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凡人とツンデレ その参

 二郎です。

 なんやかんやあって、詠ちゃんと一緒に酒家で呑んでます。そして馬鹿トークなら任せろー。


「だから、俺は言ってやったんだよ。

 一番じゃなきゃ駄目なんですか、ってね」

「いや、駄目でしょ普通に」

「うん。割と本気で怒られた」

「何やってるのよ……」

「でもな、田豊師匠。あの人さ。ほんと容赦なくってさ。

 アレだ、あの人が文官ってのが未だに信じられんわ」

「ふーん、流石は不敗の田豊ってとこなのかしら?」


 詠ちゃんおすすめの、ちょっと落ち着いてお洒落なお店だ。

 個室を借りてしっとりと……とか思ったけどいつも通りの俺でした。馬鹿トークでした。

 詠ちゃん意外と聞き上手なのよね。多分袁家の事情とかを探りに来てるんだろうけどさ。

 あんま隠すべきことってない気がするのよね。なんかあったっけ?ないよね。ないということでひとつ。


「というわけで俺は未だに、というか一生だな。田豊師匠と麹義のねーちゃんには頭が上がらないんだよね」


 くすりと笑みを漏らす詠ちゃんは尊い。


「あら、ほんとかしらね。一度、二郎の行状について問い合わせた方がいいかもしれないわね」

「やめて」


 マジでやめて。

 そんな必死な俺をみてくすりと笑ってこんちくしょう!

 ちょっと酔って上気した表情がいつもより柔らかくてギャップ萌えとかこれぽっちも思ってないし!


「でも、これはないんじゃない?」


 くすり、と蠱惑的な笑みと共に俺に示したのは……マジか。

 言わずと知れた阿蘇阿蘇アソアソである。


「いや、なんというか。俺にだって羞恥心というのはあるんだぜ?」

「その結果がこれなの?」


 やめて!俺のライフはもうゼロよ!


「いあ、なんつーかさ。

 まあ、詠ちゃんならいいか。

 いくつか狙いはあるのよね」

「ふーん?」


 ニヤニヤとした……この子。ははーん、ドSだなこれ!


「ぶっちゃけ、半分以上そのお話は作り事だ。それはいいよね。

 でさ、その、持ち上げる対象は俺というのもいいよね?」

「そうね、英雄さん

 民の信望を集めるためにはその方がいいわよね」


 くすりと。その表情はなー。自覚してないんだろうけど色っぽいんだよなあ。

 とも言えず。


「えーと。

 いいや、そこいらへんはぶっちゃけ副次的なんだよ」

「あら、どういうこと?」


 ギラリ、と詠ちゃんの目が光ったのは多分光の関係で眼鏡が、ってことなんだろう。そういうことにしとこう。


「あのさ。主眼というか、本当の狙いは識字率なのよな」


 俺の言葉に詠ちゃんの目は一層細められる。

 うわ。美人は特だなあと思う。物騒な表情でも絵になるし実際美人である。


「どういうこと?」

「いや、人手不足気味でさ。どうも、いかんのよ。

 袁家もそうだけどいけないのは母流龍九商会だな。中々人材が集まらないのさね」

「……商いは賤業だものね」

「そうなのさね。幹部は粒ぞろいなんだけど、ちょっと最近それでも手薄だなあと。

 ぶっちゃけこれ以上士大夫層には期待できないのよな」


 張紘とか虞翻とか魯粛とか顧雍とかは特例というか例外だ。

 となると、庶人からの人材供給がないと死ぬ。


「なるほどねえ。絵だけじゃなく文まで知りたがせて学ばせるってわけね。

 でもこれって女子向けよね?男性向けはどうするの?」


 これだから頭のいい子って苦手だ。さらり、とぼやかすつもりだったことを掘り返してくる。いや、それはいいことなんだけどね。


「えっと。いいじゃん、どうでも」

「よくないわよ。領地が離れても横の連携しないといけないでしょ!


 詰め寄られたら、そら言うよ。言うけどさあ。

 

