すら込められてそうなもので、ドキドキしちゃう。


「あのね。ボクが二郎から聞いたのはね。月の勤務態度とか漢朝に対する忠誠とかを判断するための面談って聞いてたわよ?

 それがどう?ほっとんど雑談じゃないの!」


 雑談以外になにかあっただろうか。これが分からない。


「へぅ……。詠ちゃん、ダメだよう。そんな風に言っちゃあ」

「いいのよ、こいつにはこれくらい言わないと!

 ほらそこ!暢気にお酒飲まない!」


 えー。


「えー、じゃない!」


 はーい。


「月は行っていいわよ。こいつの相手してたら取り返しつかないことになるわ。

 間違いなくね」

「これ、俺って結構ひどいこと言われてるよね?」

「二郎は黙ってなさい」

「はい」


 くす、と笑って月ちゃんがこそ、と囁く。


「お邪魔したみたいですね?

 その。

 詠ちゃんをよろしくおねがいしますね?」

「うい」


 安請け合いしちゃったけど、まあよしとしよう。

 だってどっかのネコミミ軍師とか、ポニテ美少女よりはマシな扱いなのだからね。

 そして何より。


 ツン、と澄ました顔で。月ちゃんを気遣うあの子のことがほっとけないのだ。

 ちらり、とこちらを窺うその気遣いは表面上の言動でおおやけになることは少ないだろう。むしろないくらいのものだろう。


 そんな彼女を応援したい。その頑張りが報われてほしい。そのために何かできたらなあと思う。

まあ、なんだその。


 好きってことさ。


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