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凡人と、這い寄る陰謀

「アニキー、助かったよー。どうもアタイ、あの人苦手でさー」

「そうか?やることやってりゃ怖くないぞ?それにすこぶる美人さんだしな」


 火傷の痕も見慣れたらどってことないし。キツめの美人さん。ぶっちゃけものっそいタイプだったりするのである。


「アニキのそういうとこ、すごいと思うよ・・・」


俺と話し込んでるのは脳筋美少女こと猪々子である。報告書を提出しないといけないが、麹義のねーちゃんが苦手ということで付き添いを頼まれたのだ。まあ、俺も長弓のテスト結果と導入の稟議に行かないといけなかったからちょうどよかった。

 とーちゃんとは匈奴戦の戦友らしく、ちっちゃいころから可愛がってもらったから苦手意識とかないんだよな。猪々子も斗詩も微妙に怯えてるけんども。

 珍しく、びくびくした猪々子をからかいながら食堂に向かう。で、呼び止められる。


「ああ、紀霊殿。ここにいたのか。済まない、張紘が至急ということで呼んでる」


 俺に声をかけてきたのは、くすんだ赤毛を結い上げて――ポニテである――動きやすいからと言って男装をしている、ものっそい美人――キツメの――である赤楽だ。それにしても張紘が至急とは珍しい。商会に何かあったのだろうか。

 俺が張紘を責任者として立ち上げた商会はものすごい勢いで成長している。郷里から知り合いを呼んだらしく、人材面でも充実。重畳重畳。実際助かっているのだ。

 袁家の官僚機構は優秀だ。が、新規事業をいくつも立ち上げるほど余裕があるわけでもない。それを委託業務として実行することで、袁家の官僚団にそれほど負荷を与えず数々の事業に手を出すことができている。もちろん、利益も出しているけどな。そこいらへんの手腕は流石の一言。

 ほんと、張紘を登用できてよかったわーマジよかったわー。


「すまねえ二郎、呼び立てることになっちまった」


 そんな張紘が申し訳なさそうに語るだけで容易ならざる事態なのであろうと気を引き締める。


「問題ないさね。それよりどうした?」

「ちょっとおいらの手には余るかもしれない」


 張紘の手に余ることって、俺がどうしようもないと思うのですがそれは。そして張紘からの報告を聞いて俺は激昂する。


「くそったれ!」


 毒づく。だがそれはまだ現実逃避。そして、きやがったか。そんな焦燥感と納得が並列してなお危機感が俺を襲う。張紘ほどの傑物が俺に判断を仰ぐ事態。それを聞けば聞くほど俺は天を仰いだ。


「売り浴びせとかやってくれるじゃねえか畜生め・・・」


 400年という長期に繁栄してきた漢朝。それは貨幣経済を成熟させた。そして、近現代に通ずるほどの経済システムを作っていた。

 ・・・結論から言えば、俺の懸案事項とは農産物の価格の急落である。元々緩やかな価格の下落を目論んでいたから気づくのが遅れてしまった。価格が急落している地域は洛陽など中央に近い城邑である。

 つまり、物流の要所。で仕掛けてきてやがる。恐らく袁家領内で買い付けた物資を売り浴びせて価格の急落を誘っているんだろう。そうやって価格が下がれば、他に物資を保管している商家も狼狽売りをしてくる。ますます下がる価格。しまいにはタダ同然になる。で、その段になって回収していくのだろうて。

 洛陽を初めとする都市で適正価格で売れば莫大な利益になる。そしてめでたく袁家領内の農民は流民となり袁家の基盤にダメージを与えるってか。

 舐めやがって畜生。国土を荒らして何が政治だ。誰だか知らんが許さない。この俺をたった今敵に回したぞ畜生。絶対に許さん。

 だから、張紘にも徹底しろと言わずもがなの厳命である。


「買え。安く出回った農産物は全部買え。これまでの利潤を全て放出しても構わん」

「既にその方向で動いてる。追認ですまねえ」


 殊勝に頭を下げる張紘。だが、その五体は怒りに満ちている。飢えて、渇く。その苦しみを知っているからこそ、それを謀略に使うなど。虎の尾、逆鱗。


「むしろ感謝を。全力で頼む。お前が味方でよかったよ」


 がしり、とシェイクハンド!である。戸惑う張紘にニヤリ、と笑いかける。


「はは、二郎にそこまで言われちゃ、頑張るしかないや」


 ぽり、と照れ隠しに頬を掻く張紘に畳み掛ける。


「実際、張紘よ。お前みたいな英才と出会えて、こうして友誼を結べているのは奇跡みたいなもんさ」

「よせやい。実績もない、食い詰め浪人を拾ってくれたのは二郎だ。おいらはその恩義を忘れるほどに薄情じゃないさ。

 いや、そうじゃないな。確かに恩義はあるけどな。

 おいらは二郎、お前のために頑張りたいって思ってるんだぞ?」


 ――不意打ちにもほどがある。張紘ほどの俊才にそんなことを言われて浮足立たない奴がいるものか!


「お、俺だって!」


 友誼に応えたい。そして、できることならば張紘の出身地の復興事業だって手がけたい。だって、だって、さ。


 「友達だものな。いや、君たちのやり取りは見ていてこう、清々しいんだけど恥ずかしいなあ」


 げし、と張紘と俺を蹴りながら赤楽さんがそんなことを言ってくる。


「なに、江南が地獄絵図だったというのは確かさ。援助はありがたくいただくとも。きちんと活用させてもらうとも」


 なにせ、私も行き倒れていたのだからな、と笑う赤楽さん。何か言おうと思ったけど、それ、コメントに困るのですが。


「ま、まあ商会と紀家だけじゃ手におえない可能性が高い。沮授も巻き込もう」

「そうだな」



 舞台は沮授の執務室に移る。オブザーバーは張紘である。内向きの仕事をするにはこれ、三国志でも最強クラスの面子だぜ。俺を除けばな!


