凡人と万夫不当
もっきゅもっきゅ。
そんな擬音を生じさせながら目の前の少女は凄まじい勢いで目の前の料理を平らげていた。すげえ。これ猪々子を遥かに上回るぜ。
ふ、と視線をあさっての方向にやりながら現実逃避する。
思えば今日は色んなことがあった。
何か、董卓勢力が韓遂を牽制してくれることになったり、詠ちゃんと真名交換したり、わんこをもふもふしたり。
いや、まだお昼なんだけどね。密度の濃さにびっくりだよ。
「二郎?」
そんな俺の様子に気づいたのか詠ちゃんが気遣わしげな視線を向けてくる。
「その、やっぱり口に合わなかったかな……?」
ちょっと不安そうに聞いてくる。いかんいかん。
「や、美味しいよ。そうじゃない、そうじゃあないんだ。
その子の食べっぷりが、すごくて、こう、ね」
「あ、そうか。ボクなんかはもう見慣れちゃったけど、確かに初めて見たらそうかもしれないわね」
「な、慣れるんだ。そんな、日常なんだ」
がしゃ、とまた一枚皿が重ねられ、料理が追加される。そりゃさ、好きなだけ食べていいよって言ったよ?
だってこの子ったらお金ないのに屋台の前でじーっと料理を眺めてたんだもん。
店主も困り顔だったしね。詠ちゃんと二人っきりでランチでもよかったけどさ、スルーもできないだろうて。
「そうねえ、お給料もほとんど食費で消えてるはずよ?」
「そんなに?!そんなに一人で食うの?」
そんなに薄給なのか、それとも結構口が肥えてるんだろうか。
「流石に恋一人で食べつくしているわけじゃないわよ。お昼なんか支給されてるしね。
そうじゃないの。恋は家族がたくさんいて、揃いも揃ってよく食べるのよ」
「ふーん、大家族なんだ」
この勢いで食べる家族が多ければそりゃそうかもしらんなあ。
「そう。そこのセキトも恋の家族の一員よ」
「ん?そなの?」
「ええ。恋ってば、どこからか動物を拾ってきては世話しだすのよね……」
「ああ、家族ってそういうことね……」
話題のセキトはと言うと。
三尖刀の匂いをふんふん嗅いだり、ぺろぺろ舐めたり、がじがじ齧ったり……っておい!
んー、三尖刀って素材が古龍の骨だったりするんだろうか。煮たらば、いいスープが取れたりするんだろうか。
……俺より三尖刀がお気に入りのようでちょっと妬けちゃう!
と、視線を感じる。って呂布さんちーっす。
「恋、食べ過ぎた……?」
小首を傾げる様が異様に可愛い。なにこの小動物ちっくな。でも猫科の猛獣。
「いんや、どんどん食ってよ。こんくらいでガタガタ抜かすほど俺の財布はちっちゃくねえって」
「ちょっと二郎。ほんとに大丈夫なの?」
「おうよ、気を使うくらいなら美味しいものを美味しそうに食べてくれ。その方が生きたお金の使い方さね」
こくり、と頷き呂布が追加注文を出す。
「そうそう、詠ちゃんも呂布みたいにさ。変に遠慮するよりガンガンいこうぜ」
「恋でいい」
「そっかっておいぃ?!」
ぽつりとした呟きを危うくスルーするとこだったっていいのかいな。
気にした風もなく皿を積み重ねる呂布……恋。
「どういうことなの……」
「ボクに分かるわけないでしょうが」
これは餌付け成功的な?いやまさかそんなね。
しかしこれが万夫不当の飛将軍かと思うとなんだかなあ。
ま、今更かいね。
「それはともかく、詠ちゃんも箸が止まってるよ?遠慮せんとどんどん食べてね」
「いや、ボクは普通にお腹いっぱいになってきただけだから。
恋と一緒にしないでね?」
「そりゃそうか」
くすり、と笑い合う俺たちをまったく気にせず恋は更に注文を追加する。
これ、この店の食材食い尽くすんじゃあないだろうか。あれか、武力が高くなるほど燃費が悪くなるのだろうか。
そういや猪々子も春蘭も流琉もたくさん食べてたなあ。そして無言で料理を征服する恋。馬鹿トークする俺と詠ちゃん。