エロ本」

「え?つ……」


 黙りこくり、顔を真っ赤にする詠ちゃんである。可愛いなあと思うが、反応に困る様子。だから言いたくなかったのよ。


「馬鹿……」

「えーと」


 シチュエーションとか色々俺監修なのはもう、誤魔化せないよねー。


「助平」

「いや、その、なんだ」


 気まずいなあ。気まずいなあ。


「ど助平」

「いや、あのね?」

「信じられない」

「えーと」


 なんという羞恥プレイ。俺にそんな属性ないっての。

 どう誤魔化したもんか。って誤魔化しようもないわな。

 暫し沈黙が続いて。何も言えない俺なのです。が。


「……ごめんね。ボクが無理やり聞いたのに」

「や、なんていうか」

「ううん、分かってるの。ボク、人当たりよくないから」


 まあ、そうだよね。とも言えず。


「だから、ごめんね。こんなふうに男の人とご飯食べるのとか、なかったし」


 流石にそりゃあ、ないだろうよ。


「いいのよ。どうせボクなんてさ、すぐ突っかかっちゃうし。

 二郎だって呆れてるでしょ?」

「いや、そんなことないよ?」

「嘘よ」

「嘘じゃないってば」


 だってねえ。どこぞのネコミミとか錦の人から受けた扱いに比べたらマシなんてもんじゃないし。女子なんてそんなもんだろうと思っているのだよ。

 なのに、言い募るその様にちょっと不本意である。だってそれすら可愛いんだよ。俺はそう感じているのだよ。


「ああもう、めんどくさいなあ!詠ちゃんは美少女!可愛い!可愛いは正義!だからいいんだよ!」

「な、何よそれ」


 ああ、まだめんどくさい。これは拗らせてるやつだ。自分の魅力に気づいていないやつだ。そういうの、よくないよ。だから。

 ぐい、と肩を抱きかかえてやる。

 思い知らせてやるのだぜ。


「ひゃう?!」

「あのな、俺は何が嫌って、美少女が自分を卑下するとか嫌なの。

 詠ちゃんはこんなに美人さんなんだから、な?」

「嘘よ……。二郎は遊んでるからそんなことが言えるのよ……。

 思ってもないことを無責任に言っちゃうのよ……」 


 なんでそんなにしょんぼりするの。その言葉にかっときてしまう。腹が立つ。

 この子は!


「あのな、詠ちゃんは美人だし可愛いの!」

「いいわよ、そんなの。どうでも……」


 なんでさ!何をそんなに追い詰められてるんだよ。

 無性に腹が立つ。ぎゅ、と抱きしめる。


「あ……」


 ぼう、とした詠ちゃんに顔を寄せる。


「ん……」


 合わせた唇。

 漏れる吐息。


「馬鹿……」


 馬鹿はどっちだ。

 こてんと寄せられる頭を撫でながら、囁く。


「詠は、可愛いよ」

「信じちゃうわよ?」

「信じればいいさ」


 くすり、と艶のある顔で笑う。


「ふふ、悪い男。

 ……いいわ。騙されてあげる」

「騙してなんかないってば」


 更に言い募ろうとした俺の口をふさぐ。華奢な手で。


「ね、そこまで言って恥はかかさないわよ、ね?」


 蠱惑的ですらある詠ちゃん。

 身を重ねて尚、その笑みは深みを増すのであった。


◆◆◆

「どうして、こうなっちゃったんだろう……」


 呟いて賈駆は頭を抱えた。

 とはいってもその所作は比喩に過ぎない。その身は未だ寝台にあり。


「ああもう、どうかしてたのよボクは……」


 昨夜の出来事をちら、と思い返し、赤面し、身悶えし、無言で叫ぶ。


「それもこれも……!」


 自分の隣で暢気そうな寝息を立てている男を軽く睨む。

 もちろんそんな視線で起きる気配はない。

 まったく、この男は、とため息を一つ。


「ま、まあ。やっちゃったことは仕方ないわよね

 うん、仕方ない。仕方ないのよ」


 正直、彼女の明晰な頭脳を持ってしてもどうしてこうなったかはよく分からない。

 世間ではそれを雰囲気に流されたとか、なんとなく、とかで済ませたりするのだが。倫理観が極めて強い彼女がその結論に至ることはない。世には結構転がっていることなのだが。

 で、あるからむしろこれからのことに思考を向ける。

 実際この関係は悪くない。袁家という巨大な名門、権門。

 その中枢にある紀霊と関係を持ったということは、安定という貧しい都市の太守である董卓にとってこれ以上ない人脈となるだろう。

 実際紀霊の一存において莫大な借款が信じられない低利で実現したのだ。いや、するということになっている。


「うん、悪くない、悪くないわ」


 この男には利用価値がある。それも特大の。

 であれば実に理にかなった一手であると言ってもいいだろう。


「そ、そうよ。それに元々ボクはこいつに……」


 覚悟を決めていたのだ。過程はともかく、当初の計画通りだ。そう自分を鼓舞する。


「そ、それに、これで霞にえらそうに色々言われても無視できるし……」


 張遼は賈駆と口論するたびに『これやから男も知らんネンネは困るわ』だの『流石賈駆っちはお堅いですなあ。そんなんやったら男も寄り付かんで』だの好き勝手言ってくれていたのである。

 気にしていたわけではない。決して気にしていたわけではない。

 だが、その種の揶揄がこの上なく有効であったのもまた事実だ。

 それに対して、これからは余裕を持って挑める。

 それに。


「温かい、な」


 丁寧に、優しく。お姫様のように扱ってもらったのだ。

 ……悪い気はしなかった。

 そんなの、一度も受けたことはなかったし、望んだこともなかった。

 ……でも。


「この」


 相変わらず寝息を漏らしている紀霊の頬をつんつん、とつつく。

 ふが、という反応もあらばこそ。


「きゃ!」


 寝ぼけているのか、本能的なものか。ぐい、と抱き寄せられる。


「あ……」


 文弱の身の哀しさよ。逆らうことなど出来ようはずもなく、あっさりと抱き寄せられてしまう。


「馬鹿……」


 果たしてその言葉は誰に向けられたものか。

 思考を進めることなく、賈駆は男の腕に。その温もりに包まれて……意識を手放すことにしたのである。


 その眠りは、目覚めは。

 いつぶりかぐらいに、穏やかなものであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 賈駆がめちゃくちゃ可愛い。やはりツンデレもいいものだ
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