「おやおや、血走った目をして、どうしたんです?」

「うっせー非常事態だ力を貸せ」


 沮授のいつもの余裕のある台詞で若干気持ちが落ち着く。狙ってやってるんだろうが、有効だ。ほんと頼りになることこの上ない。なので全力で頼ってやんよ。


「概要はお聞きしました。これは厄介ですね」

「おう、通常の商取引の形を崩してない。介入しにくいったらねえよ」

「袁家が大規模に介入すれば、政敵に付け入る隙を与えてしまいますね」

「くっそ、そうなんだよ。だが放置もできん」

「困ったものです」


 頼みの綱の沮授でも咄嗟にはいい手が浮かばないか。言い訳でもいい。物資を大量に買い集める言い訳・・・。

 を。あれならどうだ・・・?


「沮授よ」

「はい、なんですか?」

「今年の麗羽様の誕生お祝いは盛大にしないと・・・な・・・?」


 得心したのであろう。さわやかなスマイルを浮かべながら、やれやれ、と苦笑する。器用だなおい。


「おやおや、僕としたことがすっかり忘れていましたよ」

「ちょっとー沮授君ってば大丈夫ー?」


 麗羽様の誕生のお祝い。それは常であっても盛大にお祝いされていたのだが、今回はその規模を拡大する。どうせなんだから派手にぶわーっとやっちゃおう。袁家領内の主要都市でお祭りを開催しようというのが俺のプランである。

 やられっぱなしは性に合わないからな!


 官僚たちを集め、矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。そして沮授と打ち合わせ。やることを整理する。


「やることは大きく分けて二つだ」


 俺の言葉に沮授は頷き、応える。


「売り浴びせによる相場の暴落を防ぐための買い支えをすること。

 そして実際に袁紹様の誕生祝いの催しを華々しくする、ということですか」


 そう、シンプルなのだ、やることはね。達成が容易とは限らないんだけんども。


「そうだ。表立っては後者のための前者だが実際は逆だ」

「ええ、手段と目的が入れ替わっていますね。そしてそれを外部に悟られるのは避けたい、と」


 過不足なく沮授は俺の言いたいことを察してくれる。なにこのチートキャラ。


「ああ、仕手戦が表面化すると参加者が増えかねない。負けるとは言わんが不確定要因は増やしたくない」

「気づく人も、いるでしょうしね」

「それが分かる奴には袁家が本気であることも分かるだろうさ。安易に手を出してはこない。はずだ」

「出してきたら?」


 くすり、と笑う沮授はきっと俺の答えを知っているはずだ。


「――叩き潰す。完膚なきまでに。袁家に手を出すとどうなるか、野次馬含めて見せ付けてやるのさ」


 くすりと笑みを漏らし、沮授はにこやかに嘯く。


「いやいや、これは怖いですね。二郎君を敵には回したくないものです」

「俺の台詞だっつうの」


 軽口を叩きながら物流の計画を立てていく。動員する人員、予算、責任者。大筋を決め、ふと気づく。


「いかん、肝心の麗羽様誕生祝賀会の企画内容に手が回らん。つーか、こんな莫大な予算、どう使うんだ」

「さて、僕は言われたことしかできませんので」


 ここまでだんまりの張紘を見る。


「お、おいら贅沢なんてしたことねえからわかんねえぞ。

 っていうかうちの商会は買い付けの方で手一杯だ」


 なんてこった。早くも俺の計画が頓挫しようとしているじゃねーか。なんで揃いも揃って金の使い方を知らないんだよ・・・。俺もだけどさ・・・。


「あーら、二郎さん。政庁にいらっしゃるなんて珍しいこともあるものですわね」


 ――女神様の降臨であった。


「・・・よくわかりませんけど。わたくしの誕生を祝う祝賀会を開催するということですのね?」

「はい、それも大々的に、です。大陸に響き渡るくらいの規模で、です」

「で、お金の使い道が分からない、ということですのね?」


 ため息を漏らす麗羽様である。うむ、久々に話すが麗しいことこの上ないな。ぶっちゃけすっげえ美人さんになったものである。金色の御髪は華々しく縦ロールにまとめられており、まるで光輝を放っているかのようだ。


「恥ずかしながらそのとおり」

「ほんと、情けないですわね。袁家の柱石たるあなた方がそんなことでどうしますの」

「や、一言もありません」


 実際お手上げな俺の様子に麗羽様はくすり、と笑みを漏らす。雲間から差し込む昭光のごときその笑み。これがカリスマと言う奴か・・・。俺には縁のないものである。


「よろしいでしょう。このわたくしが骨を折ってさしあげますわ」

「え、でも麗羽様を祝うのにご本人が計画から携わるのは・・・」

「わたくしが主役なのでしょう?わたくし以上にわたくしを満足させられる企画を立案する者などおりませんわ」


そ、そうかもしれないが、いいんだろうか・・・。何か違くね?とそれでも反駁するのだが。

 おーほっほっほと優雅に笑みを漏らして俺に言い放つ。


「御安心なさいな。二郎さんの顔に泥を塗るようなことはしませんわ。

 袁家の跡継ぎに相応しい催し。ちゃんと演出してみせますとも。

 ええ、華麗に、優雅に、雄々しく!」


 沮授と張紘に視線をやると、沮授は他人事な笑顔。張紘は露骨に目を逸らしやがった。


 そして麗羽様の誕生祝賀会はそりゃもう盛大に催されることになったのである。

豪華さに定評のある麗羽様。

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