まあなんだ。これはこれで楽しいやね。
そんな俺たちに声がかけられる。
「邪魔すんでー」
誰かと思ったら張遼じゃん。
「邪魔するんやったら帰ってんかー」
思わずそう応えてしまう。
「おお、そら邪魔したな、ほなさいなら。
ってなんでやねん!」
流石本場のノリツッコミはキレが違うね。
「や、すまん、つい」
「そこで謝るんやったらもっぺんボケんかい!」
怒られちゃった。てへ。
「何を馬鹿なことをやっているのです」
「いや、ここは怒るとこやろ。中途半端なら最初っからボケんなっちゅうねん!」
「霞の主張はどうでもよいのですぞ。ねねたちも同席してよろしいですかな?」
張遼、陳宮、董卓。ってこの場に主要メンバー集まりすぎだろ……。
「いいぜ。昼まだならご一緒しようぜ。奢るし」
「恋にあんだけ食わせといて大丈夫なん?」
「ふ、見目麗しい女子と食事をしたならば、会計は当然のごとく負担するべし」
ねーちゃんも師匠もそう言ってたし。
所詮個人レベルでどんだけ飲み食いしてもどうということはないしね。南皮では店まるごと奢ったりしてたしな。
「霞、気にするだけ無駄よ。二郎ってばボク達が束になっても敵わないくらいお金持ちなんだから」
「ほんまか!そしたら、遠慮なくいくで!こっからここまで持ってきてやー」
「そ、それは流石に遠慮しなさすぎだよぅ……」
「ついでにお銚子をもらっとこか……」
「こら!お昼からダメだってば!」
なんとも賑やかで和やかなことだ。
つい、笑みが漏れてしまう。
「ちょっと、二郎。なにがおかしいのかしら?」
「いや、詠ちゃんがみんなのお袋さんみたいで、さ」
その声に詠ちゃんが真っ赤になり、何か口をぱくぱくさせる。
「ぷ、そりゃええわ。
おかん、うちお小遣い今月足りひんねん。なんとかしてーやー」
「ちょっと霞!何言ってるの!誰がアンタのお母さんか!」
ぎゃーぎゃーとしたやり取りにくすくすと董卓も笑う。
そして、そ、と俺の横に身を寄せて囁いてくる。
「あの、ありがとうございますね?」
「ん?いや、別にこんくらいで懐は痛まんよ?」
「へぅ……。そうじゃなくって、詠ちゃんのことです」
おずおず。と言った風に言葉を続ける。
「詠ちゃん、ここのところずっと険しい顔ばっかりだったから……」
「や、俺はなんもしてないよ?ほんと、金出したくらいよ?」
これはマジである。詠ちゃんが予想してたような監査とかまるでしてないというか元からする気もなかったというか。
そんな俺にくすり、と笑いかけてこの子は言うのだ。
「それでも、貴方が。貴方がここ安定に来てくれるまでは詠ちゃんがあんな風に笑うことなんてなかったんです。
詠ちゃんの親友として、お礼申し上げます」
「そうなの?ま、お金であの笑顔とか、恋のあの食べっぷりが見れたなら安いもんさ。
だから、董卓ちゃんも遠慮なく食べたいもの食べてね?」
「はい、ありがとうございます。それと一つお願いが」
「ん?なに?俺にできそうなこと?」
「はい。私のことは月って呼んでください」
「いいの?出会って間もないのに」
「はい。私個人ができるお礼なんて、他にないですし」
「そ、か」
なんとも大した器だなあ、と思う。詠ちゃんがあれほど心酔するわけだわ。
「こら、二郎!なに月とくっついてるのよ!離れなさい!」
「おう、詠ちゃん、ほったらかしにしてごめんなごめんよー。さあ、俺の膝の上が空いてるよ!」
「うっわ、アンタらもうそこまで進んでたん?春か?春が来たんか?むしろ夏で熱いんか?」
「ああもう、霞!アンタもまぜっかえさないの!」
結局夕刻過ぎまで馬鹿騒ぎは続き、詠ちゃんのお説教を聞くことになる。主に俺と張遼が。
解せぬ。




